末広がり
【わかば】で“八”の可能性【末広がり】
あ、今日で八年経ったんだ。
本を読む気もテレビをつける気も何故か起きなくてどこか落ち着かなくて、ダイニングにあるお気に入りのソファーに腰掛けてココアを手にぼんやりとカレンダーを見ていて、ふと思い出した。
八年前の今日―――わたしは初めて義父さんに会って、義父さんにもらわれて、孤児ではなくなったのだと。
・・・・自分の誕生日すら忘れるわたしとしては、思い出せたこと事態が奇跡だった。
ちなみに前世の姉は「今日は○○の生誕祭〜っ!!!」だとか「この時期が今年もやってきたわ・・・! 夏フェスへ!いざ参るッ!!」だとかetcと365日何かのキャラたちの誕生日を祝っては何らかのイベントに参加してと騒いでいて、よくもまぁそんなに覚えていられるし年中無休で頑張れるなーと感心したものだ。他人のフリをしながら。
だってあの人がそうやって騒ぐ時は、いつだってわたしの前なんだよっ!!?
やめて! わたしを巻きこまないでっ!!
作らないよっ、そんなアメリカばりにカラフルなケーキッ!!!
着ないっ、コスプレなんてしないよっ!!?
というか、わたしの部屋にアヤシイ祭壇を作るなぁッッ!!!
(・・・思い起こされる暗黒の日々。あの時を思えば、今はなんて平和・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な訳ないか)
だって八年目ということは今年で十二歳になるってこと。
つまりはなんだ。来年には中学生になって、あの『並盛中学校』へ入学するということっ!! あのっ!! 原作の舞台にっ!! とうとう踏み入れてしまうということっ!!!
(・・・・い、行きたくないぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・ッッ!!!!)
一体誰が好き好んでマフィア関係者がゴロゴロ入学し、最強の殺し屋が闊歩し、校内が度々戦場と化すような中学校に入学したいと思うのかっ!!! 少なくともわたしはしたくないッ!!!
(入学したくないッ、並中に行きたくないッ・・・・・・・・けど恭に逆らって別の中学になんか行けないしぃぃぃ・・・)
ああもう! わたしのチキンっぷりが憎いッッ!!
「・・・・・・・・・名前どうしたの」
お@;え。、がいおぅいう×qぅぁぁっ!!!???
気配も音もなく現れた恭に驚きすぎて、ポンっとソファーから飛び立ってしまった。
義父さんがいくら鍛えようとしてもわたしがビビリ過ぎるせいで戦闘能力は全く身に付かなかったけれど、戦線離脱だけは誰よりも素早くできる。
つまりいつでも逃げる準備だけはバッチリ。
・・・・なんかしょっぱい、最弱が生き残るためには大切なんだけど・・・さ・・・・。
「(きょきょきょきょきょ恭恭っ)きょう、(どどどど、どうしたってわたしはどうもしてないですよッ!!! ただココア飲んでくつろいでいただけで、恭は義父さんに用事でもあったんですかッッッ!!!!?)」
「・・・・・君が覚えているなんて珍しいね」
「(あるぅえ??? ほんとに義父さんに用事があったのッッ!!? しかもわたしも関係ある系ッ!? 今日何かあったっけっ!!? え、今日何か)大切な記念日(だったっけッ!!!?)」
「・・・・・そう・・・・」
「うん(っっと、ごめんなさいすみません申し訳ありませんッッッ、わたし覚えてないです・・・ッ!!!?)」
――その後、なぜか恭は何も言わず、夕飯どころか珍しく一晩泊って帰っていった。
なんかやけに恭の機嫌が良かったけど・・・・・・・・・・なんだったの? 最後までびくびくしまくってたんですけど。
***
今日の名前は様子がおかしい。
最近熱心に読んでいた本を途中のまま、毎日欠かさず見ていたクッキング番組が始まるのにテレビをつけず、とっくに冷たくなったココアを手にぼんやりと座っている。
何を見ているのかと視線の先を追えばカレンダーがあって、驚いた。
「・・・・・・・・・名前どうしたの」
まさか、と思った。
「今日、」
僕の予想を肯定するように、彼女はソファーから勢いよく立ちあがった。
日常動作も戦闘も品があって『静』かな彼女らしからぬ動き、彼女の心を体現するように弾んだ。
「・・・・・君が覚えているなんて珍しいね」
「大切な記念日だから」
大切な記念日。
年中行事も、覚えやすい僕の誕生日も、自分の誕生日ですら忘れている時がある名前が『大切』だと口にする。
それが意外すぎて、そして嬉しすぎて、つい緩みそうになった頬を掌で隠した。名前は気づいているだろうけど。
「・・・・・そう・・・・」
「うん」
―――今日は記念日。
八年前、僕と君が初めて出会った日。
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末広がり
→漢字で「八」と書くと下の方が広がる事から「末広がり」を意味し、日本では幸運とされる。縁起の良い数。
けれどこの【わかば】夢主にとっては・・・・。
(2014年10月18日 灯)