――因果応報とはよく言ったもの。
遥か昔から繰り返されてきた『やられたらやり返す』という図式は、高度発展を遂げた今でも変わらず受け継がれ続けている。痛みを受けたらそれと同等かそれ以上の痛みをその相手に、復讐という手段でもって返すのだ。

だからルルーシュがクロヴィスの元へやってきたのも、当然といえば当然のことだった。
自分の母親を殺された彼がその相手を血眼になって探すのも、皇族でも高位であるクロヴィスが情報を握っているのではないかと考えるのも、そしてまさかクロヴィスに関係ある人物がマリアンヌを殺したのではないかと勘ぐるのも予想していた。

だが、誰がこの状況を予想出来ただろう。
ルルーシュはたった一人でクロヴィスの元へ馳せ参じ、どういうわけか彼が命じた途端クロヴィスの護衛は一人もいなくなってしまった。まるで操り人形のようにルルーシュの言葉に従ったのだ。
おかげでクロヴィスはルルーシュに銃口を突きつけられ、命の手綱を彼に握られている。

一発撃たれるのを覚悟して抵抗すればこの膠着状態から逃れられるかもしれないが、足が震えて完全に力が抜けてしまっているクロヴィスにはその撃たれる覚悟も助けを呼ぶような冷静さもなかった。
ただ豪華な椅子に腰かけ、皇族の品位を失わないよう取り乱さずにルルーシュを見下ろしているだけ。そう取り繕うのが精一杯だ。


「お久しぶりですね、兄上」


そう言いながらヘルメットを取り去った彼を見て、ああ――とクロヴィスは目の前にいるルルーシュが幻でも亡霊でも偽物でもないことを悟った。
母親譲りの美しい黒髪は健在で、昔より背が伸びて、少しだけ顔つきが変わって、でもクロヴィスを口先で翻弄して楽しむ意地の悪さだけは変わらずにいる。煌く紫色の瞳がクロヴィスを捉えた。
幼い頃の記憶とは随分違った低い声を出して、下士官の格好をしたルルーシュが恭しく礼をする。


「僕ですよ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」


柔らかな弧を描く目元には様々な負の感情が入り混じっていて、その視線の冷たさに背筋が凍りついた。あんな目が普通の人間に出来るのかと、頬に冷たい汗が滑り落ちていく。
悪魔が来た、とルルーシュを見下ろしたクロヴィスは絶句してごくりと息を飲んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



――棺の中に横たわっている彼の寝顔は、予想に反してとても穏やかなものだった。

荘厳な鐘の音が澄み切った青空に響き渡るのを耳にしながら、名前は風に揺れる黒いレースの端を押さえた。
雲一つない空からは暖かい日差しが降り注ぎ、彼の周囲を彩っている美しい花々の花弁が風に舞う。思わず歩みを止めて魅入ってしまうような光景を生前の彼はよく好んで絵に描いていたように思う。煌びやかなものも素朴ながら美しいものも等しく愛でていた彼にならうわけではないが、たしかにこの光景はずっと目に焼き付けておきたいと思わせるほど綺麗だ。

クロヴィスはつい先日暗殺された。シンジュクゲットーにてテロリストを鎮圧中に、何者かの銃弾を受けたのだ。
犯人はまだ捕まっていない。名前はすでにその場にいなかったし、どういうわけかバトレー将軍も警備の者さえもその時の記憶が曖昧だという。本来厳重に警護されるべき皇族が一瞬でも無防備になることなどありえないのだが、犯人はどんな手品を使ったのか、警備兵を一掃してからクロヴィスの息の根を止めた。誰にも見られずに、速やかに、静かに。

皇族らしい不遜さと威厳を持ち、仕草ひとつ、指の先まで優雅な動き、日に輝く金糸の髪、煌く宝石のような碧色の瞳、女性のように整った顔立ち。クロヴィスが芸術面に秀でた王子だったのは公然の事実だが、彼自身もまた絵画から出てきたような秀麗な外見の持ち主だった。それこそ社交界で少し微笑めば、数多の貴婦人を虜にしてしまうように。
だが、そんな彼の蕩けるような視線が自分に向けられることはもうない。棺の中で冷たくなってやがて土へと還っていく。それが自然の摂理というものだ。
そう思っていても実際彼の青白い顔を見ると感慨深い感情が襲ってくる。まるで愛おしいものを見るような瞳で名を呼ぶクロヴィスの姿が、何故か脳裏に過ぎった。


