――熱い。思うのはそれだけだ。
脳天に突き抜ける痺れをどうにかやりすごして荒い息を整えながら下を見れば、名前はジノではなくそれを通り越した天井を焦点の合っていない瞳でぼんやりと眺め、赤い舌をわずかに開いた唇の隙間からちらちらと覗かせていた。
吸い寄せられるまま口付ける。普段はジノに辛辣な言葉しか吐かない彼女の唇はしっとりと濡れていて温かい。拒まれないのはまだ名前の意識がこちらに戻ってきていないからで、もしこの瞬間彼女が我に返ったら即座に頬に拳が叩きこまれるだろう。
ぼんやりとしている姿が可愛いと思っていてもそれを口にした途端に彼女の機嫌が悪くなってしまうから、ジノはいつもそれをぐっと飲み込んで少し汗ばんだ彼女の額に口付ける。頬についた髪をそっと払ってやれば、ようやく意識を取り戻したのか、いい、と掠れた声を出した名前が弱々しく首を振る。ああもういつもの名前になった、とジノは苦笑して大人しく名前の上から身を起こした。

情事が一通り済んだら男は熱が冷めてさっさと寝てしまうといった通説をよく聞くが、それは嘘だと実感する。何しろさっさと寝てしまうのは自分ではなく名前の方で、哀しいことにジノは彼女と睦言を交わすことも出来ず眠っている名前を抱き締めることしか許されないのだ。
欲を言えばもっと触れ合いたいから名前が起きてようが眠ってようが関係ないのかもしれないが、さすがに嫌われたくないからそこは我慢に我慢を重ねる。正常な男子であるジノにとって朝を迎えるまでは拷問に等しい時間になるのだが、仕方がない。

そして今夜もその拷問は始まりそうだ。
猫のように伸びをした名前はシーツに包まって目を閉じ、「おやすみジノ」なんて言うものだから泣きたくなった。私達って恋人だよね!?と名前の肩を揺さぶって問い質したい。たしかに気持ちが通じ合って情を交わしている仲だというのに、彼女のこのそっけなさは何なのだ。
思い直してみれば好きだと連呼しているのは常に自分だし、名前が本当に自分に愛情を持っているのか、ジノは胸に黒いものがじわじわと迫り来る恐怖に襲われた。でもいくら淡白な性格をしている彼女でも、誰にでも体を許すような女性だとは思わないし、思いたくない。どんなに冷たくても反応が薄くても、名前は名前なりに自分を愛してくれているのだとジノは思いたかった。

だからこちらに向いている白く滑らかな彼女の背中に手を伸ばし、ぎゅっと彼女を抱き締める。振り払われないかいつも不安で、でもいつだって彼女は前に回ったジノの手を握ってくれた。何でもない、そんな当たり前のことが嬉しくてため息を漏らす。


「…寝れないの?」
「うん。もっと名前とこうしてたい。名前はそう思わない?私ばっかり欲求不満みたいじゃないか」
「違わないじゃない」


珍しく名前が淡い笑みを零す。


「でも、何でかわからないんだけど、最近眠くて眠くて…ちゃんと睡眠時間はとってるのに不思議ね。変な夢も見るし」
「夢?」
「そう。私がラウンズじゃなくて黒の騎士団になってるのよ。それで皇帝陛下に反逆するの。…おかしいでしょう?そんなこと私がするわけないのにね。だって陛下は私のお爺様の罪を許して下さった方なのよ。忠誠を誓いこそすれ、刃向かうなんてありえないわ」
「―――――…」


そうでしょう?と問いかけてくる名前にジノは何も答えることは出来なかった。
時々彼女に違和感を感じるのだ。彼女の言うことは正しいし記憶のつじつまだって合っている。なのに、この霧がかったような気持ち悪さは一向に良くなる傾向が見られない。幼い頃の彼女はもっと違っていなかったか、もっと燃え盛る炎のような瞳を持っていなかったか―――。


「まぁ確かに皇帝陛下は怖いところもある方だけど………ジノ、聞いてる?」


眠気が襲ってくる時こそ雄弁になるという名前は、声に少しばかり苛立ちを含ませて顔だけをジノの方へ向けた。返事がないから上の空で話を聞いていないと思ったのだろう。普段はあれだけジノにそっけない態度だというのに、こういう時の彼女は歳相応の少女のように素直に感情を表すのだから、参る。
胸の奥から生まれてくる温かな感情に包まれたジノは、少し機嫌を損ねてじっとこちらを見上げてくる名前を強く抱き締めた。痛い、と彼女が身を捩る。それでも名前を抱き締めていると、少しは手加減を覚えろと手の甲を抓られて、ジノはやっと拘束を緩めた。


「聞いてるよ。名前の話は全部ちゃんと聞いてる」
「どうだか」
「皇帝陛下が怖いって話だろう?」


微妙に違う、と目を半眼にした名前は、さっき彼女自身が言っていたように強烈な睡魔に襲われたのか、ひとつ大きなあくびをして今度こそ眠ろうと目蓋を閉じた。こうなったら名前が眠ってしまうのはもう確実だ。

置いてかれた状態になったジノは息をついて名前を見下ろした。
こうして名前の傍にいるにも関わらずちっとも距離が埋まらないのは何故だろうと、ふと不思議に思う。ちゃんと愛されていると思う。それなりに心を開いてくれていると思う。なのに心を覆う不安は拭えず、いくら名前を抱いていても彼女を繋ぎ止めておけるかどうか自信がないのだ。
名前が時折ジノに誰かを重ねて見ていることを知っているから、その度に切なそうに瞳を細める彼女は誰を思い出しているのだろうと、ジノもその度にじりじりと胸を焦がした。私もまだまだ子供だな、と己の独占欲を自嘲する。どれだけその人間に嫉妬しようと人の心など縛れるはずもないのに。
ふと、名前にとっての怖ろしいものが皇帝陛下だとしたら、自分は何なのだろうと思う。そんなこと考えたことすらなかったからとっさに思い浮かぶものかと思ったが、人間というものは常に不安と戦っている生き物らしい。答えは実にすんなりと導き出された。

――私は名前が離れていくことが怖くてたまらない。彼女の夢がいつか本当になるような気がして、彼女の銃口が自分に向けられるような気がして、私はそれが怖ろしい。

大した理由もなく漠然と感じたままのことを名前に言えば「柄に合わなく弱音を吐くのね、臆病者みたい」と鼻で笑われるだろう。だから口には出さない。ただ黙って名前を掴まえている。
名前は知らないだろうが、いつだって自分は臆病風に吹かれているのだ。だって腕の中にある彼女の体温が奪われてしまうのが、今こんなにも怖ろしい。


「名前」


この夜が明けなければいいのにと、切に願う。

late at night

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