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07現れた幻影_後


近い距離ではなかった。しかし嫌に目が冴えクリアに見えて、硬直した体は指1本動かす事が出来なかった。
自分と同じ色の目を見つめている事が堪らなく恐ろしい。無意識に体の底から湧きあがる異様な高揚感。
まるで彼を求めるように。
震えてうまく動かない唇でヒスイリアは彼の名を音なく紡いだ。


『緊急連絡! 不審人物を発見の報告アリ!作業のない各員は艦内を調査。発見次第通報のこと!
 繰り返す。不審人物を発見の報告アリ!作業のない各員は艦内を調査。発見次第通報のこと!』


唐突に、船内に警報が鳴り響いた。それまで止まっていた時が動き出したかのように、一気に周りが慌ただしくなる。
ヒスイリアはその喧騒で体の硬直が解け、ガクンとその場に膝をついた。どれ程、呼吸が止まっていたのか…どっと脂汗が吹き出し、激しく咳き込んでしまう。
ヒスイリアはふらつきつつも即座に立ち上がると、もう一度彼が佇んでいた方向に目をやった。

心臓が嫌な音を立てて一際大きく高鳴る。

だが―――そこにはただ大勢の近衛兵が慌ただしく駆け回っているのみだった。
数秒前に在ったはずの黒い影は欠片もなく、ヒスイリアはその光景に愕然とする。浅い呼吸を整えながら、彼女は細心の注意を払いつつその周囲に目を凝らした。


…見間違いだった…?違う。

そんなはずがない…。
そんな筈。


「どうした…立ち眩みか?」


酷く困惑していたヒスイリアは後ろから発せられたその声に勢い良く振り返った。かけられていた毛布を隣に退け、立ち上がったルーファウスはヒスイリアを見て首を傾げる。


「…なんだ、本当に顔色が悪いな。」
「社長…。社長、少しだけここを離れる許可を下さい!確かめたい事が…っ」
「確かめる…?一体、何をだね?」


言って、ルーファウスは軽く腕を組んだ。
一瞬迷ったが、ヒスイリアは正直に事実を口にする。


「……セフィロスが…セフィロスが甲板に居た気がしたんです。ほんの一瞬ですが…」
「…セフィロスが?…馬鹿な。居たなら親衛隊が発見するだろう。甲板に隠れる場所などないのだから。」
「え、ええ…。それは…そう、なんですけど……。」
「君の任務は渡航するまでの間私の護衛だ。コスタ・デル・ソルに着いたら少し休むといい。あそこは観光地だから少しは気も紛れるだろう。」


ルーファウスは薄く微笑むと、軽くヒスイリアの肩を叩き、兵を指揮しているハイデッガーの元へ歩いていった。心を落ち着けてヒスイリアはもう一度、人影が在った辺りをじっと見据える。


……見間違いなはずがない。
あれは確かにセフィロスだった。

けれど……


ヒスイリアは静かに拳を握り閉めた。彼女は黙っていたが、体が硬直してしまう程驚いたのは単に彼の姿を見たからではない。

セフィロスがゾッとするほど冷たい眼で笑っていたからだ。

形の良い唇の動きがハッキリと目に焼き付いている。


(……時は………満ちた………約束の地へ………)


結局、事は船倉の機関室で起きていたそうで外部の兵士達で収拾され、甲板にいたヒスイリア達は何事もなくコスタ・デル・ソルに到着した。
死傷者を数名出した上に乗り込んでいた不審者を誰一人捉えられなかった結果に対して、ルーファウスは失態続きのハイデッガーを冷やかに罵倒した後、スキッフの出立完了を憮然と波止場で待っていた。

誰もが彼の機嫌をただ手を拱いて見守った。
ルーファウスは頭の良い理知的な人間だが、感情の起伏が激しい面もある。周囲はそれを恐れているようだが、ヒスイリアは少し違った。完全でない彼の人間性がそこから見える気がして、むしろ安心にも似た気持ちが心にあった。


「…ヒスイリア、社長がお呼びだ。」


ツォンに声を掛けられて、ヒスイリアは頷くと一人佇むルーファウスの元へ歩いて行く。少し距離を置いて立ち止まると夕陽を背に彼は振り返り、隣へ来るよう促した。


「…ご苦労だったな。名残り惜しいが君とは一旦ここでお別れだ。」
「そうですね。」
「クク…あっさりしたものだな。…このまま私の専属護衛にしてしまおうか。」
「貴方は自分の欲を理解してる。そんな無駄な事で私は使わないでしょう。
それに…命令でもそれは承服出来ません。私は『約束の地』に向かってるセフィロスを追わなくてはいけませんから。」


堤防に一際大きな波が打ち寄せる。
暫しの間、ルーファウスは僅かに驚いてヒスイリア見つめていたが、真っ直ぐした視線を見て苦笑を漏らした。


「……成る程。セフィロスを見たというのもあながち間違いではないようだ。」
「やっぱり、貴方はご存知だったんですね。彼の目的も本当は知っているのではないですか。」
「弁明するならそれには少々語弊がある。場所の名は知っていたとて結局その場所は分からん。知らないのと変わりはしないさ。」


肩を竦めるとルーファウスは風で乱れた髪を軽く払った。騙す、とまではいかないがやはり信用は置かれていないようだ。だが、それ位の緊張感で良いと思った。ヒスイリアは顔色を変えないまま、ルーファウスに向かって口を開いた。


