5月のある月曜日の話

※「日常」で連載している『ノート』の、2011年5月14日16日に出てきたネタです。
冒頭の鷹匠さんのモノローグが何のこと?という方は、まずそちらをお読みください。
時間軸的には駆が一年の五月の話で、その時期に鷹匠さんと個人的に会って話なんて有り得ないので完全に捏造ですw




駆がノートに書いていたことが気になって、日曜の夜は傑が夢に出てきた。
けどヤロウは曖昧に笑うだけで特に何を話すでもなく、足元に従えたボールはついぞ俺に蹴ることがなかった。

『傑』

呼びかければ少し首を傾げて振り向く。

『傑、お前、俺に言いたいことがあったんだってな』
『そうですね』
『黙ったまま逝きやがって。ノートで教えてくれなかったら、俺ァずっと知らねぇままだったじゃねぇか』
『はは、すみません』
『それとも。生きてても、ずっと黙ったままでいるつもりだったのか?』
『どうでしょう。……そうかもしれません』
『ほーぉ、俺に隠し事し続けるつもりだったのか。いい度胸だなテメェ』

喋りながら、これは夢だと解っていた。
夢だから、俺の脳内にある情報が勝手に再構成されてるだけだから、傑は何も語らない。
会話をしているように見えて、実際のところ何も教えてはくれない。
当然だ、これは夢で、俺はまだ駆と会って話をしていないのだから。

傑が俺に言いたかったけど言えなかったこと、って、一体何だ。


***


「こんにちは、鷹匠さん」
「おぅ、久しぶりだな――こうして話すのは傑が生きてた頃以来か」
「はい。鷹匠さんが中三の時に一回と、高等部に来てから一回だけ。……一年半と少しぶり、ですね」

わざわざお時間ありがとうございます、と丁寧に礼を言う姿はどこか萎縮して、過去に会った時と印象が違った。

「だな――お前と二人で話すのもなんか妙な気がするが、ま、座れ。
 んで、単刀直入に行くが。傑は、何を隠してたんだ?」

学校の近くの公園は、カップルが潜めそうな茂みなどない、鉄製の遊具がいくつかあるばかりの場所だ。
練習を終えてからここまで来た駆を迎える頃にはとっぷりと日も暮れていたが、ベンチを男二人で占拠したところで訝られることもない。
ちょこりと腰を下ろした駆の、線の細さに少しだけ眩暈を感じながら用件を切り出した。

「鷹匠さん、高校は鎌学を受けるって話、受験するずっと前に兄ちゃんにもしたんですよね?」
「おう。傑がいるから鎌学を受けようと思ったんだしな」
「ですよね。……だから兄ちゃん、言えなかったんだと思うんですけど、」

俯き気味の表情は、身長差と夕闇のせいで解りづらいがやや苦しげだ。
というより、心を痛めている、といった表現がしっくりくるだろうか。
心臓のある場所を抑えて、顔を上げたが、俺の肩越しに遠くを見ているのか今一つ視線が噛み合わない。

「何度か、困ったように言ってたんです。『鷹匠さんは、エースストライカーだからなぁ』って」
「……うん?」

傑の意図が掴めずに、思わず首を傾げる。
俺をエースストライカーだと認めてくれていたのは嬉しいが、どうしてそれを困った顔で言う必要がある?
そんな機微が伝わったのだろう、駆はわずかに苦笑を浮かべて「判り辛いですよね」と言葉を足した。

「兄ちゃん、多分言葉で云うどころか態度にも出さなかったと思うんですけど。
 エースナンバー背負ってる鷹匠さんが、大好きだったんですよ。
 鷹匠さんが初召集された合宿から帰ってきた時も『きっと日本の誇るストライカーになる』って、わくわくしてるのが判るくらい嬉しそうに喋ってて」

大舞台踏み慣れてるせいか本人の性格か、普段はすごくポーカーフェイスで判り辛い人でしたけど、と目を細める駆。
確かにそうだ。感情が解りやすい駆と違って、傑は結構分かりにくい奴だった。
それこそ、夢の中で見た傑像は、俺がアイツに対して持っていたイメージそのままだ。

そんな奴が、喜んでいるのが判るほど、手放しで俺を褒めていた。
その事実に体中の血がふつふつと疼いた。
けれど、その熱は次の一言で霧散してしまった。

「だから兄ちゃんは、鷹匠さんとは違う学校でやりたかったみたいなんです」
「……お前がいたから?」

意図せず声が低くなる。
怯えさせたか、駆が身をすくめるが謝るだけの余裕はなかった。

俺は、傑と一緒にやりたくて、傑を俺の「王」としてプレーしたかった。
傑の「騎士」に、俺が、なりたかった。

だけど、そうだ。
俺にとって初めての選手権が終わった時、傑にフラれたんだった。
『騎士が目を覚ませば』と言った傑に、『騎士ならここにいるだろ』と言ったけど、やんわり否定された。
傑の待っている騎士は俺じゃなく、駆だったから。

あの時覚えたどうしようもない寂しさと、渇きと、駆への嫉妬が再び身の内に灯る。
それを隠すことが出来ずに、傑亡き今となってはどうしようもないのに、駆にぶつけてしまった。

けれど駆は、あの日の傑に似た、苦みを帯びているけど毅然とした表情で首を横に振った。

「そうじゃありません。兄ちゃんが言いたかったのは、そこじゃなくて。
 兄ちゃんは、鷹匠さんから『10番』を奪いたくなかったんです」

それだけは、どうしても言えなかったんです。と。
付け足す駆を呆然と見つめてしまった。それぐらい、放られた言葉の衝撃は大きかった。

(俺から『10番』を奪いたくなかった、って、そりゃあ――)