「名前、ここにいたのか。探したぞ」
「おじ………いえ、名字将軍」
「よい。ここには誰もやってこんよ」


振り返ると、杖をつきながら歩み寄ってくる祖父がいた。今日は大分具合がいいようで、恰幅のよい体を軍服で包んでクロヴィスの喪に服している。
普段は公私混同を嫌い呼び名に厳しい祖父だが、この時ばかりは周囲に誰もいないのを確認して首を振った。


「殿下を暗殺した犯人…いやまだ容疑者か、枢木スザク一等兵は名誉ブリタニア人だそうだな。お前は彼の潔白を訴えたそうだが、何故だ?」
「私がその時彼の傍にいたからです。私は殿下の命令で彼と連携してテロリストを追おうとしたのですが、突然殿下が戦闘停止命令を下し――彼と別れ、殿下の元に戻ったときにはもう」
「死んでいた、か」
「…そうです。だからその少年兵は犯人ではありません。純血派の連中が画策して名誉ブリタニア人に汚名を着せようとしているのでは…」
「そうかもしれんな。だが、彼には身の潔白を証明出来るものが何もない。お前の証言は大した力を持たなかっただろう?」
「―――――っ」


静かに語りかける祖父の言葉が胸に小さな波紋を生んだ。
立場的にはある程度上にいる名前なのだが、イレヴンの血が混じっていることと、一時的にとはいえ祖父がブリタニアに背いたことがあり、純血派からは忌むような視線を向けられているのだ。だから枢木スザクにクロヴィス暗殺の嫌疑がかけられていてその無実を証明したくても、自分の無力さを痛感するだけで終わってしまった。
捨て置け、と告げた祖父は眉間に刻まれた皺をより一層深くした。


「その人間を庇ってもこちらの立場が危うくなるだけだ。それよりお前に話がある」
「次の総督がもう決まったのですか?」
「コーネリア殿下、それとユーフェミア殿下が総督・副総督の任に就かれる。どちらかの親衛隊に入れるように手を回しておこう」


コーネリア・リ・ブリタニアとユーフェミア・リ・ブリタニア。
名前は二人の皇女を記憶から掘り起こして祖父の言葉に頷いた。
たしかコーネリアは『ブリタニアの魔女』の異名を持つほど高い指揮能力とナイトメアの操縦技術を併せ持つ軍人だったはずだが、まったく戦いとは無関係なユーフェミアのことはあまりよく知らない。
祖父は計画に支障が出ないならどちらでもいいと思っていそうだが、出来ることならコーネリアに仕えたいと思った。可憐で温厚なユーフェミアより厳格で聡明なコーネリアの方が性格的に合いそうだし、何より毒気を抜かれなくていい。安穏と生きてきた皇女のお守りなどごめんだ、と胸の内でひっそりと思う。
それを祖父は見抜いたのだろう。やれやれ、とでも言いたそうにため息をついた。


「コーネリア殿下にはすでに騎士がいる。ユーフェミア殿下の方が我らにとっては好都合なのだ」
「それは…承知しています」
「では何も言わずに待て。両殿下が着任するまでは少しの猶予があろう。慌しくなるのだから今の内に体を休めておくがいい」
「はい。お爺様も無理はなさいませんよう」


もう長時間動いているのも苦痛を伴うくらい、祖父の体は病魔に侵されている。
だが彼は厳しい目元をほんの少し和らげて皺だらけの顔で笑った。これぐらい何でもないと。妙に頑固な性格だから、いくら名前が心配しても寝ていてくれと懇願しても、決して首を縦には振らないだろう。それがわかっているからこそ、もう名前は何も言わなかった。ただ黙って去って行く祖父の背中を見つめる。

ふと、思い出したように歩みをピタリと止めた祖父は名前の方に振り返った。
言い忘れたことでもあるのだろうか。
そう思い首を傾げた名前だったが、彼の顔にわずかばかり影が差していることに気付き、眉を顰めた。


「…一つ、お前に言わなければならんことがあった」


どこか苦しげに告げられた祖父の言葉には重みがあった。言い忘れたのではなく、言いたくなかったのではないかと邪推してしまうようなそれは、彼の中で随分長いこと言うか言わないか悩んでいたことを表している。強く口を引き結んでいるその姿は、長い葛藤の末に出した答えに後悔しているようにも思えた。
常に覇気に満ちている祖父にしては妙に歯切れが悪い、と名前は思った。
難しい顔をしてしばらく黙り込んでいた彼は、ようやく決心がついたのか、重々しい口を開く。


「クロヴィス殿下からお前にと、残したものがあるそうだ。部屋に行ってみるがよい」

14 シンジュク事変Y

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