炎のゴブレット | ナノ

▼ 14


日曜日の朝、ラピスは気怠い身体を起こして鏡を見ると、殆ど眠れなかった為に顔色がひどいことに気が付く。
ハリーは眠れただろうか。
不安に押しつぶされてしまっていないだろうか。
身支度を済ませ、足早に自室を出る。
談話室に人は疎らだったが、ラピスを見て話しを中断した生徒がいたことが気になった。
何を話していたのかは明らかだった。
ハリーの名前をゴブレットに入れた人物も勿論気になるけれど、今は、他の生徒達の反応が気になった。
ハリーの名前がゴブレットから出て、殆どの生徒が彼に野次や怒号を飛ばした。
"入れていない"と彼が主張したところで、それを信じる人がどれくらいいるだろう。
少なくとも、昨日の今日では無理だろう。
人は、自分に出来なかったことを成し遂げた人に嫉妬する。
ハリーは、いつだって他の人には出来ないことを成し遂げてきた。
不本意だとしても、こんなことになって、嫉妬せずにいられる人がどれくらいいるだろうか。

大広間に降りて行くと、一番にハリーの姿を探した。
しかし、彼の姿はない。
ハーマイオニーの姿もない。
しかし、ロンの姿はあった。
珍しく一人で、グリフィンドールのテーブルの一番端に座っている。
いつもと様子が違う。

「ロン?」
「…ああ、ラピスか……」

ゆっくりと上げた顔に、笑みはない。
何か考え事をしているのか、それとも何も考えていないのか、ロンはオートミールの入った皿をスプーンでかき混ぜ続けている。

「ごきげんよう」
「ああ、おはよう」

ロンはとても気分が良いとは言えない様子で、ぶっきらぼうに言った。

「一人で座っているの、珍しいわね」
「僕だって一人になりたい時くらいあるさ」
「そう。じゃあ私は隣に座らない方が良いかしら?」
「いや、君は良いよ。…ごめん」
「ありがとう」

ラピスはロンの隣に座ると、温かい紅茶をカップに注ぎ、砂糖一杯とミルクを少し入れてかき混ぜた。

「飲んで。温かいものを飲めば、少し落ち着くわ」
「…ありがとう」

ロンはそれを受け取って、口を付けた。
同じもの(砂糖は四倍だ)を飲みながら、ラピスはロンに問いかけた。

「ハリーが自分で名前を入れたと思う?」

ロンの様子と言動から、そうかもしれないと思ったこと。

「…さぁね」

彼は、ハリーに嫉妬しているのだ。
代表選手に選ばれたハリーに、とても嫉妬している。

「そうね、ハリーはいつも注目の的だものね。昔から有名で、ホグワーツに入ってからもずっと」

「私がこんなことを言っても、説得力がないかもしれないわね」と、無言で此方を見ているロンに微笑む。
ラピスもハリーと同じく有名だからだ。
けれど、ロンの気持ちが分からないわけではない。
ロンは、ウィーズリー家では優秀で個性の強い兄達に囲まれ、すぐ下に女の子のジニーがいる。
家の貧しさから、持ち物は殆どが兄達のお下がりだ。
そして親友の一人は、魔法界で知らない人はいない程の有名人で、もう一人は学年一優秀だ。
注目されるのはいつも親友で、ロンじゃない。
兄達のお下がりに囲まれ、有名で優秀な親友に囲まれ、何も思わない筈はない。
彼には自負心、自尊心が欠けているのだ。
けれど、これまでロンはそんな不満は言わなかった。
胸の内で思っていることはあっただろうが、何も言わなかった。
しかし、今回のことで胸の内に溜まっていたものが爆発してしまったのだろう。
ハリーが名前を自分で入れたのか、そうでないのか、それは関係なく、ハリーが代表選手に選ばれたことがロンの心の堰を切ったのだ。

「私、思ってたのだけれど」
「何を?」
「ロン、貴方は少し自分のことを卑下し過ぎているわね。貴方はとても素敵な人なのに」
「良いよ、お世辞なんて」
「お世辞?私、これまで一度もお世辞を言ったことなんてないわ」

