荒れる会議
○荒れる会議
コンコン
「サブローです」
サブローは再び、母の部屋を訪れていた。
「入れ」
「失礼します」
センは、サブローがさっき出ていったときに比べて、幾分か凛々しい顔つきになっていたことに気がついた。
「どうした?」
「母上、決意が固まりました」
「聞かせなさい」
「はい、母上がお望みのようにようにしてみせましょう」
それは、センの縁者をライゾーと婚約させる計画が円滑に進むようにする、という宣言だった。サブローは口角を上げて、母親譲りの綺麗な笑みを浮かべてみせる。
それと時を同じくして、王宮の真ん中にある屋敷では、チョウジ王と文官たちが話し合いをしていた。議題は王妃の警護形態の変更のことである。王妃の任命式にて王の代弁をしていた老人が、言葉を通訳する。
「もそもそもそ」
「他に意見のあるものはいないか」
少し高い位置から文官たちに意見をもとめる。まだ反対派が何かを言いたそうにしていたが、先ほどモンジローにうまく言いくるめられて反論する言葉がない。すると中立派の中から、すっと手が挙がった。
「もそもそ」
「申してみよ」
「はい」
手を挙げたのはヘースケだった。
「兵士の移動とはまた別なのですが、王妃様付きの女官の数を増やすとおうかがいしました」
「もそもそもそ」
「そのような話もある」
「移動させる予定の兵士と女官を合わせたら、だいたいどれくらいの人材を王妃様にあてるおつもりなのでしょうか?」
真っ直ぐ王の目を見て問う。
「もそもそもそもそ」
「モンジローから提出された書状によると」
「もそもそ」
「兵士は30」
「もそもそもそもそもそもそ」
「女官頭からの報告によると、女官も30」
「もそもそもそもそ」
「合わせて60人の見込みである」
それを聞いて反対派がざわめきはじめた。リーダー格の重臣が手を挙げる。
「よろしいでしょうか」
「もそもそ」
「申してみよ」
重臣は咳払いを一つした。
「兵士だけならば、護衛のために30もの兵を割くのは致し方ないと思いましたが・・・・女官と合わせて60もの人を王妃様にあてるのはいささか多すぎませんか」
「もそもそもそもそもそ」
「では貴公はどうすべきだと言うのだ」
「はい、兵士と女官を合わせて30にすべきです。新しく兵や女官を補充するには時間がかかります。王妃様にあてすぎて他の部署の機能や警備が疎かになっては、元も子もありません」
今度は王妃支持派のリーダー格が手を挙げる。
「王様!」
「もそもそ」
「申してみよ」
「そのようなことを言って、王妃様に何かあってからでは遅いのです!」
「王宮の中にいて、一体誰が王妃様を襲うと言うのだ?」
「そなたたち反対派に決まっておろう!」
「何だと!我々が王妃様を襲うなどバカなことを申すでないわ!ならばせめて、女官の移動をやめればいい!兵士を増やすのに反対なのではなく、王妃様に人材を割きすぎだと言っておるのだ!」
「なにおう!王妃様のお世話に不備があってはことだぞ!」
「そう思うなら兵士を減らせ!」
議会は収まりがつかなくなり後日再び話し合いの場をもうけることとなった。ヘースケは屋敷から出て、一先ずライゾーのところへ行こうと足を向けたが、モンジローに呼び止められた。
「おい」
「モンジロー殿」
「決まりかけていたのに引っ掻き回してくれやがって」
「人聞きの悪い。俺はただ疑問を解消したかっただけです」
「女官の移動数はまだ公表されていなかったというのに」
反対派も女官増員の件は知っていたが、ほんの数人だと思っていた。モンジローら王妃支持派としては、今回のこの会議でまず兵士30人を認めさせ、それが変更不可能になったころに女官の増員を求めるつもりだった。とにかく王妃の動かせる駒は多い方がいい。しかし、ヘースケによって女官増員が兵士と同じ数だけ増やされる件が反対派の耳に入ってしまい、それは失敗に終わった。そればかりか、下手したら兵士や女官の増員自体が無くなる可能性もある。
「誰から聞いた?」
「小耳にはさんだだけです」
「王子様付きのあの女官か?」
「さてどうでしょう」
「ふん。まぁいい」
精々お前はお前の仕事をすればいい。そう言い残してモンジローは王妃の部屋へ向かった。彼の背が見えなくなるまで見送った後、ヘースケも今度こそライゾーの自室へ足を運ぶ。途中、すれ違う女官たちがなぜだか色めき立っていることに気がついた。耳をそばだてて会話を聞き取る。
「えーうそぉ」
「ホントよ。王子様がハチと結婚するって、王妃様にむかってはっきり仰ったのをこの耳で聞いたもの」
「でも、いくら幼馴染みでも女官となんて、王様がお許しになるかしら」
「さぁね。実現したらいいけど」
どういうことなのだろうか。詳細を確かめなくてはと、ヘースケは足を早めた。
一方、ヘースケと分かれたモンジローも、同じ噂を耳にした。急いで王妃の自室へ向かう。
「失礼いたします」
「モンジローか」
「王子様が女官と婚約すると言う話を聞きましたが、一体どういうことですか?」
「そのままの意味だ。王子が私の前でそう言った。それだけだ」
「王妃様の縁戚を入れる話は?」
「それを断わられた結果こうなった」
「いかがなさるおつもりで?」
「サブローを使う。ところでモンジロー、私の部屋では敬語を使うなと言っただろう。虫酸が走る。態とか?」
王妃が眉をひそめてそう宣うと、モンジローはため息を吐いた。実はセンとモンジローはチョウジ王が幼少のころに、ヘースケ、カンエモン、ハチと同じように遊び相手として集められた幼馴染みである。他にも、親衛隊長のトメサブロー、親衛隊員のコヘータ、医女のイサも同じく幼馴染みだ。
「セン・・・・息子まで手駒にしたのか?」
「何を言う。想い人を大切な王子にとられそうで複雑な、いじらしい我が子の背を母親として押してやっただけだ」
「ものは言い様だな」
つづく
2012.6/17
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