時の魔道士 | ナノ




無価値な意味

記憶を失った少年に与えられたのは疑問の残る肩書きだった。

ツナ・マルフォイ。それが少年の新しい名である。

少年が目覚めたときに傍にいた男性はルシウス・マルフォイと名乗った。そして、ルシウスは自身を魔法使いとのたまった。少年にとって魔法使いだの魔女だのと言った超常現象を起せる存在など寝物語に過ぎなかった。それは、記憶を失っても変わらない、無くならない、強固な常識の一つであった。記憶という己を証明できる術すら存在しなくとも打ち崩せないものが、男の見せた魔法によって至極あっさりと音を立てて崩れてしまっては余計に信じられるものが無くなるというものだ。
少年が着ていたという服に描かれた「27」のロゴからツナという名が浮かんだもののそれが己の名だとは確信できない。だが、思わず呟いたその名をルシウスは少年の名だと言い切った。更には、ルシウスはルシウスと少年の両親が知り合いで両親を無くした少年を養子にするといった。記憶がないのは両親を目の前で失ったショックだろうと。信じるための前提すら持たない少年はルシウスの説明を鵜呑みにするより他にない。
次いで紹介されたのはルシウスの妻であるナルシッサ・マルフォイと子であるドラコ・マルフォイだった。ドラコに関しては同い年だと言われ、誕生日の関係で少年が弟だそうだ。もっとも、少年には誕生日どころか年齢さえ分からない。今日から家族だと紹介されたものの実感が沸くはずもなくそれは平坦に終わった。
 
少年にとって信じられるものは何一つとて存在しない。言われたことに対してそうらしいと無理やり納得する振りをするだけだ。
どうしてそこまで頑ななのかと少年は自問する。それは、死んだのだという少年の両親が魔法使いだと聞いたのにも拘らず、少年には魔法に関する知識があまりになく、存在しないと認識していたからかもしれない。その割には少年は魔法に頼らない常識を多く知っていた。少年が親を無くしたショックで記憶を失っているならばとっくに魔法を認識し、いきなり家族が出来る前に諸々の出来事があってしかるべきと考えらるからかもしれない。ルシウスがどうにも嘘を言っているようにしか感じられないからかもしれない。あまりに、理由がありすぎて頭が痛くなるほどに。そうであるのに自身が信じきれないことですら、少年は自身を信じられていない。少年はあまりに多くを失いすぎていた。

目覚めた次の日からツナは魔法界についての勉強をさせられていた。魔法界の成り立ちから仕組み、純潔思考やマルフォイ家の歴史に親戚について。無い記憶の代わりに多くを覚えるよう強いられていた。
「ったく。何でこの僕がこんなことを」
「うぅ、ごめん。ドラコ」
不機嫌そうなドラコの言葉にツナは弱気な声を出す。

ツナの兄となったドラコはツナにイギリス魔法界のことなどを教えるようルシウスに言いつけられていた。ドラコには父親の考えがさっぱり理解できなかった。いきなり東洋人を弟だと紹介されたときには相手が敬愛する父親にも関わらず一体何をとち狂ったのかと口にしてしまうところだった。

琥珀色の髪を揺らして机の上の魔法界系図に突っ伏すツナを呆れたように見る。とても不幸で幸福な少年だ。どういった経緯かは知らないがツナの両親は不幸な死を遂げたらしい。その場に居合わせ、記憶まで無くすだなんて、同情に値する。
「お前のせいじゃない。いや、お前のせいか…」
だが、その両親が父親の友人であったのは不幸中の幸いだろう。父親は基本、家族以外の他人に対して厳しい。好き嫌いが激しく嫌いな人間のほうが多く、嫌いならばとことん嫌う。そんな父が友人の子だからとあっさり引き取るだろうか?家族に迎え入れるのであろうか?日本人の知り間なんて聞いたことも無かったが、父親がドラコに隠し事をすることはよくある。よほど大切な友人だったのであろう。

「って、どっちだよ!?」
ガバッと顔を上げて叫ぶように声を上げるツナを見てドラコはわざとらしく両手のひらを上に向ける。どちらにせよ、今、ドラコが当の昔から知っていることをいちいち丁寧にツナに教えなくてはならないのはツナがマルフォイ家の人間となったからである。マルフォイ家の人間として最低限知っていなければならないことを彼に叩き込むのは当然のこと。本来ならば、今頃箒に乗ってクィディッチの練習をしていたところであったドラコがその役目を押し付けられるのも当然の出来事であった。
「ならばお前のせいだな。僕がわざわざ今更こんなことをお浚いしなくてはならないだなんてな」

皮肉るドラコにまたしても軽く傷つき顔を歪ませるツナを見て冗談だと鼻で笑う。この新しい弟はずいぶんと繊細で感情が分かりやすく単純だ。けれど、物覚えはいい。
記憶を失ったせいか、あるいは今までこのイギリスの地から離れた日本という国に住んでいたからか、ツナには常識というものが欠けすぎている。だが、大抵一度か二度説明をすればそれを理解し覚えてしまう。歳はドラコと同じで今年同じく魔術学校に通うのだから、成績をあっさり抜かれてしまいそうで少し怖い。
けれど、どこか小心な性格はいただけない。

「だがな、いいか、ツナ。この魔法界を支えてきたのは代々の純潔名家の魔法使いと魔女達だ。そして我がマルフォイ家は代々魔法界で力をつけてきた。お前はそんな名家の人間になったんだ。そんな人間に周りが注目するのは当然だろう?」
「え…」
「父上はお前を遠い異国で細々と続いていた純血の魔法使い一族の子だと言っていたがな、それを易々と認める人間が何人いると思っているんだい?お前のせいで父上に迷惑がかかったらどうしてくれる。分かっているのか?まぁ、父上は多くの信用を買っているからそうそう面倒なことになるとは思えないがな。けっして付け入られるような真似だけはするなよ。そうしたら困るのはお前だからな」

言い方こそ悪いがそれだけ父親のことを大事に思っているということが伝わる言葉だとツナは思った。そして、ツナを気遣っている言葉でもある。ツナ自身が自身のものだという経歴を信じられないのと同様に、それを疑う人間が出てきてもおかしくない。だから、疑われてもそれを跳ね返すだけの力をつけろと言われているのだと悟った。不器用な新しい兄にツナは決意をこめて頷いた。


すでに教わったことからも、ツナは自身が今持つマルフォイ家養子という肩書きの重さを知っている。こんな右も左も分からない状況から助けてくれたルシウスにも、いやいやながらも手を貸してくれるドラコにも、受け入れてくれているナルシッサにも感謝している。信じたいと思っている。

それでも、喪失感と絶望感はぬぐえない。マルフォイ家の家名があれば、これから先ツナが生きていくのは他の家の人間よりも容易いだろう。だが、そんなことは今のツナにとって些細なことだった。覚えさせられる内容にも大して興味がわかない。


贅沢を言える立場ではないことくらい理解していても、どうせならすごい肩書きではなくまた疑心でもなく、心の底から信頼し、信じられ、安心して生きられる環境がほしかった。



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