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33乙女の祈り


目の前で流れる映像に、クラウドは目頭が熱くなった。
エアリスの長い髪を結い上げていた、ベビーピンクのリボンが舞う。崩れ落ちる身体。掌をすり抜けて、マテリアが水の祭壇から遥か下へ落ちていく。
微かな水しぶきを上げ、吸い込まれるよう深い湖に飲まれる知識の結晶。
それは、淡い緑色の光を放ちながら水底で確かな輝きを宿していた。


「……輝いてる。」


呆然と、その事実だけがクラウドの唇から音として漏れる。ヒスイリアはそれに小さく頷き、滝の中からゆっくりと出た。
賢者と目が合う。向けられる、ブーゲンハーゲンの驚いた視線。彼女はそれをやんわり受け流すと、彼の口が開くのを黙って待った。


「お前さん…。まさか………古代種の血を…?」


その言葉に周りの視線がヒスイリアに集中した。
クラウドも息を呑んで彼女を見る。

……そうだ。
どうしてヒスイリアはこんな映像を俺達に見せる事が出来た?
エアリスが死んだ事を……エアリスがホーリーを唱えた事などその場に居なかった彼女が知る筈もないのに。
その場の誰もが固唾を呑み、彼女の返答をじっと待つ。緊張した空気が流れる中、ヒスイリアだけが普段と変わらぬトーンで静かに言葉を紡ぎ出した。


「……ええ。どちらかと言われればイエスです。私はエアリスと同様……古代種の血を引いています。」


さらさらと水の音だけが響く部屋。
告げられた言葉に、ティファが絞り出すように声を出した。


「ヒスイリア……貴女が、古代種?」


困惑した空気が彼らの間に漂う。ヒスイリアは少し気まずそうに俯くと、自分の胸に手を置いた。


「とは言っても、微妙な所だけど…ね。私の体内はジェノバ細胞に侵されているから。自分でもごく最近まで気付かなかった位だし。」
「じゃあ…どうして?」
「……。気付いたのは…大空洞でライフストリームの気流に呑まれた時。話してなかったけど、私…あの時、エアリスに会ったの。」


息を呑む音。早まる呼吸。
周りから伝わるそれらに気付かない振りをして、ヒスイリアは言葉を続けた。


「…ティファがクラウドを助けたように、私を助けてくれたのはエアリスだった。そして…私もまた失っていた自分を取り戻した。

ずっと前に無理矢理忘れた遠い記憶を、ね。」


そこまで言うと、彼女はゆっくり顔を上げた。
誰も何も発しない。発する事が出来なかった。
彼女の告白はそれほど俄には信じ難いものだった。

ただ一人、クラウドを除いて。
誰よりもエアリスの側にいたクラウドには妙にそれが納得出来るものだった。エアリスは初めから何かとヒスイリアの事を気にかけていた。
ヒスイリアもエアリスには、敵であった頃からどこか自分達とは違う態度だった気がする。

今思えば……何か二人の間で感じるものがあったのかもしれない。
彼がヒスイリアの顔をじっと見つめていると、彼女はクラウドを一瞥しふと穏やかに微笑んだ。


「エアリスは貴方の事をとても心配してた…。私はクラウドが自分を取り戻すまで側で見守る事を彼女に約束した。…実際、割りと早くティファ達が来たから私はすぐお払い箱になったけど……」
「………。」
「だから…ヒュージマテリアの件が無ければ、私はすぐにでももう一度大空洞へ向かうつもりだった。」


言いながら、ヒスイリアはここからは見えない…バリアに包まれた北の最果てを見遣った。
瞬間、引っ張られるような感触が軍服から肌に伝わる。
振り向くと、青い生地を掴む白い指。
側にいたティファがヒスイリアの服を強く掴んでいた。
不安そうに眉を下げる彼女にヒスイリアは小さく謝ると震える指先に手を添える。

僅かに流れる沈黙。
しかしそれは長く続かず、一人の男に破られた。


「……では…北へ行くと言っていたのは古代種としての使命からか?」


少し離れた場所から発せられた声。自然と彼女がそちらに顔を向けると柱に背を預けて佇むヴィンセントと視線が絡む。鮮烈に輝く紅い瞳。それは普段の穏やかさが嘘のように強い眼差しだった。


「エアリスの声は星に届いていた。それは白マテリアの輝きを見ても明らか…。だが…ならホーリーは?ならば何故ホーリーは動き出さない?

