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35亡霊の帰還


突然、酷い貧血に似た気持ち悪い感覚に襲われた。
感傷に浸っている暇はない。振り払うようヒスイリアは咄嗟に街から顔を逸らすが爆発の炎は目に焼き付いて離れなかった。
ふらりと一歩後退し、彼女は壁際へ身体を預ける。

決して好きではなかった。
自分勝手で、傲慢で。
けれど……………彼はいつも必死だった。

(ルー…ファウス…)

吹き出しそうになる感情を彼女はぐっと押さえこむ。馬鹿げている。今すぐあの場所へ。神羅ビル本社へ、行きたいと思うなんて。

ウェポンは倒れた。
街に大きな危険が無くなった今、飛空艇は再び大空洞へ向かう算段を立てている。星を救う。そう、まとまっている空気を一人の意志で壊すわけにはいかない。
彼女がそうして一人唇を噛みしめていた時、不意にバレットの怒声が耳に飛び込んできた。


「おい、ケット・シー!今度は何だってんだ!?またミッドガルが光ってんじゃねぇか!?」
「魔晄炉の出力が勝手にあがってるんや…!誰かがまた装置を……すぐに起動を停止させんと、過剰なライフストリームの集約でミッドガルそのものが消し飛んでしまう!!」
「、そんな!端末をすぐに調べて!誰が…」
「…………主動は八番魔晄炉。アクセスコードは…ドクター宝条や!」
「!!」


その名前に、ヒスイリアは拳を強く握る。クラウドはそれを聞いて艇の進路を魔晄都市へ戻した。先に宝条を討つか、神羅ビルへ向かうか。複雑な思いが渦巻く中、彼女が表情を固くしていると静かにヴィンセントが隣に並んだ。彼の視線にヒスイリアは顔をあげて気丈に頷く。大丈夫、暗にそう告げて彼女はそっと目を臥せた。

厳戒態勢の敷かれているミッドガルに入る為、パラシュートを装備する。ケット・シーが受信した警備の薄いポイントを確認して彼女は高度が下がる艇から黙って街を見下ろしていた。


「気負い過ぎるなよ。…過ぎた気負いは余計な怪我に繋がる。」
「……、そう見える?」
「……宝条のせい……だけでは無いのではないか?」


静かな、しかし確信めいた声がヒスイリアの耳に刺さる。彼女はそれに大きな反応を示さなかったが、肩を竦めてヴィンセントを振り返った。


「……分かってるの。割り切らないといけない。優先順位は理解してる……宝条を早く止めないとミッドガルが……この星自体が危ない。だけど、助けに………もう生きているか分からないけど助けに行きたい人がこの街にいる。」


揺らぐ視線が辿るのは、未だ煙の立ち上る神羅ビル本社。最上階まで、況してビルまで行けるかすら定かでないこの状況で。彼らを助けに向かうのを優先したいなんて…馬鹿な話だ。
ヴィンセントは少しの間何も言わず、黙って作業を進めた。だが、程なく。


「なら、何も迷う事はない。……行けばいい。」


驚く程、穏やかな物言いで彼はヒスイリアにそう告げた。彼女はそれに俄に目を見開き、怒らないのかと言った顔で彼を見る。
ヴィンセントは不安げな顔をしている彼女に僅かばかり微笑んだ。


「人を助けに行く事に神羅も何も関係ない。お前は降りたら真っ直ぐ本社へ向かえ。幸いその制服だ。いいカモフラージュになるだろう。」
「、……でも……」
「…。目の前のものを放り出して星を救う事など出来るはずもない。だから私達は大空洞よりまずミッドガルへ来た。身内のマリンやエルミナだけの為じゃない。……そうだろう?ケット・シー?」
「え?」


ケット・シー……?
ヒスイリアはそこでふと甲板と内部を繋ぐ扉の方へ顔を向ける。すると、そこから白いモーグリに乗った黒ネコがひょっこり姿を現した。


「―――嫌やわぁ、ヴィンセントさん。ボクがおる事は内緒にするとこでしょ。」
「……リーブさん…。」
「すんません。せやけど、ヒスイリアさんが思い詰めた顔してたからボクも心配で。」

