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「ほ〜ら、ひなちゃん♪」
チラチラと手を振る羽柴さん。その手に持つのは、先端にふわふわした毛のついた棒。
そう。それは所詮猫じゃらし。
それを雛に素早く動かし見せる行為を繰り返す、羽柴さん。
雛を見れば、いつも垂れ下がっているハズの眉は、少し上がり、眠そうな目はまん丸で、彼には珍しく血走りやる気が見える。そして、少し興奮しているよう。
その目を、キョロキョロと猫じゃらしにロックオン。身体も羽柴さんの振る動きに合わせるように、小刻みに揺れていた。
たまに、
「にゃっ」
と、手を出しているが、羽柴さんの動きも絶妙で、それをサッと交わされ、不発に終わっている。
「かぁわいぃ♪」
そんな雛の行動を見ながら、あひゃひゃひゃ☆と、笑う羽柴さん。しまいには立ち上がり、ふりふりと上から、猫じゃらしを揺らしはじめた。
雛の身長の少し上のちょうど雛が手を伸ばせば届く位置。
「う、」
それを、ピョンピョンと跳ねながら、一生懸命手を伸ばし掴もうと必死になる雛。しかし、これまた、それを取れる!と思わせるギリギリで、ヒョイと遠くへ。そして、着地のタイミングでまた、チラつかせている。なんて意地の悪い事を…
「うぅ、」
いつまでも、自分の手が猫じゃらしに届かなくてイライラして来たのか、雛の眉が下がってきた。ふーふー言いながら、涙目。ま、いつも潤んでるんですけど。しかし、もういい加減可哀想ですね。
「羽柴さん。ちょっと、あんたいい加減にしなさいよ」
この、羽柴さんの大人気ない行動を終わりにすべく、わざとらしく溜息をつきながらそう言って、2人の側にゆっくり近づく。
「…ふ、にゃぁ…。なり〜」
ぺたりとうずくまり、へにょり力なく耳を垂れさせた雛はウルウルした目で、助けを求めるように俺を見上げる。
そんな庇護欲を掻き立てるような雛によしよしと、頭を撫でてからひょいと持ち上げ抱き直すと、羽柴さんをジロリと見やった。
「あんた、雛をあんまりイジめるなさんなよ。」
そう言ってやったら、
「イジめてなんかないよって!ひなちゃんをイジメる訳ないじゃん!遊んでたの。間違えないで!」
そんな事を悪びれずに言いやがるこの男。
「いや、あんた…もう少し、手加減しなさいよ。小さい子に、大人気ないでしょーが!」
見てたけど、かなりレベル高かったよ。あんなの、雛には無理だって。イジメか嫌がらせにしか見えませんでしたよ、マジで。
「え、そうだった?」
そうかな〜?って、本気で不思議そうに首を傾げている羽柴さん。ダメだこれ…。
「雛を見てみなさいよ。もう、泣きそうになってます。いや、半分泣いてますね。」
そう言ってやると、ハッとしたように雛をを見る羽柴さん。覗きこむように見る俺の腕に抱かれる雛の瞳は、涙が浮かんでいた。
「あ、ごめんね。ひなちゃん!イジめた訳じゃないんだよ!本当だよ!信じて、許して!このとーり!」
ようやく、自分が如何に雛に対して酷な遊びをしていたのかを悟ったようで、必死に雛にパンと手を合わせて許しを乞う。
「はしばちゃんの、ばか」
少し上目遣いで、本人は睨んでるつもりらしくジトリと羽柴さんを見て、雛には珍しく責めた。さすがの雛にしても、よほど腹に据えかねた行為だったのだろう。例え本人に全く悪気なく、楽しく遊んでいたつもりだったとしても。自業自得です。さすがに、羽柴さんも反省したかな?と思いきや、この天然はどうやらタダではおきないらしい。
つんと口を尖らせ、拗ねてる雛の仕草は、確かに可愛らしい。そんな可愛らしい姿を見た奴は案の定、
「可愛い☆」
と、満面の笑みになっている羽柴さんは、反省の色なしだ。
そんな自分は怒っているのに、笑顔な羽柴さんの構図に、雛もブチ切れ?
