パチパチパチ
産休前、最後の収録番組が終わると、誰からともなく拍手がおこった。
「芽以くん、お疲れ様!」
次々と、スタッフの皆んなから労いの言葉がかけられ、もうしばらくこんな現場に出る事はなくなるんだな…なんて思ったら、じわりと眼が潤んだろう事が自分でも分かった。
「芽以、おつかれさん」
ふと、隣からかけられる聞きなれた声。芸能界に入ってからずっとずっと二人三脚で一緒にやってきた慣れ親しんだ人。少し口は悪いけど、頼りになって、いつも僕の事を1番に考えてくれる、大切で、大好きな特別な存在。
「涼…」
コンビの相方の涼が、いつの間にか大きな花束を持っていて、それが僕に渡された。
一瞬、え?って思ったけど、すぐにそれが僕へ贈られたんだと実感すると、もうダメだった。すでにウルウルしていた僕の涙腺は限界を迎え、
「あ、ありが、、と」
つかえつかえだけどそうお礼を言って、涙をポロポロ流しながらぺこりと涼やスタッフの皆んな全員に感謝の気持ちを伝えようと頭を下げた。
花束に顔を埋めながら、ぐすぐすやってる僕の頭を、涼はいつもみたいに、「しょうがないな、芽以は」そんな事を言いながら、優しく頭を撫でてくれて、
スタッフの皆んなも、
「芽以くん、お別れじゃないんだから!」
とか。
「いつでも、遊びに来てもいいんだからね!」
とか。
「生まれたら、絶対に連れてきてね!」
とか。
口々に皆んなから温かい言葉をかけられて、嬉しくて尚更涙が止まらなくなってしまった。
だけど、いつまでも泣いてちゃ迷惑がかかっちゃう。とんとんと、背中を叩いてくれている涼にも後押しされながら、
「みんな、ありがとう…」
泣いてちょっと不細工になっちゃってるだろう顔を上げて、頑張って笑顔を作って、もう一度お礼を言った。
再度、周りから拍手。
「いい子産んでね!」
「えーん。芽以ちゃんが居なくなっちゃうと寂しいよー!癒しがなくなっちゃうー!」
「産まれたら絶対に見に行くね!」
そんな言葉がまた色んなところから、沢山沢山かけられた。
中には、泣いてくれてる女性スタッフさんが居たりして、せっかく泣き止んだハズの僕も、また泣いてしまって、隣に居る涼がやれやれと呆れている雰囲気がしたけど、その表情は優しかった。
あぁ…僕って愛されてるんだな。
って、ちょっと烏滸がましい気がしたけど、そう思ったし、今更ながら、そんな優しくて素敵な人達と一緒に仕事が出来た事を本当に幸せな事だと思った。
そんな時間もいつまでも続かない。
「芽以、そろそろ行くよ」
涼が気を利かせ、そう切り出してくれ。僕もそれに頷いて、
「また遊びに来ます!皆さんもお仕事頑張ってください!」
そう言って、皆んなに小さく手を振りながら、涼と一緒に楽屋に戻った。
「ほんとに、皆んなとしばらく一緒に仕事できないんだ…」
楽屋に戻ってきて、帰り仕度をして、ひと息ついたら、誰に言うでもなく口を突いてポツリ。
なんだか、すぐに楽屋を出るのが勿体無く感じてボーっとしてしまう。
「すぐだよ、芽以ちゃん」
どこからか聞こえてきた声は、涼じゃない。本来ここに居るハズのない声。
「え?」
振り向く前にふわりと抱きしめられた。そして、香る。嗅ぎ慣れた香水。
「廉くん?」
名を呼ぶと、
「そうだよ、芽以ちゃん」
え?なんで、廉くんが居るの?
不思議に思ってる僕に、そんな僕の戸惑ってるのがわかるのか、クスリと笑う廉くん。
「頑張った芽以ちゃんにお疲れ様を言いたくって。来ちゃったよ。」
イタズラが成功したように嬉しそうに廉くんが答えてくれた。そんな廉くんに僕は嬉しくなって、そしてまた涙がじんわりと溜まっていく。
そんな僕にも、やっぱり廉くんは気づいてくれる。
「あー、泣かないで芽以ちゃん!ほらほら、可愛いお目目がウサギさんだよ!」
と、溜まって今にも溢れ落ちそうな目をそっと指で撫でてくれた、
なんだか、そんな事がくすぐったくなって、
「んふふ」
思わず、笑っちゃう。
息を飲む音が聞こえてきて、
「………可愛い//」
そう言った廉くんはさらにぎゅっと僕を抱きしめた後、ちょっとだけ身体を離した。
???
