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本丸管理部監査課。時の政府によって顕現された最初の山姥切長義はここで日々の職務にあたっていた。

人の身を得てすぐの頃は、なぜ刀が事務仕事などしなければならないのかと文句のひとつふたつ抱いた。世の中には適材適所という言葉がある。山姥をも斬り伏せる名刀に書類を捌かせるなんて、ともすれば山姥切長義に対する侮辱である。

だが彼は今こうして職務に従事している。どうしてか?まあ明けすけに言ってしまえば上手いこと言いくるめられてしまったのだ。山姥切長義は自尊心が高い。それでいて真面目で素直だという自覚がない。冷ややかに見えてその実、気高くも面倒見の良い付喪神だったのだ。

政府の言い分としては、山姥切長義を迎え入れるのに相応しい本丸を選定する猶予が欲しい、とのこと。
彼の写しである山姥切国広が初期より本丸所属の刀剣男士として依り代を置いているのは審神者の誰しもが知るところだ。長義と国広、山姥切の名を持つ彼らには、この名をめぐり少なからずの軋轢が予想される。だから山姥切長義を迎え入れられる本丸は、運営が安定しており、戦力、戦績ともに優秀なものに限られている。

相応しい本丸…と、そう請われてしまって、長義は仕方がないなと鼻を鳴らした。結構ちょろい、本人には内緒である。なんといっても彼こそ長義が打った本歌、山姥切だ。丁重に扱われて当然だという自負あって然るべきなのである。

本丸監査部に配属されたのも、執務をこなしながら自身が赴くに値する本丸を見定めるためである。長義のお眼鏡に叶う本丸があれば、刀剣男士として異動願いを出すことができる。彼は山姥切長義という刀より降ろされた一振りめの依り代。だからこそ与えられた権利だった。

そうして過ごす日々、幸か不幸か長義は執務能力に長けていた。その切れ味をもってすれば、山姥だろうが書類だろうがばっさばっさとぶった斬る。だららららら、と凄まじい速さのタイピングは、音だけ聞いてたら銃兵つけてる?と問いかけたくなる代物だ。問いかけたところで、俺は打刀だから銃兵は付けられないんじゃないかな?とすこし小馬鹿にされるので、同僚たちはみな静かに自らの仕事に対峙している。

忙殺されそうな毎日の中で、長義にはひそかな癒しの瞬間がある。それこそが本日とり行われる審神者会議だ。

四半期に一度、管轄下にある本丸の審神者たちが一堂に会する。数百近い数の審神者と近侍が本部に召集され、優秀な本丸の表彰や、時間遡行軍、合戦場の情報共有などが行われる。

政府役人が遡行軍討伐数のグラフを前に熱弁を振るっている最中、長義は手元の書類から視線だけをちら、と動かす。北国に眠る氷を砕いたような涼しい眼差しの見据える先にはとある本丸の、とある審神者が居た。
視線の先の彼女は大した話でもないのに真剣な表情で話に聞き入っている。まっすぐにのびた背筋や真摯な瞳、清廉な気配。彼女を目に映したら、殺伐とした胸の奥が、春の光に照らされたように暖かくなる。小さな仕草のひとつひとつを、丁寧に眺めた。今度会えるのはまた三ヶ月後になる、それが名残惜しい。どうしてそう思うのか理由はわからないけれど、心の赴くままに長義はこの審神者を見つめていた。

不意に、彼女が長義を見た。真っ直ぐに視線がかち合う。突然のことで目を逸らせずにいた、心臓のところがぎゅっと痛い。なんだこれはと戸惑うまま、長義の眉間にしわが寄る。彼女はぽう、と頬を赤らめて瞬きの間にゆるりと視線を伏せてしまう。その仕草で、こちらの頬までがのんびりと熱を持つ。

長義が名前のつけられない感情に困惑していると、今度は彼女の隣から強い視線を感じた。近侍である山姥切国広のものだ。
まるで牽制するかのように長義を見据えている。気に入らない。あの子のとなりに、どうしてあいつが居るのか。写しを近侍に選ぶだなんて、どうかしている。そんな彼女に見惚れてしまう自分も、きっと、どうかしている。

抜粋された本丸における戦況の報告を終えて、会議はお開きとなる。投影機の電源が落ちて、部屋の照明がぱっと明るくなる。静かだった会議室にざわめきが戻る。

「大将、おつかれさん」「…退屈で死ぬかと思った。寄り道して帰るか、きみ」「喉は乾いていませんか?主君」

それぞれ言葉を交わす審神者とその近侍の話し声を聞いているとふんわりと暖かだったはずの胸が塞いでいく。彼らには仕えると決めた主が居て、帰る場所がある。そのどちらも今の自分には無いもので、長義は捲り上げていた袖を下ろした。肌寒い気がしたからだ。この気持ちの名前を、寂しい、とは呼びたくない。そんなみじめな感情を持つなんて、認めたくはなかった。

会議の議事録をまとめなければならない、長義は感情に蓋をするように立ち上がる。手早く資料をまとめて会議室を出ようと足を動かしたとき、突如現れた影にぶつかった。ばさりと資料が床に散らばる。

「…っなにを、」
「すまない。」

ぶつかってきた相手はよりにもよって先程睨みをきかせてきた山姥切国広だった。長義は苛立ちをあらわにする。

「よそ見をするのも大概にしろ」
「よそ見はしていない。」
「……なんだと?」

ぶつかったのは俺のせいだとでも言いたいのか、偽物のくせに、と胸中で悪態が止まらない。苛々と肩を払うと、資料の束が差し出された。

「これで全部か、確認しておいてくれ」

言うだけ言って、山姥切国広は足早に去っていく。あたりを所在なく見回していた彼の主が顔を綻ばせる。偽物くんを探していたのだろう。仲睦まじく並んで去っていく背中を見て、長義は唇を噛んだ。面白くない。



山姥切長義はデスクに戻って、資料を捲る。ぺら、ぺら、と無感情に文字を追っていた手が、はたと止まる。

見覚えのない報告書が挟まっていたからだ。

記載された本丸番号には見覚えがあった。彼女の……あの子の本丸のものだ。問題はその内容である。

今月の出陣回数62回中、途中撤退62回の勝率0%
「なんだ、これは……」
本丸番号を覚えているくらいだから、戦績のおおよそを把握している。そこそこ優秀な本丸ではなかったか。この戦績報告書の中身は長義が記憶していたものと、あまりにも違っていた。

破壊刀剣は無し、だが刀解372振、顕現372振とは異常すぎる。勝率0%とはどういうことなのか、何のために刀解と顕現が繰り返されているのか。

長義は政府本部のデータベースにアクセスし、この本丸の記録を追いかけた。しかし、出てくる情報はよくある本丸の、ごく平凡な数値だ。

山姥切長義はひとつの結論に辿り着く。これは、政府によって秘密裏にデータが書き換えられているのではないか。

数値から異常が読み取れる本丸には監査が入るはず。なのにその命が降りないのは、政府側にやましい理由があるとみて相違ない。

監査対象となる本丸の選出方法は二つある。一つは先述したとおり、戦績が奮わなかったり、破壊刀剣が多いなど、報告される数値に 改めるべき点が見受けられる本丸。
もう一つは管轄下の本丸より監査官が任意に選出した本丸だ。

すなわち山姥切長義には監査対象の本丸を選択する権利があった。

スケジュールを確認する。三月末から四月頭にかけての三日間、監査を実行することに決めた。

Feb 20, 2020 13:57
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