暑い。ただ一言、それしか言えない。隣にいる坂谷は「うるせぇ。余計に暑くなるだろ」と私を咎めたけど、今はそんなこと、どうでも良い。なんたってからだが溶けてしまいそうな程暑いのだから。





金烏が羽撃く






「結城ー、アイス買ってきたー?」
玄関で靴を脱いでいる結城に、私は問いかけた。結城の傍らには、アイスが入っている、コンビニのレジ袋がある。

「買ったよー。外、超暑かったー。死ぬー」
「はいはい。冷凍庫に入れるからアイスちょうだい」

私は居間へやって来た結城からアイスが入っている袋を受け取った。…ふと、魔が差した。

 私の手には、結城が買ってきた、アイスが入っているレジ袋。
すぐ近くには、ノートを睨みながら数式を解いているらしい坂谷。いつもより眉間を寄せている。とても真剣な眼差しをしている。
坂谷の、とても真剣な、眼差し――。

「つめたっ」
「あ、やば」

 坂谷は私を睨む。理由は私がアイスの入ったレジ袋を、坂谷の頬にくっつけたからだ。それも、突然に。 私はへらっと笑って「ごめんごめんー」と坂谷に謝った。それに対して坂谷は、今テーブルに向かい勉強道具を出している結城を大げさにビクつかせる程の舌打ちで返してきた。まぁそんなことはもう別によくて、私は今度こそアイスを冷凍庫にしまった。

「あれ南城、アイス食わねーの?」
「後で。今食べたら、結城はどうせ勉強しなくなるでしょ」

結城は不満そうに「えー!そんな事ねーし!」と言った。私は、そんな結城をよそに、勉強を始めようとテーブルへと向かった。

 今日は、本当に暑い。このまま黙って勉強をすれば、確実にどうにかなってしまいそうだ。アイスを早く食べたいという結城の気持ちも分からなくはない。やはいところ課題を終わらせて、アイスを食べるとしよう。


+ + +

 
私と結城は、夕日を背負いながら並んで歩いている。私の家での勉強会を終えて、私は家族に頼まれた買い物をしに、結城は自分の家へ帰るという所だ。私の目的の場所は、それなりに結城の家へ近いため、今は一緒に歩いている。今は夕方だというのに、まだ肌は蒸し暑さを感じている。真夏だから仕方ないのだろう。
 私と結城は、一本道を抜けて二人一緒に右へと折れる。またまっすぐと続いている一本道の脇には、変電所があった。夕日を受けて銀色を橙色にかえて光っている、何と呼べばいいのかよく分からない機械がおぞましいほどたくさん建っていた。電線も、頭上に幾多と張り巡らされている。

「なぁ、南城」
「ん?」

 変電所に気をとられていた私は、結城の呼びかけに上手く返事ができなかった。

「……。いや、何なんでもねーや」

私は結城へと顔を向けて、微笑った。

「何さ、言いたいことあるんなら言いなよ」


* * *


 南城は、俺が言葉を濁らせたのをきいて小さく笑った。俺もそれにつられて照れ隠しをするように笑った。
変電所沿いの道が終わり、分かれ道になった。ここで俺は、南城とは別の道へ行く。

「じゃあね。明日、学校で」
「あぁ、明日」

俺たちはそれぞれの帰り道へ進んだ。別れ際に、南城と視線が交じった。
俺が一瞬捉えた南城の瞳は、住宅街の白い壁を橙色に変えている夕日の色にはなっていなかった。
どこか孤立している、そこだけ真っ黒な闇の瞳だった。
今、帰路についている俺の頭の中には、さっきまで一緒にいた南城の感覚だけが、ぽっかりと浮き彫りになっている。











修正・加筆 11/01/10
文書改訂 13/01/26




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