八の字を寄せる





【癒者】【sun】で“八”の可能性【八の字を寄せる】







 それは桜咲き乱れる春のこと。

 京の一条戻り橋近くの安倍晴明邸の一室、部屋の主が腕組をして柳眉をしかめていた。

 女子のようにきめ細やかで白い肌は変わらないが、丸みを失った細い面立ちも切れ長の目も男子のもの。匂い立つような色気も低く変化した声音もがっしりと引き締まった肢体も、年頃の女性たちを虜にする容姿。

 そんな美青年が長いまつ毛を伏せて悩んでいるのだ、一体何事かと見る者の関心を集めてもおかしくなかった。


「・・・・どうかしたの、名前?」


 そして思わず声をかけたのが、彼の親友であり彼の師の末孫だった。


「いや・・・・うん、ちょっと俺の苦手分野を克服すべく睨み合ってるとこ」

「名前に苦手分野ってあったっけ?」


 その心底不思議そうな声音に、名前はその時はじめて部屋に入ってきた昌浩を見た。


「聞き捨てならないなー。俺にだって苦手分野はあるさ、それもたくさん」

「たくさんっ!?」

「たくさん。苦手じゃないように見せているだけだ」


 へー、すごいね名前。と感心する昌浩のその素直さこそ名前が真似できない面だったりするのだが、名前は敢えて教えない。

 それよりも、と視線は下へ。釣られて昌浩も下へと視線を動かし、そこではじめて気づいたというように固まった。


「・・・・あの、名前さん? これって」

「んー、文? それも恋文ってやつ? なんか陰陽寮からの依頼で向かった先の屋敷でもらった」

「・・・・・・たくさん、あるけど」

「姫君から女房殿、使用人に牛飼い童子の姉君と幅広くいただいてしまったからな」

「・・・・・・・・・・・・」


 苦手なんだよなー、返事書くの。身分の高い人なだけあってややこしい和歌詠んでくるから、返歌するのも大変で。如何に相手を傷つけないお返しをしようかと、本を読んだりして勉強中。

 名前のぶつくさという愚痴を右から左に流して、昌浩は机上に綺麗に並べられた様々な文を複雑な想いで見つめる。

 男の自分の目から見ても、名前は格好良くなったと思う。美人だとも。だから年頃の女性たちを虜にするのもわかる。

 しかし虜にしている女性の年齢層が幅広く、そして厄介なことに虜になるのが女性だけでないのが問題だった。目の前で並ぶ文の中には混じっていないが、その類は名前を可愛がる親族たちが秘密裏に除いているだろうことも予想できた。

 返歌? それは貴族の嗜みだろうが、いっかいの陰陽師がすることじゃないだろう。うん、そうだ。いらないいらない。


「名前」

「うん?」

「この文のこと、兄上たちに相談したらどうかな。兄上たちならきっと良い返事の仕方を教えてくれると思うよ」

「え、いや、他の人に見せて良いもんじゃないだろ。迷惑だし」

「大丈夫大丈夫」

「昌浩さん?」

「大丈夫大丈夫大丈夫」





◆ ◇ ◆





「ナマエ、どうした?」

「なんか悩みでもあるのかー?」

「え、あの、・・・・・・・・なんでわかったの?」


 おれ白クマなのに。と心底不思議そうに目をぱちくりさせる仲間を前にして、彼らの心は一つだった。

 わからいでか。

 今日上陸したばかりの春島、物珍しさからか珍しくも船を下りて遊びに出かけた名前が一時間も経たず戻ってきて船の片隅で頭を抱えていれば、すわ病気か怪我をしたのかと大騒ぎするだろう。船長が。

 大騒ぎする船長を抑えて留めて部屋に押し込むのにどれだけの船員が犠牲になったか・・・・・・・・この心優しい白クマに教えることではないが。


「仲間なんだから、気づかないはずないだろ」

「そーゆーこと!」

「・・・・・・・・・・」


 目は口ほどに物を言う、とはよく言ったもの。

 目をキラキラ輝かせる名前に、彼らは全力で構い倒したくなる気持ちを必死で抑えた。

 今すぐこの白いもふもふの毛皮を撫で回してェ・・・!空気を読んで自重。震えそうになる右手を背後に回して左手で押さえながら、彼らは平然とした面持ちを作って名前をうながした。


「・・・・・あの、さ・・・・・おれ、どうしたらいいか、わからなくて・・・・」

「何かあったんだよな?」

「・・・うん・・・・・その、この島のクマに求婚された」

「「「き・・・・・・・・求婚ーーーーッッッ!!!!?」」」

「あ、クマだから求愛かな? なんかいきなり話しかけられて、追いかけられた。・・・・おれ、ふつうのクマと違うから・・・・どう返したら良かったのか、わからなくて・・・・・逃げてきちゃった」



 どうしよう、やっぱり戻って「ごめんなさい」した方が良いよね?

 いやいやいやいや!

 わざわざ捕まりに行くようなもんじゃねェか!

 春で盛ったクマに理性があるはずがねェだろ!



 皆うっかり忘れていたことだが、名前は年頃の若いメスで、白く美しい毛並みからいってかなりの美クマだった。それはもう、愛玩目的に攫われそうになるほどの。

 普段は人間よりも知性があって冷静な白クマがオロオロする様に、彼らは逆に頭が冷えるのを感じた。怒りが突き抜けたら逆に冷静になるってホントなんだなー、と呑気な一部がそんな感想を抱いた。





「――出航するぞ! 今すぐにだ!」


「「「了解!」」」





 部屋に閉じ込めた船長がここにいることとか、


 えええぇぇっ!!!? 上陸したばかりだよねっ!!? という名前の絶叫とか、


 ハートの海賊団の誰もが気にせず、黙々と碇を引き上げたり島に出かけた船員を呼び戻したりと出港準備に駆け回った。



〜〜〜〜〜〜

八の字を寄せる
→眉を八の字にして眉間にしわを寄せる。顔をしかめる。不機嫌あったり考え込んだりしている様子。不快感などの表現。

誰がやるか!
考えることは皆おなじ。

(2014年10月18日 灯)



bacK

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