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05現れた幻影_前


「レノ…ミドガルズオルムって大蛇だって言ってなかった?」
「大蛇だろ。蛇の形してるじゃねーかよ、と。」


カームから一夜明けて。
ヒスイリアはレノと共に大陸中部の湿地帯まで足を進めていた。ここ、湿地帯にミドガルズオルムという水棲の巨大な生物が存在するのは有名な話だが資料としては極少で具体的な映像はなかった。
バイクでは湿地帯を進めない為、レノはチョコボを捕まえて突っ切る事を提案したが、肩慣らしにとヒスイリアは徒歩で進んでしまった。そして今、10メートルをゆうに越す大蛇が目前で大口を開けている状態に至る。


「このエリアでここまで大きいモンスターがいるなんて…。」
「そうだな。けどお前が歩いて行きたいって言ったんだ。俺は今回下がってるぞ、と。」


そう言うとレノは気怠げに肩を竦め、本当にヒスイリアの後ろへ下がった。彼女はそれを横目で見遣ると、腰に携えてある二本の剣の内、細身の長い両刃剣を音なくすらりと抜き放つ。武器を見た瞬間、それまで舌舐めずりしていたミドガルズオルムが興奮し始め咆哮した。


「諜報員のガーディアンは任務外なんだけどね。」


冷静な表情は崩れない。薄く笑ってヒスイリアが剣を振るった次の瞬間。確かに大蛇の形をしていたはずのそれは巨大な肉塊へと変わっていた。

***

「レノ先輩!早かったですね!」


湿地帯を抜けたの後、難なくミスリルマインを越えてアンダージュノンの街へ到着すると、ヒスイリア達のもとに金髪の女性が駆け寄って来た。タークスの制服を着ているが見知らぬ顔だ。彼女はレノに挨拶を済ませると、少し彼の後ろにいたヒスイリアに勢い良く手を差し出した。


「初めまして!タークスに所属しておりますイリーナと申します。ツォンさんからお二人のご案内を任されていますので私が上層へお連れ致します。」


感じの良い挨拶だった。ヒスイリアは頷いて微笑むと、丁寧にその手を握り返す。


「初めまして、イリーナ。ヒスイリア=フェアです。ヒスイリアで構いません。」
「は、はい!よろしくお願いします…。あ、私に敬語は必要ありませんので。」


頼りないわけではないが反応がいちいち初々しく新人らしい。イリーナの緊張した態度を内心、微笑ましく思っていると側にいたレノがイリーナの額を軽く突付き、意地の悪い笑みを浮かべた。


「良かったな、イリーナ。憧れのヒスイリアと握手出来て。」
「な…!レ、レノ先輩!余計な事、言わないで下さいよ!!もう!!」


イリーナは慌ててヒスイリアの手を離すと、真っ赤な顔でレノの手を乱暴に叩き落とした。気まずそうにすみません、と謝るイリーナにヒスイリアは不思議そうに首を傾げる。


「いや、その…き、気持ち悪い…ですよね。初対面だし。でも、タークスに入る前からソルジャーだった貴方を知っていたのは本当です。貴方は最年少でしかも女性のソルジャーでしたから。」
「…気持ち悪いなんて思わないわ。でもソルジャーとか関係なく普通の対応をして貰えたら嬉しいけど。」
「そ、そうですか。良かった…。…話が逸れましたね。…ではまず上の街へ。ツォンさんやルード先輩もそこで待機してますから。」
「分かったわ。」


イリーナの後に続きながら、ヒスイリアは黒のフードを目深に被る。寂れた海辺の街。ミッドガルのスラムと重ねて見つめていると、レノが彼女の髪をさらりと掬った。


「隠したって、上は軍人の街だ。すぐばれるぞ、と。」
「…私、目立つの好きじゃないのよね。」
「ムカつく奴がいりゃ蹴散らしてやればいい。お前は力を持った選ばれた人間なんだ。」


そういう問題ではない。ヒスイリアは内心ため息をつきながらも村の奥に設置された大型エレベーターに乗り込んだ。

上層街のアルジュノンへ降り立つと、耳に入ってきたのは軽快な吹奏楽だった。下の村との活気の違いにヒスイリアは思わず息を呑む。ミッドガルでもプレートの上下では雲泥の差があるが、ここは常軌を逸していた。


「随分、賑やかなのね…。」
「社長の歓迎式典の準備ですよ。もうじき此処へいらっしゃるんです。」
「…ルーファウス神羅が?」
「ええ。社長もここから海を渡るそうで。船内の護衛は私達も加わる事になっています。」


エルジュノンのあるバーの看板の前でイリーナはぴた、と立ち止まった。ヒスイリアは彼女に続いて薄暗い店内へと足を踏み入れる。青い照明が綺麗な店だ。人払いがされている事を確認してヒスイリアは漸くフードを外した。


