ココにお前の居場所は無い:水瀬様


一緒に来ていたレギュラー達にちょっと出てくると告げ、花宮は観客席を立つ。
会場から一歩廊下に出ると、それなりに人は居るがやはり空気はひんやりとしていた。
熱気だった場所に居たために温まった頭には丁度いい冷たさだ。



(やっぱり正解だったな)



考えると共に、苦笑が漏れる。頭がぼうっとしているのは、熱気にやられたからだけではない。
先程まで見つめていたコートの中に、そうさせるものがあったからだ。いつの間にそこに居たのかと驚かれていることが多々あったが、花宮は一切驚きはしなかった。ずっと、見続けていたから。
只管に、彼だけを。はぁ…と吐いた息が白い。寒さが一入だ。



『ボクは冬、好きですよ。貴方と居れば暖かいですから』



脳裏に浮かぶ声に、切なささえ抱いた。そう言って自分の髪色に似た空を見上げる姿は、あの頃と違って隣にない。
次の試合まではまだ余裕があるが、ひとりで居ると気が滅入るばかりだ。
出てきたはいいが、やはりチームメイトと居た方が気が休まる。
忘れるつもりなど毛頭もないが…だが、今は。
深く沈みそうになる心を振り払いながら歩く花宮は、前方から歩いてくる影を見咎めて、ふと立ち止まる。



ああ、タイミングが悪い。



自分に向かって真っすぐ歩いて来る姿に迷いが見られなくて、花宮は悟った。
自分に会いに来たのか、と。
歩いて来る彼を見つけることが出来たのは、隠れる気がなく見つけてもらいたかったからだろう。



「花宮さん」



そうやって花宮を呼んだのは、黒子だ。
先程までの花宮の思考の対象。
声は、心なしか震えていたような気がする。
もう一度己の名を呼ばれた花宮は、ゆっくりと口を開く。
その間も、黒子は視線を合わせようとしなかった。



「何してる、黒子」



発した言葉には、険が立っていた。花宮は意識的にやったのだが、その違いが黒子に分かるはずもない。
びくりと体を震わせて、顔を俯かせて上目で花宮の様子を窺う。
花宮といえば、感情の見えない瞳で黒子を見下ろしていた。
優しさのかけらもない冷たさを感じながらも、このまま黙っていては駄目だと自分を奮い立たせて、黒子は言葉を紡ぐ。



「どうして、ですか」

「質問を質問で返すな。うぜぇ」

「−っ、ボクは…貴方に会いに来ました。ねぇ花宮さん、なんでですか」

「意味が分から」

「どうしてボクを避けるんですかっ!」



いつもは、穏やかに人の話を聞いて尊重する黒子。
そんな彼が、人の台詞を遮って叫んだ。黒子を知る者であれば、容易く彼が平静ではないと分かるだろう。
当然花宮もそれを理解していた。
そもそも問いに意味はなく、答えは分かり切っていたのだから。
どうして。
繰り返す黒子に、花宮は返す。



「避けるも何も、会う必要がねーだろーが」

「偶然会った時くらい、会話してくれてもいいでしょう」

「今してんだろ」

「ボクは、貴方と一緒に居たいのに…っ!!」



花宮の誤魔化しを、黒子が甘受するわけもなく。
先程までボールを扱っていた手が花宮の服を掴んで、縋るように呟く。
さっきのように叫ぶのではなく、微かに聞こえるくらいの小さな声。
花宮は引き離すことも、その細い体を抱きしめることも出来ずにされるがままだ。
抱きしめて、俺もだと言えたらどれだけいいだろうか。
花宮の心中を、黒子が知る術はない。
黒子はそれきり押し黙って、辺りに響くのは鼻をすする音だけ。
ああ、どうして。



どうしてこうも、胸が苦しい。



思ったのは、どちらだろうか。
どうすることも出来ずに立ち尽くす花宮か。
ぽろぽろと涙を零す黒子か。
湧きあがる寂寥は、尽きることはない。
それこそ一年以上、2人の心を占めているものだ。









花宮と黒子の出会いは、至って簡単で単純なもの。
全中の予選を見に来ていたらしい花宮が、帰ろうとしていた黒子に声を掛けたのが始まりだ。
バスケに青春を捧げているような奴が嫌いだと思っているのに、何故か声をかけずにはいられなかったのである。



「お前、バスケ楽しいか」



花宮には、黒子が楽しんでいるようには見えなかった。
表情は変わらないのに、苦しいと彼が叫んでいるような気がして思わず尋ねてしまっただけ。
その時は勧誘を意図していたわけではなかったから、猫を被ることもなく素に近い。



「今は、あまり」


以前の方が楽しかったと答えた黒子の瞳からは、涙が一筋零れ落ちて。
気づいたらしく慌てて袖で涙を拭う黒子に、花宮はハンカチを差し出した。
受け取っていいものかと逡巡する黒子の目元に押し付けて、再度問う。



「じゃあなんでテメェはバスケやってんだ」

「バスケが好きだからです」

「ふはっ、単純な答えだな」

「本心…ですから」



その日。
明確な理由はないが、ここで関係を断ち切ることは惜しまれて、花宮は半ば強引に黒子の連絡先を手に入れた。
黒子は一度も笑わなかった。

それが気にならなかったとは言わない。
連絡を取り続け、暇な時に近況を聞いているうちに都合が会うときは2人で会うようになった。
バスケ以外に、読書や人の少ない場所が好きだという共通点を見つけ。
いつしか距離は近くなり、そして自然と進路についての話題が持ち上がるようになった。