ラピスが自分に同情していると、彼は思っているのだろう。
しかしラピスの言葉で、記憶を辿り、「…そうかもしれない」と頷いた。

「一年生の時、ハーマイオニーと私がトロールに襲われそうになった時、貴方は助けに来てくれたわ。賢者の石を守ろうとした時、マクゴナガル教授にチェスで勝った。二年生の時は、ドラコがハーマイオニーに酷いことを言った時、自分のことのように怒って呪いをかけたわね。ハリーがスリザリンの継承者だと疑われたけれど、貴方はハリーの味方だったし、ジニーと私が秘密の部屋に連れて行かれた時、助けに来てくれた。三年生の時は、スキャバーズを必死に庇って、自分も脚を怪我していたのにシリウスからハリーを庇おうとしたわ。それから、ハーマイオニーに聞いたのだけれど…私が貴方達を遠ざけようとしていた時、貴方が言ってくれたこと、とっても嬉しかったわ」

「ありがとう」とラピスが言って、ロンが照れくさそうに笑った。
今日初めて見た表情だ。

「ラピスがこんなに長いこと喋ってるの久しぶりに見た」
「…初めては?」
「一昨年、ダーズリー家に車でハリーを迎えに行った時」
「ああ、あの時も、貴方が最初にハリーを迎えに行こうと提案したそうね」
「うん、まぁね…。ありがとう、ラピス」

もう一度、ロンが微笑む。

「ハリーは一年生の時から色々なすごいことを成し遂げてきたけれど、全部一人じゃ出来なかったわ。ロン、貴方がいたから出来たのよ」

ロンとハーマイオにーがいなければ、きっと出来なかった。
それくらい、ハリーにとって大きな存在だろう。
ラピスはもう、何も言わなかった。
その代わり、彼の手に自分の手を重ね、そっと握って微笑んだ。
彼は、分かっている。
ハリーが不本意に有名で、注目されてしまうことも。
勿論、ハリーが自分で名前を入れていないことも。
分かっているけれど、受け入れられないのだ。

――「ハリー!」

見つけた背中に呼びかける。
ロンと別れて、ラピスはハリーを探した。
シリウスに手紙を出すかもしれないと思い、梟小屋に来てみると、ハリーとハーマイオニーの後ろ姿を見つけた。

「ラピス、っと…」

ラピスがハリーに抱き付いて、ハリーが受け止めきれず後ろによろめく。

「ごめんなさい、つい…」

謝りながら身体を離すと、ハリーが眉を下げて微笑む。

「良いんだ。おかげで、君の気持ちが分かった。信じてくれてるんだね?」
「勿論よ」

ラピスはしっかり頷きながら微笑む。

「良かった、ハーマイオニーも一緒だったのね」

ハリーが一人ではなくて良かった。

「ハリーを一人にしたら危ないわ。今、シリウスに手紙を出したところなのよ」
「ええ、そうした方が良いわ」

もしかしたら、これも狙いなのかもしれない。
ハリーが孤立することを狙って、何か企てているかもしれない。
いずれにせよ、用心が必要だ。
本当は自分がずっと傍にいたいけれど、寮が違う以上そうはいかない。

「一晩経って、少しは落ち着いた?」

梟小屋からの帰り道、ハリーを真ん中にして三人は並んで歩いた。

「朝起きて、夢じゃないかって思ったよ。でも違った。グリフィンドール生は僕をまるで英雄扱いするし、ロンはあんなだし」

ロンの名前が出て、ラピスとハーマイオニーは一瞬目を合わせた。
恐らく、同じことを思っていたに違いない。

「私もハーマイオニーも分かってるわ。貴方が不本意で注目を浴びることも、ゴブレットに名前を入れていないことも」

「一人じゃないわ」と、ラピスはハリーの肩を優しく擦った。

「うん、ありがとう」
「ロンも、きっと分かってるわ」

ラピスの言葉に、ハリーは明らかに顔を顰めて口を開いたが、ラピスの表情を見て口を閉じる。

「分かっていても、受け入れられないことってあるわ。ロンだけじゃない、私もあるもの」

微笑んでいるのに悲しげなその表情に、ハリーは何も言うことが出来なかった。

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