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大人の茶会にて2(シュバルツ兄弟)


久しぶりに家の中で上等なスーツを探して身に付けた。
正装はシュバルツ家が準備してくれているとのことだから、下手にカジュアルドレスなど着て行こうものなら失礼にあたる。化粧だけ普段よりしっかりチェックして、ヒカルは時間に余裕を持って家を出た。

(……なんだか、話に聞く結婚の挨拶に行くみたいだなあ。
いや、したことないんだけど。)

公共機関を乗り継ぎながら、ぼんやりと景色を眺めた。

ふと、昔を思い出す。あの、大きすぎるお屋敷で過ごした数ヶ月。傷心し、どうしようもなかった隣にはいつもトーマが居たのを朧気に覚えている。
大切な友人。いや、戦友…と行った方が良いのだろうか。成長して帝国軍に入隊してからも何年も共和国軍と共に戦い、傷ついた。
お互いに大人になっていったが、彼との関係性は変わらなくて今でも心地良い話し相手の一人だ。
幸せだなと思う。何とかどうにか生きてきて、そんな相手と出会えたことに。そして終戦後もこうして良い関係が続いていることに。

***

「ーーーあ。ひ、久しぶりだな。」
「ふふ。久しぶり、トーマ。緊張するわね。こんな格好したのルドルフ殿下に皆で呼ばれた時以来。」


シュバルツ家に到着して、彼女は直ぐに使用人達に客間に通された。用意されていたドレスは淡いペールブルー。侍女の一人が、カール様がご用意されたんですよと微笑むのをみて綺麗に笑い返せたか少し気になった。
支度を終えて廊下へ出ると、ちょうどトーマが隣の部屋から出てきた。緑色の瞳がきょとんとした後、少し逸らされる。
安心した。彼の本質は変わらない。優しくて不器用。スマートでないところも安心出来た。けれど肩を寄せる距離には以前より少し距離が出来た。何時からか男女の意識もお互いに確かに芽生えてきていて、配慮と少しの気まずさが変わらない関係の中で足されていた。

一方、トーマはこうした彼女に一向に慣れなかった。いや、分かってはいる。歯の浮くような台詞は口に出来ないが、彼女はもう成人女性であり、外面も十分、魅力的だ。綺麗だと思う。
だが、普段の化粧けの無いラフな姿の方が彼は好きだった。

(トーマ……!)

飾り気のない声。日溜まりを思わせる笑顔。
そうでないと、彼女が彼女でない気がして。
もう、その手を取ることも、隣にいることも許されないような複雑な気持ちになるのだ。

***

食事会は終始和やかな雰囲気で運ばれた。シュバルツ夫人の隣に腰を降ろし、ヒカルは近状を話して談笑した。
女子の子供がいない夫人は久しく彼女が来たことが本当に嬉しかったらしく、後で聞いた話だが普段より饒舌らしかった。

食事中、何度かカールと目が合う。いや、此方を見ないで下さいよと喉元まで言葉がせり上がるが、彼女はぐっと圧し殺した。
そのまま自然に視線を交わして、食事を続ける。派手では無いスーツに身を包んでいても相変わらず彼は完璧だ。元々の礼節、所作もあり、分かりきった事だが、此処にいる誰よりも輝かしい。基地で会う時とはまた違った緊張がヒカルの心を悩ませていた。


「ヒカル、ダンスは何が得意だ?」


故にその誘いの声が聞こえた時、肩が震えた。食事を終えて立ち上がるカールに、彼女は戸惑いながら首を横に振る。このまま終わりそうだったのにまた何故不要なイベントを盛り込むのか。萎縮するなという方が無理な話だ。多少の知識はあっても彼とダンスなど踊れる筈がない。トーマに助け船を求めようと視線を泳がせると、何とも自然にその行く手はカールの身体に遮られた。


「……あ、の、少将。私、その、ダンス経験が少なくて、ですね。少将のお相手などはとても。」
「そうか。では俺がリードしやすいワルツを。下手でも構わんさ。此処は王宮でも何でもない。」


彼女にとっては王宮となんら変わらない。しかし、カールに手を取られて、隣で夫人に嬉しそうに微笑まれては腰を降ろしているわけにはいかなかった。

彼が触れている指先に神経が集中する。ヒカルはカールとこんなに近づいたことはなかった。頬が自然と熱くなり、俯いてしまう。音楽が始まる。
食事だけでなく、まさか、ダンスする事になるなど本当に拷問も良いところだった。


「…なんだ。ステップは踏めているじゃないか。何故、堂々と踊らない?」
「ご存知かと思いますが、私は裏方思考なんです。少将とは違います。少将とこうしているだけで緊張で吐きそうなんです。」

「…カールと。今はオフだよ、ヒカル。」


囁く甘い声に応える事は出来ない。シュバルツ夫人に何とか笑顔を浮かべて、カールとは視線を合わせなかった。
強張って震えているのは解っているだろう。何故、こんな仕打ちをするのか。からかって遊んでいるなら性質が悪い。曲を終えて、身体を離し頭を垂れる。息を吐きながら、彼女は数歩前にいるカールをゆっくりと見上げた。

ーーーそして、後悔した。

食卓に背を向けていたから、彼の表情は他の人間には見えていない。ヒカルを見ていた彼の目は見たこともない優しい情に満ちていた。言葉なくとも、その瞳に戸惑う程に。声を失って、彼女は慌てて視線を落とす。
自分の着ているドレスすら恥ずかしくて、一刻も早く普段着に着替えたかった。

ゆったりとテーブルに戻ってきた兄を見て、トーマはそわそわと落ち着かなかった。ヒカルは緊張で顔が火照ってしまったと、バルコニーで風にあたっている。大丈夫だろうか。声を掛けに立ち上がった時、ふと、カールに呼び止められた。


「…トーマ。ヒカルは愛らしいな。」
「えっ、………兄さん?」

「良き友人を大事にしなさい。」


にこりと笑って、カールは静かに広間を後にした。
僅かに、寂しそうな表情を横顔に滲ませて。頭が混乱する。兄は今、何と言ったか。兄が女性を直接的に誉める事が今まであっただろうか。
足が急いでバルコニーに向かう。揺れるカーテンの先には、彼女の背中があったが、トーマは声が掛けられなかった。もし、振り向いた彼女の顔が兄の事を想っていたら…そう思うと、手が伸ばせなかった。

長く変わりなかった関係が、淡く揺れる。
それは静かに、緩やかに。

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2020.01.18

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