賢者の石 | ナノ

▼ 12(02)


【魔法薬学】の授業は、暗くて寒い地下牢で行われた。
其処は、スリザリンの談話室に気味の悪さを加えたような場所だった。
壁にはアルコール漬けの動物が入ったガラス瓶がずらりと並んでいた。
入室する生徒達は顔を顰めたが、ラピスはそんな事を気にしてはいなかった。
勿論、唯でさえ好きとは言えない自寮の談話室より更に酷い場所に、とても好感は持てなかったが。
ラピスはドラコ達と地下牢に入り、いつものように一番後ろの隅の席に着いた。
人に見られることを苦手とする彼女は、大抵一番後ろの隅の席に座るのだ。
真ん中の方の席にハリーとロン、ハーマイオニーが座っているのを見付けた。

「そんなに魔法薬学の授業が楽しみなのかい?」

教科書を読んでいるラピスに、隣のドラコが聞いた。

「え?」
「だって君、いつもより教科書を捲るペースが遅い。それだけじっくり読んでいるってことだろう?」

驚いた。
いつも彼の視線を感じてはいるが、そんなところまで見ているとは。
自分でも意識していなかったことを指摘され、ラピスは驚いた。

「それに、いつもより嬉しそうだ。君はあまり表情を変えないから、今の君はすごく貴重だ」

ドラコは微笑む。
彼は何処まで自分を見ているのか。
否、此処までいくと"観察"と言っても良いだろう。
その真意は……?

「ええ、とても楽しみよ」

ラピスは表情を変えることなく答えた。
再び教科書に視線を落すと、ペンダントをきゅっと握った。

事実、魔法薬学はラピスが最も楽しみにしていた教科だった。
彼女の両親は、魔法薬研究学者だったのだ。
特に、父親は学生時代からその才能を開花させていたと言う。
記憶は曖昧だが、屋敷に研究室があったことや、魔法薬学に関する書物が山程あったことは覚えている。
死喰人に全て焼き尽くされてしまったが、魔法薬学に関する本や参考書をルーシーに山程買って来てもらい、読み漁った。
両親がしてきたことを、自分も知りたかったのだ。
しかし、実際に魔法薬を調合したことはなかった。
この授業ではそれが出来るのだ。
父親が好きだった、才能を発揮していた、魔法薬学。
それに触れ、学ぶことが出来るのだ。
普段落ち着いているラピスも、流石に興奮を抑えきれなかった。(勿論、心の中でだ)

スネイプ教授は髪も瞳もローブも、全身真っ黒で、まるで蝙蝠の様だった。
蝙蝠の方が可愛い。
ラピスはそう思った。
スネイプ教授はまず、出席をとった。
ハリーの名前まできた時、スネイプ教授は名簿から顔を上げた。

「あぁ、さよう」

気味の悪い猫なで声だ。

「ハリー・ポッター。我等が新しい――スターだね」

ラピスの隣のドラコと、前の席のクラッブとゴイルがくすくす冷やかし笑いをした。
しかしスネイプ教授はドラコ達を注意しなかった。
スリザリン贔屓は嘘ではないようだ。
ハリーの何が気に入らないのかは知らないが、彼を明らかに嫌悪してるのは確かだ。
出席をとり終わると、スネイプ教授は生徒を見回した。
スネイプ教授はラピスをほんの数秒見つめていたが、彼女は気付いていなかった。

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

たった数分しか経っていないのにも関わらず、彼の無愛想さや陰気さをひしひしと感じた。

「このクラスでは杖を振り回すような馬鹿けたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力…諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄養を醸造し、死にさえ蓋をする方法である――ただし、我輩がこれまでに教えてきたうすのろ達より諸君がまだましであればの話だが」

スネイプ教授の話した内容は兎も角、ラピスはこれから学ぶ魔法薬学に思いを馳せた。

「ポッター!」

スネイプ教授が突然ハリーを呼んだ。

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

ハーマイオニーが空中に高々と手を挙げた。
ラピスの思った通り、彼女は真面目で勤勉な子のようだ。
しかし、スネイプ教授はハリーに答えを言わせたいらしい。

「分かりません」

スネイプ教授は口元でせせら笑った。

「ちっ、ちっ、ち――有名なだけではどうにもならんらしい」

ハーマイオニーの手は完璧に無視だ。
他のスリザリン生達も冷やかし笑いを始めた。

「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見付けてこいと言われたら、何処を探すかね?」

ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。
ドラコやスリザリン生は身をよじって笑い、ハーマイオニーの真似をし始める生徒もいた。
当の本人は、手を挙げてスネイプ教授に指名してもらおうと必死で気付いていない。

「分かりません」
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかった訳だな、ポッター、え?」

スネイプ教授は、ハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視している。
ラピスは小さく溜め息を吐いた。
楽しみにしていた魔法薬学は台無しだ。
スネイプ教授の理不尽で意地の悪い態度とハリーやハーマイオニーを冷やかすスリザリン生によって、全て台無しにされてしまった。
ハリーが何をしたと言うのだ。
まだ授業が始まって、彼は「分かりません」としか言っていない。
しかもスネイプ教授の質問は、明らかにハリーが答えられないと分かっての内容だ。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。
彼女の"能力に頼った魔法"が発動されるのは、時間の問題だった。

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」

とうとうハーマイオニーが立ち上がろうとしていた時だった。

「――スネイプ教授、」

静寂な地下牢に、落ち着きながらも凛とした声が響いた。
生徒達はその声の主が誰かと探すが、彼女はあまり口を開かない為に誰の声なのか彼等は分からない。

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