「伏せておきたい情報は徹底して隠して下さい。その気になればハッキングで調べる事も私には可能です。」
「だが君はそれをしない。」
「?」
「君はあくまでフェアにいようとする。味方でいる内はな。それが君の甘さであり、長所だ。」


信用していないわけではないのだ、ルーファウスは彼女を見て困ったように小さく溜め息を漏らすと、ヒスイリアから視線を外した。一瞬垣間見せたまるで迷子のような表情に何と言って良いか分からなくなる。
まるで自分が悪い事をしたような気分でヒスイリアは言葉を飲み込んだ。


「スキッフ発進準備、完了いたしました!!」


整備員の声が波止場に響く。ルーファウスはそれに軽く頷くと、そちらへ足を踏み出した。
ヒスイリアは去っていく彼の姿を静かに見送る。規則的に小さくなる靴音に彼女はぼんやりと耳を傾けた。


「―――ああ…そうだ。」


と、数歩歩いた所でルーファウスはふと足を止めた。そしてスーツのポケットから深蒼色のマテリアがついたペンダントを取り出すと、ひょい、と彼女に投げてよこす。
宙を舞うそれを咄嗟にヒスイリアが両手で受け止めるとルーファウスは満足そうな顔をした。


「?…あの、……」
「ジュノンに来る途中、見つけてね。どこかの地方の守護石だそうだ。生憎私には合わぬマテリアだったが恐らく君なら使えるだろう。持って行け。」


また会おう、彼はそう告げると今度こそヘリポートへ去っていった。
ぼんやりとスキッフが飛び去るのをヒスイリアは見送る。そして、手の中で静かに輝きを放つ青い石を見つめていると―――突然、頭の上に重みがかかった。


「何、じーっと見てるんだ、と。」
「…うわ!レ、レノ!」
「何なんだ、と。その慌てっぷりは?」
「…え、あー…その。そ…、そんな事よりツォンさん達は?」


ヒスイリアは慌ててペンダントを乱暴に首に巻きつけると、頭の上に置かれたレノの腕を退けつつ話を逸らした。ルーファウスに貰ったなどとわざわざレノに教える必要はない。レノはそんな彼女の態度に訝しげに目を細めたが、とりあえず状況の説明を始めた。


「ツォンさんはこれから社長につくから暫く別行動だぞ、と。俺達は少し休んだらまたセフィロスを追えって話だ。」
「そう…。分かったわ。」
「じゃあ一旦、解散だな。あー久々にナンパでもするかな、と。」


言って。レノはビーチの方をちらりと見遣った。
ヒスイリアはそれを聞いて、からかうように笑みを浮かべる。


「タークスのレノ様ともあろう人が溜まってるの?」
「バーカ。俺様はもてるから別に自分から引っかける必要ねぇんだよ、と。」

***

白い砂が敷き詰められたビーチに着くとレノは言葉通りさっさと何処かへ行ってしまった。
ヒスイリアはヒスイリアで堤防にある適当な影を見つけて、壁にもたれるとすぐにゆるりと目を閉じる。穏やかなさざ波の音と遠くで聞こえる賑やかな人の声がとても心地良い。

こうしていると先程まで張り詰めていた空気がまるで嘘のようだった。

約束の地。
いつか神羅ビルに在った古代書物の文献で読んだ事がある。
星を旅する民である古代種が還るとされた至上の幸福が得られるという場所…。
その地は不明で旅をした古代種のみにしか分からないという。という事はセフィロスは古代種で、それで約束の地を求めているということなのか…。

確か古代種は遥か昔に滅びたと資料には記されていたはずだが。

彼はその生き残りだった…?


「…おやおや、何と。君はヒスイリアじゃないかね?」


どれくらい経った頃か。突然頭上から降って来た声にヒスイリアは目を開けた。
視界の端で揺れる白衣。とても浜辺に合うとは言い難い青白い顔をした男の姿が彼女の瞳に映りこむ。
彼の顔を見た瞬間、ヒスイリアは驚愕のあまり一瞬、声を失った。


「……ほ、宝条博士…?こんな所で何を?」
「ん?見て分からんかね。休暇だよ、休暇。たまには良いものだな。聞けば君はソルジャーに復帰したそうじゃないか。」


彼は愕然としているヒスイリアをじっと見つめると、興味深そうに口元を歪める。まるで何かを探るような、試すようなその視線に彼女は耐えきれず目を逸らした。



「え、ええ…。…、申し訳ありませんが……私、私用を思いだしましたので…。」



砂を払い、彼から離れようと立ち上がる。ヒスイリアは昔から宝条がすこぶる苦手だった。原因は分からないが、彼を見ると勝手に体が震え出すのだ。ただ生理的に合わないだけ。そう思い込んできた。
ヒスイリアは足早に離れようとする。が、立ち去ろうとする彼女の腕を宝条は素早く捕まえた。


「…っ!?」
「今日は面白いサンプルによく会う…。お前も奴に呼ばれているのか?ん?」
「…は、離してっ!」


ヒスイリアは乱暴に彼の手を振りほどくと、その場を逃げ出した。背後から聞こえてくる暗い笑い声を振り切るように、ヒスイリアはひた走る。気味が悪い。彼もそうだが、自分の過剰な反応も理解し難かった。


「あの娘も良い可能性を持っていそうだ。
しかし…それにしてもあの面立ちは……。

……………クックック…まさか、な……。」


宝条は可笑しそうに目を細め、小さくなるヒスイリアの背を見つめていた。
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2005.02.28
一部改定。

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