「おい黒子、霧崎来いよ」

「え?…でも、花宮さんのとこラフプレーするつもりなんでしょう?」

「ふはっ、そんな目で見んなよ。安心しろ、お前が来るつもりならラフプレーなんか止めて正々堂々戦ってやるっつーの」

「…考えさせてください」

「は?」



てっきり頷くと思っていた花宮は、予想外の返答に目を瞬かせる。
黒子はそれに動揺することもなく、真っすぐ花宮を見据えた。



「全中が終わるまで、待ってほしいんです。全中が終われば、きっと決着がつきます。…ボクの、気持ちに」

「っち、分かった。さっさと終わらせてこい」



憮然としながら花宮がくしゃくしゃと黒子の頭を撫でてやると、黒子は擽ったそうにしながらも受け入れていた。
それから揶揄するように、でもラフプレーはやめてくださいねと笑う。
花宮は考えとくとだけ返した。



全中を終えて、また黒子が泣いた。



けれどある程度心の準備が済んでいたらしい黒子は割とあっさりしていて、翌日には退部しましたと花宮にメールが届いた。
それから時は過ぎ、受験まで時間がなくなってきたころ。
花宮が息抜きだと外に連れ出して、そうだと思いだしたように黒子に問いかけた。



それが、運命の分かれ道。



「黒子、もう出願したんだろ?霧崎だよな」

「来週まとめて出すそうですから、正確にはまだですね」

「へぇ…?」

「怒らないでくださいよ、仕方ないでしょう。実は少し悩んでたんですけど」

「ふはっ、悩むようなことあんのかよ」

「最初は誠凛か霧崎第一のどっちにしようかと思ってたんです。最初は学力も足りませんでしたし…。でも、花宮さんが勉強見てくれて助かりました。貴方と同じ学校に行きたかったので」



花宮はその時、息ができないような錯覚を覚えていた。
黒子が照れたように視線を反らしたのも気にならず、寧ろそれを好都合だと顔色が悪くなっただろう自分を隠して。
声が震えないように、いつも通りを装った。でも、それもすぐにもたなくなる。



「誠凛…?」

「はい。知ってますか?新設高らしいんですけど」

「…まぁな」

「花宮さん?」

「黒子」











「霧崎には来るな」











「………え?」



黒子はばっと花宮を見る。
花宮と、視線が合わない。
それにどうしようもなく不安を感じて、黒子は花宮の服の袖を掴んだ。
けれどそれすらもそっと振り払われて、縋る物をなくした手は無様に宙に浮かぶ。
その時には、恐怖すら抱き始めていた。



「誠凛に行け。うちには来るな」

「ちょ…どういうことですか!?」

「誠凛に行け」

「花宮さん?花宮さん!」



一方的な、言葉。
外だったのが幸いだったと、花宮は黒子に背を向けて足早に距離をとる。
戸惑い、黒子が追いかけてくるのを気配で感じた。
歩調を次第に速めていると、いつしか走っていた。
体力も歩幅も違う黒子が、追いつくはずもない。
花宮は、一度も振り返らなかった。



(チームプレーを望むなら、誠凛の方が良い。あいつらなら、あいつらの方が…っ)



それは、既にWCっで誠凛と対戦した後。偶然にも、木吉鉄平が負傷した後の話である。



「どうして…っ!」



取り残された黒子は、ひとり途方に暮れた。









それから花宮は一切連絡を絶ち、黒子に関わることはなかった。

電話に出ず、メールも返さない。
黒子は花宮に言われた通り、誠凛に進学した。
それが彼の残した最後の言葉だからと、霧崎第一へと追いかけることはなく誠凛に。
だから今、花宮に縋りつく黒子は誠凛のジャージを着ている。
花宮が誠凛に行くのを望んだのは、一重に自身に負い目があったからだ。
一年前の対誠凛戦、木吉鉄平が怪我をした。
それは木吉が足を酷使したせいだったが、ラフプレーの噂のあった霧崎第一の仕業だと恨まれることになった、それが原因。
黒子は、知らない。



「黒子」



小さな体を、そっと自分から引き離す。
それくらいの余裕が漸く花宮の中に出来始めていた。
花宮を見上げる黒子の瞳は、涙で揺れている。
いつかのように取り出したハンカチを、目元に押し付けた。
黒子は無意識のうちにそれを受け取り、花宮は分からないように笑って、早く戻れと促した。



「…え?」

「お前の居場所はここじゃねぇだろ。さっさと行け」

「はなみや、さん」

「ここじゃない、誠凛だ。もう来るな」

「どうして…」



止まったはずの涙がまた滲むのを見て、花宮は眉を寄せた。
思い出の中の彼と同じように、また笑ってほしいと願って。
泣かせているのは誰だと自分が憎くなる。



「はなみ」





「―――――っ」





「ほら、もう行け」



黒子を呼ぶ声がする。
いつの間にかいなくなった黒子を探しているのだろう。
だって、もう試合も間近だ。
花宮に促されて、幾度か躊躇いながらも黒子は走り出した。
その手には、しっかりとハンカチが握られたまま。
そう、今自分たちが会っていたことを証明するのは、薄っぺらいハンカチ一枚だ。
ああ、吐いた息が白い。
忘れていた寒さを思いだす。



『だから、来年も一緒にこの冬を越しましょうね』



寒くて仕方がない。






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