なんだろ?と思って、廉くんを見つめていたら、廉くんの顔が少し赤くなって、
「芽以ちゃん…」
名前を呼ばれたと思ったら、いつの間にかすぐそこに廉くんの顔があった。
あ…キスされちゃう…。
ぼんやり思っていたら、
「おい。ここ、楽屋なんだけど?」
冷めた涼の声。その声と雰囲気に、廉くんの身体がビクッとした。
「りょ、りょ、り…」
パクパク口を開けて、多分、涼の名前を言いたいんだろうけど…まともに言えないくらい動揺してるらしい。
「さっきから居たけど?可愛いお目目がウサギさん、とかってくっさい台詞吐いてた辺りから?」
「うわーーーっ!」
「廉、うっせー!」
シッシ、って感じでめんどくさそうな涼。
「俺、次の仕事あるからもう行くけど、廉、芽以の事、後を頼めるんだろ?」
「え?あ、うん。その為に来たから…」
そんな2人の会話を、そうなんだ?と僕は聞いていた。
「じゃ、後よろしく。盛んのは、家でやれよ。」
「わ、わかってる!」
「どうだかな。んじゃ、芽以おつかれ。」
涼は最後にそう言い残して、次の仕事へ向かった。
少しの沈黙の後、
「じゃ、いこっか。芽以ちゃん!」
気を取り直したのか、僕の荷物をさっと持った廉くんは、さりげなく僕の腰に手を回した。
「うん!ほんとに廉くん、仕事終わりなの?」
「うん。今日はもう終わり。可愛い奥さんの為に空けときました。」
キラキラした笑顔で言った。
「じゃ、早くかえろ!」
ぎゅっと、廉くんの腕に抱きついたら、廉くんは嬉しそうにまた笑った。
そして、僕らは周りの目を考えないで、恋人繋ぎで家まで帰った。
.
家に帰ってすぐ、廉くんから抱きしめられてキスをされた。
廉くんはおあずけをされて我慢していたのか、いつもよりなんだか荒々しい感じで、だんだん何も考えられなくなって、身体から力も抜けていった。
「ふぁ…っん、」
ちょっと息苦しくなって声が漏れた。すると、廉くんが、焦ったように顔を離す。急に口内から熱がなくなって、口寂しく感じて、僕は思わず廉くんを恨めしそうに睨んだら、
「その顔…反則だから」
なんて、ため息をつかれてしまった。もー、なんなの?意味、わかんない。
そんな、ちょっとムッとしてる僕を見て、また廉くんはため息をついていた。
ぷんぷん
その後、
2人でイチャイチャしながら食事の支度をして。
まったりテレビを見て。
そんな優しく甘い空気。そんな幸せをたくさん感じる1日でした。
* * *
翌日
「あ、お帰り廉!早かったですね。」
リビングに当たり前のように踏ん反り返って廉くんに和かに声をかけたのは涼。でも、その目は笑っていないけど…。
その涼のただならぬ雰囲気を感じているのか、
「ただいま、マイハニー!」
なんて、弾んだ声でリビングの扉を開けた廉くんが固まっている。
うん。その気持ち分かるよ。
僕も、ちょっと今の涼怖いし。
「マイハニー、ね。うん、お前相当浮かれてるね。だからだろうね。」
淡々とリビングに響く涼の声。
「え?な、何がでしょう…」
ようやく、意識が戻ったのか廉くんが恐る恐るという感じで涼に問う。
「うーん、まずは廉。…そこに座ろうか」
と目の前の床を指差す涼。
「え、?」
「正座!」
「はいい!」
マッハの勢いで、目の前で綺麗な正座をした廉くん。
凄いね…
人って、あんなに素早く綺麗に正座できるんだ…。
そうして、廉くんはそれから小一時間程、涼にお説教をされていた。
え?
涼が怒ってる訳?
なんか、昨日人目もはばからず手を繋ぎながら帰った途中を写真に撮られて(相当数)ネットにあちこち載ってたんだって。
迂闊すぎる!って、涼が釘を刺しにきたって訳です。
うん。
とりあえず、反省しよう。
じゃなきゃ、廉くん、かわいそうだし…。
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