04「『お前とは違う』」

ナスやキュウリに折った割り箸のようなものを差して玄関先に置く。
どういう意味があるかは知らないが、あの世から遊びに来るお先祖様はこれが無いと困るんだと云う。

「置いてきたぜー」
「ごくろうさま、お茶淹れたわよ。休憩しましょ」
「おう!」

お盆はさすがに先生たちも休暇だから部活が無い。
普段は夏休みなんて名ばかりで(授業が無いだけだ)、朝から練習に行くけどこの一週間ほどは完全なオフだ。
ここぞとばかりやれ大掃除だ痛んだ庭木の補修だと手伝わされた。

その中の、ぽっかり空いたエアポケットのような時間。冷えた玉露が旨ぇ。
栄養補給にとコンビニサイズのミニ羊羹を差しだされる。
……つまり本格的なメシは台所の掃除が済むまでお預けなんだな。泣けてきた。
抜け出して何か買いに行くか。

玄関に出ると、扉の外に置いてきた野菜の置物が目に入った。
ふと、思いついて訊いてみる。

「なぁ、お盆ってご先祖様しか帰ってこねぇの?」

振り返った先、お袋は少し考え込むような複雑な顔をしていた。

「ご先祖様、だけじゃないかもねぇ。
 戦争の後、結婚を前に出征してしまった婚約者がお盆に会いに来たのよ、っておばあちゃんのお友達は言ってたから」
「あーそっか、先祖でなくてもダンナとか有り得るのか……結婚してなかったとしても、かぁ。良いこと聞いた」

良いこと聞いた、とは言っても、傑にとって俺が婚約者並の存在だったなんて保証はないけど。
そうだと良いな、そうだったら会いに来てくれるかな、という希望だ。

んじゃ行ってくる、と背を向けたところでポケットに千円札を三枚突っ込まれた。

「……昼飯代にしては多くね?」
「ゆっくり、してらっしゃい。掃除は大体終わったし」
「ははっ、サンキュ!」

どこで、とは言われなかったけど。
墓参りに行ってもいい、ってことだろう。だからこれは多分お供え代。
会いに来てくれないならこっちから会いに行くって手もあるな、確かに。
だけど俺は知ってる。傑はあの場所に眠ってるわけじゃない。

確信は無いけど、駆も語らなかったけど、傑はきっと駆と一緒にピッチの上に居る。
だから会いに行くのは、ゆっくり傑と語らうのは墓の前じゃない。

『お前とは違う場所に居るけど、でもピッチに居ればいつも会えるからな』

駆の家までの道すがら、不意に傑の声が聞こえた気がした。
ひょっとして三回忌の法事とかあるのかな、家族の邪魔しちゃ悪いかな、なんて思ったけど、それはその時で線香でも上げて行こう。
部活ないしついでだから走って行くかと思ったけど、家に上がるんじゃそれもマズいかと思い直してバス停に向かう。
あ、そうなったらやっぱりお供えも要るか。念のため駆に電話しておくか。
コール音の向こうに駆の声を待つ間、さっき聞こえた傑の声に返事をする。

――ピッチの上以外でも会いてぇよ、バカ。恋人なら、俺ンとこにも会いに来い。

『だから、会いに来ただろ?』

ぎゅう、と。
背中から抱きしめられる感覚は、きっと夏の暑さが起こした錯覚だ。
そう思ったのに、バス停の屋根が作る日影の中、振り向いた先には未だ鳴る携帯を持った駆が居て。

『会いに来ちまった。……会いたかった』

僅かに駆とは異なる口調。
人懐っこい笑顔はよく似てるけど。

「傑……ッ」

傑にとってどういう存在だったのかな、なんて弱気になったけど。
会いに行くより前に会いに来てくれたなら、これはきっと自惚れてもいいはずだ。





Fin.



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傑荒webアンソロの企画お題04「『お前とは違う』」、ご利用例的な展示作品です。
元ネタはひよ豆さんの「お盆だから傑帰ってきますね」発言と
主催のロビンソンさんの傑荒ネタ「なぁ、ご先祖様しか帰ってこねぇの?」発言から。
大変ごちそうさまです^^*


11.08.12 加築せらの 拝