「も、きらい!」
そう言うと、ぷいっと羽柴さんから顔を背けてしまう雛。俺の首元に、小さな顔を埋めて、完全に羽柴さんから顔を背けてシャットアウト状態。
これには、しまったと焦る羽柴さん。こんどこそ、自分の行動が不味かった事に気がついたらしく、
「ひなちゃん…」
オロオロしながら情けない声を出している。そして、雛の顔に自分の顔を近づけた。
「ごめんね、ごめんね、ひなちゃん!俺が悪かった、許してください!ほんとーにごめんなさい!」
さっき以上に必死感ただよわせながら謝る羽柴さんだったけど、雛はすっかりヘソを曲げてしまったようです。ちらっと、顔をあげるが、羽柴さんのそんな姿にもすぐに、反対側へと逸らしてしまった。
あらら〜。普段怒らない人が怒ると恐いって言いますけどね〜。
「ひなちゃん……ぐすん」
泣きそうな声の羽柴さん。いや?もう、泣いてるのか?そんな羽柴さんにも、雛は俺の服を握って顔を埋めたままで、
あーもう、ぐすぐす言ってる羽柴がウザい。いや、それよりも雛かな?
きっと許すタイミングを失ってるんだろう。腕の中の雛の耳がまたへにょりしながら、垂れて少し震えている。
別に、羽柴さんが落ち込むのはどうでもいいんです。自業自得ですから。でも、雛が可哀想だ。雛が怒るのは当然であるし、悪い事じゃない。むしろ、怒っていい事なんです。普段、穏やかで優しく、なんでも遠慮がちな雛は怒る事がない。そんな雛はとても良い子ですけど、子供なんだからもっと我儘でもいい。笑って喜んで泣いて、時には怒る事をした方が子供らしくて、それが本来、当たり前なのだから。
でも、怒り慣れていないこの小さな男の子は、その優しい性質故に、自分が怒った事をきっと今、後悔し始めている。だけど、一度怒ってしまった事を、どう対処すれば良いのか分からず悩んでいるのでしょう。
だからこれは雛の為です。決して羽柴さんの為ではない。
「雛、いつまで拗ねてるんです?確かに羽柴さんの行動は大人気ないし、バカだし、どうしようもない事です。雛が怒って当たり前。でも羽柴さん、ごめんって謝ってるよ。反省してますよ。謝ってくれた人にはどうすればいいんでしたっけ?雛が悪い事をして謝った時にはどうして欲しいですか?」
そんな俺の助け舟なのかどうなのか。
「なり…、ちょっと酷くない?」
なんか羽柴がぶつぶつ言ってるけど、当たり前でしょうが。あんたを助けてる訳じゃないんだから。だから、ジロリと睨んでやった。
そして、改めて雛を見ると、ぴくぴくと耳が震えている。しばらく後、そぉっと顔をあげると羽柴さんを見る。バチっと目があう2人、
「はしばちゃん。も、いじわるしない?」
小さな小さな声でそう呟いたけど、しっかり羽柴さんには聞こえたらしい。ブンブンと勢いよく、頷きながら、
「しない!しないよ。ほんとに、ごめんね。許してくれる?」
そんな土下座する勢いな羽柴さんに、
「じゃ、ゆるしてあげる。ぼくもごめんなさい。はしばちゃんをむしして…ばかって、きらいっていってごめんなさい」
と、少ししょぼんとして言った。
………、ほんと。なんていじらしくて良い子なんでしょう。この子の行動にはいつもハッとさせられてしまう。
腕の中の雛の頭を優しく撫でながら、
「雛は、偉いですね。ちゃんと羽柴さんを許してあげましたし、雛はちっとも悪くないのに、大人気ない羽柴さんにもちゃんと謝ったりして。」
「そうだよ、ひなちゃん悪くないよ!悪いのは俺だよ!」
羽柴さんもそんな俺の言葉に言い返す事なく、自分が悪い、雛は悪くないと説明した。すると、雛がようやくふにゃりと可愛い笑顔を見せてくれた。
ーーその後、
今度は、ボールを持った羽柴さんが、
「ほら、ひなちゃん♪」
と、転がして…雛がそれを取りに行って、羽柴さんの元へ。
って………おい!
「雛を犬扱いするな!」
とりあえず、羽柴さんは殴っときましょうか。
でも、雛がにこにことボールと遊ぶ姿はとっても可愛いかったと思ったのはナイショです。
やっぱり、これは猫の習性なんでしょうか…。
こんど、ネズミのおもちゃでも買ってこようかな?
fin