「……ううん、…ありがとう。」


ヒスイリアは、少し気恥ずかしそうに微笑むとそっとその瞳を薄く細める。扉の奥からは複数の足音が聞こえてくる。クラウド達もどうやら準備を終えたらしい。
彼女は表情を引き締めると、さっと甲板の鉄柵を乗り越えた。


「先に行く。…ケット・シー。キャノン砲へのコンピューターアクセス位置、地上についたら転送しておいて。」
「了解です。」
「……必ず後で追いかけるから。」


かん、と小気味良い音をさせて彼女は空へ身を投じる。ヴィンセントとケット・シーは小さくなる姿を見遣りつつ、互いに顔を見合わせた。


「大丈夫そう、ですかね。」
「ああ。…あの様子ならきっと、心配ない。」
「…貴方は彼女をよく見ているんですね。」
「―――。私はもう後悔したくない。彼女に後悔させるのも嫌だ。今の私にはそれが最優先事項なだけさ。」


ぎゅ、と最後のベルトを締めるとヴィンセントも身を乗り出す。そうしてヒスイリアの後を追い、彼もまた傷付いたミッドガルの街へと消えて行った。

滅茶滅茶に吹き飛んだ瓦礫の中で、ツォンは酸素を求め咳き込んだ。粉塵の中、薄く目を開ける。
どの位、意識を失っていたのか。
爆発の瞬間、咄嗟にルーファウスを庇いウォールの魔法を唱えたがそれでもその攻撃は防ぎきれるものではなく堪え難いものだった。


「ルー…ファウス様……」


自らの身体の下でまだ気を失っているルーファウスの首にツォンは触れる。
指先から伝わる確かな脈動。それに胸を撫で下ろすと、軋む身体に鞭を打ち何とか上体だけ無理矢理起こした。

(……スプリンクラーが動いていないな。)

どこかで断線したか。
小さく舌打ちすると、ハンカチで口元を覆う。
せめて水さえあれば、この粉塵と熱気が消えるというのに。

吹き飛ばされたのと視界の悪さで今、フロアのどの辺りにいるかすら判らなかった。胸元を探り、携帯を取り出す。
外部と連絡が着きさえすれば少なからず現状を打開出来るだろう。……まだ、他の者達が生きていればの話だが。
頭を過る暗い想像を払うようツォンは一度目を閉じた。そうして、なるだけ心を落ち着かせ…ボタンを押そうとした時。不意に起こった風と共に視界を塞いでいた塵が一瞬にして外部へ薙ぎ払われた。

否、風ではない。
これは……魔法だ。


「ッ…」


一変する光景にツォンは驚いて目を細める。咄嗟に気を巡らせると、人の気配が一つ…下のフロアから上がってくるのが感じられた。

(誰……だ…?)

そうして首を傾げている内に、青い影が視線の先に現れる。軍の制服とマスクに身を包んだ小柄な兵士。
たった一人でここまで来たのか…他に人影は見当たらなかった。
視線が合うと砂まみれの制服をひと払いし、兵士は瓦礫に体を預けたツォンの方に静かに足を踏み出した。


「…一般兵、か?よくここまで来られたな。ロックシステムはどうした?」
「………壊すまでもなく機能停止しています。」


どくり、と。
予想だにしなかった声にツォンは全身が泡立った。

……そんなはずはない。
そんな、はずが。
だが、胸元で光る石を見て彼の目は見開いたまま凍りついたよう固まった。握り締めていた携帯が乾いた音をたてて下に落ちる。
兵士はそれを屈んで拾い上げると、被っていたマスクの留め金をゆっくりと外し、その素顔を彼の前に曝した。


「お久しぶりですね―――――ツォンさん。」


そうして見下ろす瞳は、以前と変わらぬ輝きを持ってツォンを静かに見つめていた。
―――――――――――
2014 04 13

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