賢者の石 | ナノ

▼ 11


「――っ、!!」

目を開ければ、そこには知らない白い天井があった。
家の天井とは少し違う。
ああ、そうだ。
此処はホグワーツだ。
顔にかかる髪をかき上げる。
朝日が眩しい。
カーテンも閉めずに寝てしまったようだ。

一度も目を覚ますことも夢を見ることもなく、ラピスは目覚めた。
意識がはっきりして部屋を見渡せば、ベッドは一つだけだった。
一人部屋らしい。
ラピスは心の中でアルバスにお礼を言った。
今日から通常授業が始まる。
ベッドを降りて身支度を始めた。

一人部屋となれば、"能力に頼った魔法"を使うのに躊躇う必要はない。
この能力は嫌いだが、物心が付いた時から使っていたのだ。
"能力に頼った魔法"を使うことに慣れた生活から、今更抜け出すことは出来ない。
しかし、約束通り人前では使ってはいけない。
ラピスはローブの内ポケットに、両親の形見である魔法の杖をしまった。
それから、トランクから小さな包みを取り出してローブのポケットに入れた。

身支度を終えて談話室に行けば、ラピスの姿に気付いたマルフォイが寄って来た。
他の生徒達は興味津々に彼女を見る。
そこでラピスは、昨日組分け帽子の組分けに異論を唱えたことを思い出した。
組み分け帽子は"グリフィンドール"と判断した。
しかし、ラピスは帽子に"スリザリンが良い"と訴えた。
その結果がこれだ。
私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

「大丈夫かい?昨日、あれから一言も口を利かなかったから心配したんだ」

どうやら、彼は待っていてくれたようだ。

「大丈夫よ。ごめんなさいね」
「それなら良いんだ。そうだ、同じ寮として改めてよろしく。ドラコって呼んでくれ」

そうだ、私はスリザリン寮生だ。
何気なく彼のローブを見れば、ホグワーツの紋章がスリザリンのものに変わっていて、ローブも制服もスリザリンカラーになっている。
自分のローブも同じように変わっていた。
着替えた時には気が付かなかった。
スリザリンカラーのローブと制服は、彼にとてもよく似合っている。

「ええ。よろしく、ドラコ」
「っ……」

彼は頬を少し染めた。
ラピスはその様子に首を傾げる。

「ちょっ朝食を食べに行こう。君は昨日何も食べていなかったじゃないか」

どうりで空腹なわけだ。
そう言われると、途端に食欲が湧いてくる。

「ラピス?」

ドラコに名前を呼ばれて我に返る。
彼は数歩先にいて、どうやら呆けていたようだ。
そう言えば、彼に初めて名前を呼ばれた。
友達とは、こうして色々な行動を共にするものなのだろうか。
ふと、疑問が浮かぶ。
彼と私は"友達"なのだろうか?
彼は、何を思って私と接しているのだろうか。

「驚いたよ、まさか組分けに異論を唱えるなんて。でも君は正解さ。グリフィンドールなんて絶対に止めた方が良い」

二人が広間に向かう道中、ラピスを見ては驚いたり囁き合ったり、わざわざ振り返ったり戻って見る生徒もいる。
しかし、組み分けのことを誰も彼女に聞くことはしなかった。
年齢の割に大人びた、どこか近寄りがたい雰囲気を持つ彼女に、そんなことを聞く勇気のある生徒はいなかった。
じりじりと感じる視線と、嫌でも耳に入ってくるひそひそ声。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。

大広間に入るのは初めてのような気分だった。
昨日は大広間を眺める余裕等なかったのだ。
スリザリンのテーブルは一番端にあった。
クラッブとゴイルが二人分の席を空けておいてくれている。
グリフィンドールのテーブルは隣だ。
そのテーブルには、ハリーがロンと隣同士で食事をしていた。
昨日の、自分が組分けを終えた時の彼の表情が忘れられない。
彼は私に失望したのだろうか。
――失望?何に……?
人と接することを殆どしてこなかった私には、彼が何を思っているのかを理解することは出来ない。
これはもう渡すべきではないのだろうか。
ポケットに入れた包みにそっと触れる。

「このくらい食べられるかい?」
「ええ、ありがとう」

ドラコが、ラピスの皿にベーコンやサラダをよそう。
ラピスが座る時も裾を引掛けないように持ち、飲み物もリクエストを聞き、何かしら世話を焼いている。
勿論自分で出来るのだが、彼はラピスが動く前にやってしまうのだ。
まるでルーシーのようだ、なんて言ったら彼は怒るだろうか。
育ちが良い為品もあるし、彼はとても紳士だと思う。
――本当に?
もしかしたら父親に何かを吹き込まれていて、それでやっていることなのかもしれない。

ホグワーツの食事は美味しい。
勿論、一番はルーシーの作ったものだけれど。
今日、ルーシーに寮の報告の手紙を書こう。

「梟便だ!」

どこのテーブルからか、声が上がった。
広間に何百羽という梟が一斉になだれ込んできて、飼い主や届け主の元へ手紙や小包を膝に落として行く。
ラピスの元に、一匹の梟が降り立った。
琥珀色の瞳をしたその梟は、運んできた小包を丁寧に彼女の前の机に置いた。

「もうお仕事を頼まれたの?」

ラピスは小包に付いていた手紙を広げる。
真っ白だった羊皮紙は、彼女が触れた途端に文字が滲み出てきた。
手紙の送り主は、"貴女の料理が食べれなくなるのが残念"と言っていたのを覚えていたらしい。
彼女が送って来たのは、ミートパイだった。
彼女の優しさと温かい手紙に、ラピスは頬が緩む。

「ありがとう、アンバー。少し待って、ルーシーに手紙を持って帰って欲しいの」

ラピスはアンバーにベーコンを与え、急いで手紙を書く。
アンバーは、ルーシーとの連絡手段の為に入学前に購入した。
琥珀色の瞳をした雌梟に、ラピスはアンバーと名付けた。
どうしても容姿を宝石に例えてしまうのだ。
ミートパイのお礼とスリザリン寮になったことを簡潔に書き、また夜に手紙を書くことを書いて、アンバーの足に手紙を括り付けた。

「お願いね、気を付けて」

アンバーが飛び立ち、ラピスは早速ルーシーのミートパイ食べ始める。
クラッブとゴイルがあまりにもミートパイを物欲しげに凝視するので、二人にも分け与えた。
彼等の容姿や行動は、大きな動物を連想させる。(何かとは言わないが)
ミートパイを頬張り、砂糖がたっぷり入った紅茶に手を伸ばす。

《お嬢様は大丈夫です》

ルーシーの手紙で、ほんの少し心が軽くなった。
アルバスの言っていた、"魔法以外の学ぶこと"。
それが何なのかは分からない。
それが何であれ、今日から私は此処で学ぶのだ。


11 新しい世界で(そこに待っているのは、)

prev / next

[ back ]