「ツォンさん、お連れしました。」


イリーナの声に反応して、奥の席に座っていた男が顔をあげた。目が合う。グラスを置き、ツォンはすらりと立ち上がると彼女に向かって静かに足を踏み出した。


「…早かったな。レノと二人でこちらに向かわせたと社長から聞いて心配していたのだが。」
「ツォンさん、そりゃどういう意味ですか、と。」
「色々な意味で、なんじゃない?」


ヒスイリアはツォンに丁寧に会釈するとレノを横目で振り返った。冗談ぽく細まる瞳にレノは不満げに頭をかいたが、そのままカウンターに腰を降ろすと、黙って煙草に火をつけた。


「さて。…では早々に本題に入ろうか。此処であまりゆっくりしている時間もないからな。」
「ええ。あ、でも…ルードは……」
「………俺ならここにいる。」


カウンターの向こう側から静かに目前にグラスが置かれる。綺麗な硝子の中で淡い色を放つポーション。
指先から黒いベストを辿って顔を見上げたヒスイリアは一瞬、呆気に取られていたが、すぐに柔らかい笑みを零した。


「…次の転職先には困らないわね。ルード。」


似合ってる、彼女が笑ってそう言うと、ルードも微かに笑ってそれに返した。
和やかな空気になりかけた後、ツォンは話を切り出した。真剣な空気にヒスイリアも自然と表情を鋭くし、彼の言葉に耳を傾ける。


「数日前、黒マントの男をジュノンで見たと報告があった。軍も総力を挙げて男の行方を探しているのだが…以前として不明のままでな。」
「兵士も何人か殺されています。致命傷は全て刀傷。相当、長い刃のようです。」
「……ここから海を越える気ね。…見つからないって事はもう越えてしまった可能性もあるけれど。船は毎日出ているの?」
「はい。定期便がコスタ・デル・ソルへ向けて日に一度。勿論、厳重なチェックを行っていますが。」
「そう…。」


ヒスイリアは頷くと、以後、口を挟む事なく静かにツォンとイリーナの声に耳を傾けていた。

仮に、本当にセフィロスだとして彼は海を渡ってどこへ行くつもりなのだろう。今まで只々ここまで来てしまったが、今の彼のことはまだ何も知らない…―――

ヒスイリアがぼんやり物思いに耽っているとカウンターに置かれていたツォンの携帯が着信を告げた。


「…もしもし。ええ、私です。……そうですか、分かりました。では後程。」


通話は手短なものだった。ツォンは携帯を閉じると、再びヒスイリアと他のタ−クス達の方へ向き直る。


「ルーファウス様が後一時間程で到着するそうだ。私はこれからすぐ行かなければならない。お前達は船の定時まで自由にしていて構わない。ただし遅れるなよ。」
「了解しました、と。じゃあルード、とりあえずウイスキー1杯。」
「先輩、仕事中ですよ!」


ツォンの言葉を聞き終わると、レノは待ってましたと言わんばかりに酒を注文した。ヒスイリアもそれを見て、近くにあったメニューに手を伸ばすが、横から伸びた手に阻まれる。


「着いた早々すまないがお前は駄目だ。ヒスイリアはルーファウス様の護衛についてもらう。」
「え?でも…社長には護衛なんて他にもたくさん…」
「その社長直々のご指名だ。さ、来なさい。酒ならまた私が奢ってやる。」


有無を言わせず手を引かれ、ヒスイリアは立ち上がる。一瞬、すれ違い様にレノと目が合うが、彼は人を食ったような笑みを浮かべて軽く彼女に手をあげた。


「ご愁傷様だな、と。」


む、と眉を上げたヒスイリアだったが、ルードとイリーナに軽く声を掛けてツォンに続く。
ヒスイリアとツォンが店内から消えるまでイリーナはこっそり目を輝かせていた。


「はあ…、素敵ですねー…ヒスイリアさん。」
「そうか?別に普通だぞ、と。」
「先輩…見る目ないですね。あ、近すぎて逆に分かんないんですかねー。」
「ミーハー女は嫌われるぞ、と。」


イリーナの冷たい視線も気にせずレノは前に置かれたウイスキーをぐい、と一気に流し込んだ。
喉を通る熱が心地いい。顔立ちが元々良いのは分かりきった事だ。腕も立つ。特別な存在で社長がアクセサリーのように傍に置きたがるのも理解している。だが、それらを認める気には彼はなれなかった。


「……本気なら少しは素直になれよ。」


ルードの囁きにも拗ねたよう顔を背けるだけでレノは吸いかけの煙草を灰皿に潰す。立ち上る煙は通風口へ向けてふわりふわりと吸いこまれた。

出航まで六時間…―――忍び寄る不吉な影をこの時彼らはまだ知る由もなかった。
  
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じれったい二人の関係が感じて頂ければ幸い(笑)
2005.02.16
一部改定。

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