お前は……その理由を知っていたんだろう?」


セフィロスが…元凶である事を。

暗にそう告げる彼にヒスイリアは唇をきつく結ぶ。彼女は真摯な目で彼の顔を見返すと、はっきりと首を縦に振った。


「ええ。でも……大空洞へ行く事は、使命感なんかじゃない。私が私の意志で決めた事よ。」


はっきりと告げられた彼女の言葉。
ヴィンセントは真っ直ぐ見つめてくる目にそれに軽く顔を伏せると、それ以上は口を挟まなかった。
内心、ヒスイリアは秘かに震えていた。幼い頃の自分を知っている分、彼にはどこまで真意を読まれているか分からない。
もしかしたら…敢えて話さなかった事も伝わっているかもしれない、と。
すると、今度は側に居たクラウドが彼女に向かって口を開いた。


「…なあ。……エアリス……どんな感じだった?」
「……変わらないわ。多分、貴方達の知る彼女のままよ。」
「…。」
「クラウド?」


黙り込んだクラウドにヒスイリアは首を傾げる。別段、悪い事を口にしたつもりはなかった。
しかし、ヒスイリアの答えにクラウドの表情は目に見えて歪んだ。
彼は水のスクリーンに映る白マテリアを見つめながら、か細い声で言葉を漏らした。


「いつも…不安だった。一言も言葉をかわすことなく俺達の前から居なくなってしまったから……助けられなかった事、見殺しにしてしまった事……エアリスの気持ち……。」
「…。クラウド…」

「もう……誰も失いたくない。……あんたの事も。」


すっと、クラウドの手がヒスイリアに伸びる。するとその腕に彼女はまるで怯えるよう、びくりと身を竦ませた。
戸惑うよう視線を外した彼女にクラウドは不思議そうに眉を寄せる。


「ヒスイリア……?」


そうして、あと数センチで触れそうな距離。不意に、火花が散るような音が響きクラウドの手が止まった。


「何だ?」
「すんません…。ちょっと本部がごたついて…もう、大丈夫です。」


見ると、ケット・シーの体から薄く煙が上がっている。ヒスイリアが何ともいえない顔でそれを見遣ると、人形は一つウインクを返しクラウドの方へ視線を移した。


「ジュノンのキャノンがのうなってたの覚えてますか?あれ、実はルーファウスが運んだんです。」
「運んだって? あんなデカイ物を……?何処に……?何故?」
「ルーファウスはあれでセフィロスを倒すつもりなんですわ。あの大砲はヒュージマテリアの力で動いてます。でもヒュージマテリアはロケット作戦でつこてしもたから。もうあの大砲はあのままやと使い物にならんのです。せやから移動させたんです。マテリアの……いや魔晄の力が最大限に集中できる場所に……」
「…!それで、それは何処なんだ!?」


クラウドが半ば焦ったように、声を荒げる。
と。ちょうどその時………大地が震え、静寂を破る微かな咆哮が遥か彼方から聞こえてきた。

ヒスイリアは瞬時にそちらへ顔を向け、遠くを見据えるよう目を細める。


「…何だ?」
「……って…る。」
「え?」

「星の怒りの声が聞こえる。ミッドガルが……危ないわ…。」


独り言のように呟かれた囁き。
彼女はウェポンから溢れ出る巨大な殺気に震えそうになる体を、拳を握る事で抑えつけた。


同刻。
古代種の都から遥か南方に位置する魔晄都市では厳戒態勢の元、キャノン砲発射の準備が着々と行われていた。
―――――――――――
2014 03 14再UP
一部改訂。


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