カナリア動乱 第五話

(狭いな)

 仮宿となるリカルドのマンションで、共有部分と、レオとユウスケに割り当てられた二室を案内されて浮かんだレオの素直な感想だ。しかし口を開いたのはユウスケだった。

「広いですね、ミスター・ユキムラ・ジュニア。本当に我々が二部屋借りても宜しいのですか?」
「構いません。元々人を泊めるために大きな部屋を買ったので、問題ありませんよ。キッチンとバスルームも二つありますので、奥側をお二人でお使い下さい」
「それでは有り難く、ご厚意重ねて感謝いたします。家事など是非手伝わせて頂きますので、手の空かない際はなにと無く執事の私にお申し付けください」
「いえ、これも秘書の仕事の内ですのでお構いなく。仕事で無くとも、父の客人にお世話をして頂くわけには参りませんのでどうぞお気遣いなくお願いします」

 政治家の秘書として完璧な受け答え、なのかどうかレオには分からない。
 レオはあくまで王族であり、日頃接していたのは宮内省の人間ばかりだ。成人してからは公務のために外務省を訪れることもあったが、会うのはせいぜい外務大臣程度で、政治家とは縁が無い。
 しかし所謂『鉄壁の笑顔』というものであることは分かる。それが政治家に必要な資質であることも、知識として知っている。

(有能なんだろうな、彼は)

 白人種と黄人種で人口の九割八分を占めるこの国に於いて、まず見た目から敬遠されがちであるはずの黒人種。
 そのリカルドをわざわざ秘書に選んだ幸村官房長官の、目はしかし確かだ。秘書にして連れまわしていると云う事は、顔を売って、ゆくゆくは地盤を継がせるつもりだろう。ならば外見の不利をものともしない程度に有能であることは自明だ。

(……パティと似たようなものか)

 見るからに陽気な南方人のパティは、ビジネスマンに変装しての渡航だと云うのに真っ赤なスーツを着たがったり金ストライプのボタンダウンシャツを選ぶ感性だが、情報収集や護衛の能力は元より、センス以外は非常に優秀だ。

「私の不在中に何かございましたらご連絡を。レオ様、サエキ様、お二人の部屋に据え付けの黒い電話が、事務所への直通になります。リビングの物は普通の電話ですのでお気を付け下さい」
「了解ダ。ところで客人待遇には感謝スルが、亡命した以上今の身分は王子ではないからネ、様付けは不要だヨ」
「かしこまりました、ではそのように。私もリカルドで構いません。それと念のため、お二方も外でお名前を書かれる時は、お渡しした身分証通りのお名前でお願い致します」

 リカルドの言葉に、先刻受け取った偽名の身分証を取り出す二人。
 偽名と言っても本人が書くのに手間取っては直ぐに偽名とバレるため、ほぼ本名だ。但し表記が母国のそれと異なる。
 リンドウ王国の公用語表記は南部式表音アルファベットを使うが、トウシュウ王国ではそれに加えて東部式表音略文字と東部式表意象形文字を使う。
 それぞれの名前に東部式の文字を当てはめたパスカードの文字は、見慣れていないが読むのは二人とも問題無い。
 『一色レオ』と書かれたレオのものと、『佐伯祐介』と書かれたユウスケのもの。
 さすがにシルバ姓はトウシュウで目立つため変えざるを得なかったが、母である王妃の旧姓なら耳慣れては居るだろう、との幸村官房長官の配慮が見えた。

「それでは、私は一旦父の事務所に戻ります。お国の料理を出す店は残念ながら近くにございませんが、食材は揃えておきましたのでお好きに使われて構いません。ワードローブには一応トウシュウの標準的な服を数着入れておりますのでお出かけの際には目立たぬよう着替えていらっしゃると良いかと思います」
「何から何まで、厚いご配慮ありがとうございます」

 ユウスケ、改め祐介が頭を下げてリカルドを見送る。
 一分の隙もなく着こなされたグレーのスーツを見ながら、俺もアレ着たいな、とりあえずこのスーツ脱ぎたいな、と切実に思う白スーツの祐介だった。




to be continued...

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因みに「ビジネスマンに変装した」服装は、
レオが紺のスーツ、祐介が白のスーツにピンクのネクタイ、
パティが真っ赤(ワインとかそんな常識的な色じゃない)のスーツ、
ショウタが普通のスーツに北欧式のリボンタイです。
変装してるのに目立つ一行。


12.02.07 加築せらの

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