「ッ、……おい、駆」
「はい?」
「……俺、どんな表情したらいいのか分かんねぇ……」
「ですよね……」

すいません、あんな人で。

駆もどんな顔をしたらいいのか分からないんだろう、緩く心臓を抑えて、先刻の微苦笑に戻って。
だけど目を細めた先には、きっと兄の姿を見ていた。

――傑の言葉は、確かに自分をよく解っていたもので。それから、とびっきりの褒め言葉だ。

ヤロウは、一年先に鎌学の高等部に進んだ俺がエースストライカーになって、10番を背負うと確信していた。
だけど、傑が高等部に上がってくれば鎌学のエースナンバーは傑のものだ。
来なかった未来ではあったけど、それは間違いなかった。
あの逢沢傑が10番以外を貰うなど、誰も考えはしないだろう。

でもそれは、一旦は手にしたエースナンバーを、俺が手放すということだ。
傑は、それを望まなかった。

「〜〜〜〜っ、あのヤロ……」

そんなに評価されていたなんて知らなかった。
そんなに好かれていたなんて知らなかった。

こんなにも、生きてる内に聞けなかったことが悔しいなんて思わなかった。
言葉も出ないくらい、俺は傑を切望していたなんて――知ってはいたけど、ずっと目を逸らしていた。

傑を求めて、鎌学を選んで、でも手に入れる前にフラれて。
それでも諦めきれなくて、せめて駆が高等部に上がってくるまでの一年間は俺の「王」で居て貰おうと思ってたのに、それさえ叶えてくれなくて。

監督のお陰で、プリンスの試合でだけ、何度か青と黒のユニフォームで一緒に戦ったけど。
このユニフォームでまず二年間、それから先はサムライブルーを着てずっと一緒に戦っていきたいと思っていた、未来の全てを持ち去りやがって。

なのに今更、お前は俺に希望を与えるのか。くそ、ヒデェ奴。

「傑……っ、」

嗚咽のように零れた呻きに、ふと隣に在る空気が変わった。

「……鷹匠さん」

答えたのは駆の声だ。
だが気配が明らかに駆のものじゃなかった。
駆じゃない誰か、俺がよく知ってる、――――。

「黙ったまま逝きやがって。ノートで教えてくれなかったら、俺ァずっと知らねぇままだったじゃねぇか」
「はは、すみません」

誰かも何も、傑しか有り得ねぇ。
夢をなぞるように、つと言葉が口を突いて出る。

「それとも。生きてても、ずっと黙ったままでいるつもりだったのか?」
「どうでしょう。……そうかもしれません」

返事まで同じたぁ、俺の感じてた傑のイメージはあながち外してなかったらしいな、オイ。

「ほーぉ、俺に隠し事し続けるつもりだったのか。いい度胸だなテメェ」
「だって恥ずかしいじゃないですか。正面きって言ったら、ただの告白ですよアレ」
「まーな。俺としては、直に聞きたかったけどよ」
「……すみません」

ごつん、と肩口に額を預けてきた『傑』の、頭を少し撫でてやる。
年こそ一つ下ではあったが、選手としては二つも三つも格上の傑を、生きてた頃はこんな風に可愛がってただろうか。
そもそも傑はこんな甘えた動作をしただろうか。
記憶にはあまりないのに、手は馴染んだ感覚で吸い寄せられるように『傑』を撫でていた。

「鷹匠、さん」
「ん?」
「導いてやってくれませんか。そしたら、俺は、一緒に居ますから、きっとまた会えます」
「……おう。」

『傑』が言う意味はよく分からない。
一緒に居るってのはどういうことだ。
また会えるってのはこんな風に、駆を介してお前を感じることなのか。
そもそもお前は傑なのか駆なのか。

だけど訊いたからって俺の返事が変わる訳じゃねぇ。
傑が、駆を導いてやってほしいと望むなら、俺はそれを叶えてやるだけだ。

「俺は、お前にゃ出来ない、俺にしか出来ねぇやり方で見守ってく、傍に居る。
 だからお前はお前のやり方でそこにいろ、このブラコン」
「ブラコンはやめてくださいよ、参ったな」

身を起こして『傑』が笑う。
刹那、ぱちん、と。
泡が弾けるように『傑』の感覚が消えた。
目の前に居るのは確かに駆で、感じる気配も間違いなく駆のものだ。

思わず目の前にある頬に触れて「駆?」と呼び掛けると、きょとんとした駆が「はい」と応えた。

「駆、今の……や、やっぱいい。今聞いても、どうせ分かんね」
「あはは、じゃあその内。……鷹匠さんには必ず、いつか話しますから」
「おう、そう頼むわ」

ふと時計を見る。もう結構いい時間だ。
送っていくと申し出たのは固辞されたが、近日の再会を約束して家路についた。


結局分からないことだらけで、あれもこれも保留のままだけど。
傑がそんなにも俺を気に入ってくれてたこと、俺のプレーを望んでくれていたことが、心が引き裂かれるほど嬉しくてたまらなかった。




Fin.


---

少し辛い感じの鷹匠さんと傑さんと駆くんのお話。
でも最後に希望は持たせたいな、って云う。
傑さんが鷹匠さん大好きで、だから鷹匠さんフるしかなかった、という話を書きたかったんです…夢見すぎか。

11.05.25 加築せらの 拝

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