アズカバンの囚人 | ナノ

▼ 11


寮に戻るなり、授業の用意を取りに戻って来ていたスリザリン生に取り囲まれた。
どうしただの、大丈夫かだの、散々同じようなことを聞かれ、大丈夫、ありがとうと同じことを繰り返した。

「久しぶりね、ラピス」
「体調は大丈夫?脚、未だ辛そうね」
「ごきげんよう、大丈夫よ」

グリーングラスとブルストロードは、少し背が伸びたようだ。
自身を睨むパーキンソンの姿も視界に入った。
結局、ドラコが取っておいてくれている、歓迎会のデザートを食べる時間はなくお預けとなってしまった。
そして、初めて知った。
ホグワーツ特特急に魂鬼が侵入した際、ハリーが倒れたそうだ。
直ぐに意識を取り戻したそうだが、そのことでスリザリン生はハリーをからかっているようだった。
ドラコは、そんなことは一言も言わなかった。

「いつもより、口角が下がっているよ」

彼が、わざわざ言うわけはないのだけれど。

「よく見ているのね」

他の人間ならば、気が付かないようなことだ。

「そりゃあ、君のことだからね」

爽やかに微笑む彼に見向きもせず、【数占い学】のクラスへ足を運ぶ。
また、ラピスの嫌いな嘘の笑みだ。

「【数占い学】って、どんな授業なのかしらね」
「名前だけだと、なんだか眠たくなりそうよね」

因みに、グリーングラスとブルストロードも、全く同じ時間割だ。

「ラピス!」

呼ばれて、しまった、と思った。
【数占い学】のクラスには、ハーマイオニーもいたのだった。
前から此方へやってくる彼女は、心配そうな顔をして、恐らく自身を心配してくれていたのだろう。
数秒前まで爽やかな笑みを貼り付けていた隣のドラコが、思い切り舌打ちをした。

「私達、席を取ってくるわね」
「ええ、ありがとう」

グリーングラスとブルストロードが教室に入って行く。
ドラコは、勿論動かない。

「久しぶりね」
「ごきげんよう」

ハーマイオニーの真っ直ぐな瞳は、ラピスの心を揺さぶる。

「大丈夫?倒れたって聞いたけど」
「お前には関係ない」
「貴方に聞いてないわ、マルフォイ」

嫌味たらしく言うドラコに、ハーマイオニーはぴしゃりと言った。

「大丈夫よ、ありがとう」

ラピスが答えると、「良かった」とハーマイオニーは笑った。

「あのねラピス、手紙のことなんだけれど」
「行こうラピス」

彼女の言葉を遮ってラピスの手を引くドラコに、彼女は眉を釣り上げる。

「ちょっと!未だ話している途中よ!」
「彼女の脚のことを考えろ。お前の無駄話しなんてどうだって良い」
「っ、……」

ラピスの脚のことを言われ、彼女は何も言えなくなった。
ラピスは「ごめんなさいね」と彼女に謝ると、ドラコと共に教室へ入って行った。

「ラピス……」

ハーマイオニーは、その場に立ちすくんだまま。
俯く彼女の姿を見て、胸が痛むラピス。
隣には、満足そうな顔をして、ドラコが座っている。

「よく分からない授業だったわ」
「やっぱり眠くなっちゃったわ。ねぇ、ラピスは退屈じゃなかった?」
「そうね…地味だけれど奥が深そうで、私は嫌いではないわ」

授業が終わり、教室を出る。
ハーマイオニーが此方を見ていることには、気が付いていた。
けれど、気が付かないふりをした。
ちくちくと胸が痛い。
こんな思いを、これから何度もしなければならないと思うと、胃が痛くなる。
自身で決めたことだが、こんなにも胸が痛むとは……。

「グレンジャーに何かされたのかい?」

私の態度を不思議に思ったのか、不意にドラコが問う。
グリーングラスとブルストロードは、後ろで話し込んでいる。

「いいえ、何も」

何も、彼女は何もしていない。

「また君を傷付けたりしたら、」
「彼女は、何もしていないわ」

ドラコの言葉を遮って、ラピスは言った。
彼が言っているのは、去年のクィディッチ騒ぎでのことだろう。
彼女は何もしていない。
唯、純粋に自身を心配してくれているだけ。
手紙の返事を送らなかったこと、ホグワーツに到着した日に倒れたこと、きっと、彼女は心配をしてくれていたのだろう。
そんな優しい彼女を傷付けているのは、私だ。

その後、【変身術】のクラスへ向かう道中、ラピスは憂鬱で仕方がなかった。
これから、ハリーとロン、またハーマイオニーにも会うだろう。
上手く、拒絶することが出来るだろうか。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。

ハーマイオニーを何とか拒絶出来たのにも関わらず、何故ヴィヴィアンを拒絶する事が出来なかったのか。
今朝、久々にヴィヴィアンに再会した時、戸惑った。
どう接するべきか。
しかし、彼女を目の前にして、彼女のエメラルドグリーンの瞳に射抜かれて、どうしようもなくなってしまった。
きっと、ドラコの力を借りても、ヴィヴィアンを避けることは出来なかった。
勿論、彼女も危険に巻き込みたくはない。
けれど、あの内気で臆病な彼女を、拒絶することは出来なかった。

席に着き、そろそろ授業が始まる頃、慌てて教室に入って来た生徒達。
どうやら【占い学】の授業だったようで、何故か皆元気がない。

「ラピス!」

ラピスを見つけるなり並んで此方に走ってくるのは、ハリーとロンだった。
その少し先で、ハーマイオニーが気まずそうに此方を窺っている。
ハリーもロンも、背が伸びて、少し大人びた気もする。
特にロンは、頭一つ分は伸びただろう。

「ハリー、ロン……」

ハリーに誕生日カードを送れなかったこと、ロンに手紙の返事が出来なかったことを、申し訳なく思う。
何を言われるのだろう、何を聞かれるのだろう。
何と返答をすれば良いだろう。
二人の踏み出す一歩一歩が、ラピスの胃を重たくしていく。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。

「ラピス、」

ハリーが先に口を開いたが、何から話せば良いのか迷っている様子だった。

「さぁ皆さん、席に着いて下さい」

ああ、良かった。
マクゴナガル教授の声に、ほっとしたラピス。
ハリーとロンは、仕方なく席に着く為ラピスの前を後にした。

「ラピス、」
「…何?」
「顔色が悪い」

ドラコが、前を見据えたまま、小声で言った。
マクゴナガル教授は、【占い学】のクラスに出ていた生徒達と授業について話している。

「……デザートを食べ損ねた所偽ね」
「デザート、ね」

彼には、ばれている。
彼もそれを分かっていて、言っている。

「僕が何とかする」
「え……?」

思わず彼に振り向くと、真面目な顔をした、彼。
真っ直ぐに向けられた青灰の瞳に、胸がとくりと鳴った気がした。

「大丈夫」

そして、手を伸ばし、

「君は、何も心配しなくて良い」

ペンダントを握ったままの私の手取り、何かを握らせた。

「これをあげるから、機嫌を直して」

手を開くと、それは、ピンクの包装紙で包まれたキャンディーだった。
それを見て、思わず笑みが溢れる。

「ありがとう、ドラコ」

そして彼も、青灰の瞳を細めて、優しく笑った。


11 傍らのぬくもり(君の為なら僕は、)

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