「いい眺めだなぁ」


空を見上げれば、見渡す限りの星空の中に一つだけ大きく輝く三日月があった。まるで猫の爪みたいに鋭い月だ。えいりあん退治の為に来た名も知らぬ惑星だが、月見の場所には最適な所らしい。最もそこら中にえいりあんがいなければ、の話だが。
大きな岩の上に腰かけて月を見ている青年の周りには夥しい数のえいりあんの死骸が散らばり、青年の持つ傘は気色悪い液体に塗れている。月を見つめている青年の髪は月明かりを照らし出したかのような金髪で柔らかそうな印象を与え、彼の顔立ちは青年というよりは中性的だ。男だと言うには線が細く、少女と言うには大人びていた。そんな彼がたった一人で大量のえいりあんと戦ったなどとは誰も思うまい。さらりとした風が彼の頬を撫でていく。透き通るように白い肌は夜兎族の証。このような夜では日傘は必要ないが、日の光が照らす昼間は傘が手放せなかった。
目を細めて月を見ていると、カサリと手の中で音を立てた羊皮紙の存在に気付き、ふとその封筒を見た。


『神楽のお父さんより』
「いや…わかるけど名前で書けよ」


あのオッサン相変わらず俺につっかかってくんなぁ、と愚痴を零しつつ封を切って中身を取り出すと、下までびっしり文字で埋め尽くされた二・三枚の便箋が入っていた。かの人が見た目に似合わず筆まめなことは百も承知なので苦笑しながら読み上げていく。


『拝啓 紫苑くん
元気ですか?おじさんは毎日えいりあんと戦って頑張ってます。毎日髪のトリートメントも頑張ってます。紫苑くんとは同業者なので君の噂もよく聞きます。かなり優秀なハンターになっているようですね。星海坊主と恐れられるおじさんも嬉しいですが、毛根の気遣いに関しては一歩も譲る気はないのであしからず』
「……毛ばっかじゃん。毛のことばっか気にしてんじゃん、あのバーコードハゲオヤジ」


「しかももうこの仕事だって最後だっつーの」と口を尖らせるが、その不満を聞く者は誰もいない。返答がなく静まり返った空間にため息を漏らすと、読みかけの手紙に視線を戻した。


『まぁ挨拶はそれぐらいにしておいて、実は今回紫苑くんに手紙を書いたのには訳があります。他でもない神楽ちゃんのことです。おじさんは未だに納得していないんですが、一応神楽が大切に思っている紫苑くんにもこのことを知らせておこうと思うので筆を取ることにしました。神楽ちゃんは地球に留学しています。それだけならいいんですが、なんと白髪と眼鏡という何とも奇妙な男二人と一つ屋根の下で生活しているのです。爛れた関係になってしまうのではないかと思うとおじさんは神楽ちゃんのことが心配で夜も眠れません。もし紫苑くんが暇ならぜひ神楽ちゃんの安否を確かめて来て下さい。よろしくお願いします』


一番下まで読み終えるまでもなくその手紙をぐしゃりと握り潰し、青年はいきなり立ち上がった。深刻そうにどこか焦っているような表情を浮かべ、整った美貌を崩すことも厭わずに、この惑星唯一のターミナル目指して駆け出していく。
青年にとって神楽という存在はとても大切な少女であり愛する女性である。たとえ年齢のせいでロリコンと呼ばれようとも彼女を好きになってしまったんだからしょうがない。
はたして好きな女が男二人と暮らしていると言われて黙っている男がいるだろうか?…いや、絶対いない。と即座に断言した青年はターミナルへ走る。地球行きのチケットを手にする為に。


「待ってろよ神楽!もし何かされて嫁に行けない体にでもなってたら、その地球人全員皆殺しにしてやるからな…!!」


羨ましいわ白髪と眼鏡、俺だって同棲はまだだっつーのォォォッ!!と叫ぶ青年はまだ知らない。この手紙が届いたことでで自分も当分地球に居座ることになってしまうということを。

始まりは一通の手紙から
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