相対性幸せ論 ぱたりと何かが落ちた音がして目を覚ます。 覚ますというか覚めたというか、とにかく一瞬前まで自分は寝ていたのだと自覚したワケだ。 そういや何が落ちたんだっけ、その前にココどこだ。 脳内の焦点が次々と切り替わって、左手が触れたソファ生地の手触りに自宅の居間だと認識する。 触覚の次に働いたのは聴覚で、すぅ、と健やかな寝息が聞こえる。 そういえばプレミアリーグの放送見ながら、昨夜の疲れかうとうとし始めた飛鳥に肩を貸している内に眠くなったんだと思い出した。 んで、やっと視覚が働き始める。 足元には飛鳥が観戦しながらメモを取っていたノートが落ちていて、先刻の音の原因はそれだったんだろうと思い当たる。 僅かに首を巡らせれば飛鳥はまだ眠っているようで、俺が身じろぎしたせいか僅かに睫毛を震わせて、でもまた緩い呼吸に戻っていった。 (こりゃノート拾うのは後だな、起こすの忍びねぇし) 浅く息をついて、我知らず体に入っていた力を抜く。 再び視界を遮断すれば飛鳥の呼気と秒針の音と、それから低くはない体温がじわじわと沁み込んで来た。 ――飛鳥は、時々こうして俺に総てを委ねる。 決して頻繁ではないが、形は様々に、これまでに片手で足りない程度にはあった。 無防備に寝てみたり、背中同士をくっつけて凭れてきたり、休養日(教えても教えてなくても大体把握されてる)に呼び出して傑の墓参りに連行したり、俺にしか取れねぇようなパスを出したり、まぁ色々とやる。 最後のは飛鳥なりの茶目っ気だからともかくとしても、その度に俺は少し面食らう。 けど、飛鳥のそんな望みは大体叶えてきた。 自分で云うことじゃねえが、信頼されてるんだろうと思う。 それから多分、凄く愛されてるんだとも。 誰にも言えない関係ではあるが、俺と飛鳥がそういう仲になってから三年と少し経つ。 飛鳥に遅れること三年、俺も家を出て生活するようになったし、今では気兼ねなく逢瀬を重ねられる。 ……と言えるほど会えるわけでは無いのが辛いところだが、だからと言って一緒に暮らすなんて選択肢は最初から無かった。 それは、俺と飛鳥にとって暗黙の了解だった。 飛鳥はサッカーのために十五歳で家を出た、その根性は俺なんかからすればスゲェと思うが、それでも親父さんを認めさせるにはまだまだだ。 世代別代表の常連と言ったって当時はまだ高校生で、遠征の費用も学費も親に出してもらわなければいけない。 スポーツ特待の奴なら授業料と施設使用費くらいは全額免除されるが、教科書代や修学旅行費は自腹だ。 その上コイツは中等部からの持ち上がり組、今さら特待など取れるはずもない。 飛鳥が自分の力だけで進学することは不可能だった。 浪費するタイプではないし仮に自分の貯金で賄ったとしても、バイトする暇なんて無かった高校生の口座に入ってる金なんて所詮はお年玉や親が毎月貯めていてくれたもので、自分で稼いだ金じゃない。 まだまだ親の力に頼らなければ、飛鳥はサッカーを続けられなかった。 高校を卒てプロになって、自分で稼いだ金で家を借りて、社会人として一人前にやっていく。 チームで結果を出し代表に残り続け、フル代表に定着して世界でも結果を残す。 そうなって始めて飛鳥は親父さんから認められる。 そのためには、俺と一緒に暮らすことは飛鳥のマイナスにしかならない。 実際にはまだ生活力の低い俺が飛鳥に頼るんだとしても、親父さんの目には『まともな社会人にもなれない息子が友人の家に転がり込んで迷惑を掛けた』としか映らないだろう。 お袋に話したら「親としてはまともな判断だ」って言ってたから、俺達には面白くなくてもその考え方はきっと一理あるんだろう。 だから、俺と飛鳥は決して一緒に暮らせない。 飛鳥に好きだと言った日から、覚悟していたことだからそこに文句はない。 それでも俺は、付き合うようになってから気付いたんだが、『恋人らしいこと』がしたいタチで。 人に言えるような関係でないのは重々承知だから人前でイチャつこうだなんて端から考えてないし、恋人よりサッカーを優先させるのも互いに譲れない前提だ。 例えクリスマスを一緒に過ごす約束をしていたって、チャリティマッチの予定が入れば二つ返事で了解するのが俺達のスタイルだ。 ……ま、飛鳥にそんな仕事が入る時は大抵俺だって若手の一人として何らかの仕事に借り出されてるが。 寂しさを感じる暇が無いのも佳く作用してるんだろう。 ともあれ、その全ての条件を呑んでなお可能な『二人の時間が取れる時は恋人らしいことがしたい』という俺の希望を、飛鳥は可能な限り叶えてくれている。 多分脈絡なく甘えてくるのは俺が飛鳥に甘えてほしいと思っているのを気付いてるから。 それを叶えてくれてる時点で本当は俺が飛鳥に甘えてるんだと、俺が理解してるのも全て理解した上で、だろうと思う。 俺の頭で解る程度のことを飛鳥が解らないはずねぇし。 総てを承知で『恋人にしか言わないワガママ』を差し出してくる飛鳥に、凄く愛されてるんだと気付いて言葉にならないまま抱きしめたのはいつのことだったか。 それからも変わらずに時々会って、たまにはワガママを云う飛鳥のお陰で俺は申し分なく幸せだ。 もちろん希望全てが満たされたわけじゃないが、上を見ればキリが無い。 けど、飛鳥がくれる等身大の幸せで胸がいっぱいになってる今が、ちょうどいいと知っている。 ……ただ不安になるのは、飛鳥はちゃんと幸せなのかどうかだ。 ガキみたいに体当たりするばかりの恋をしてた頃は――飛鳥に対して抱える気持ちが恋だけだった頃は。 自分の望みだけで精一杯だったけど、今はそれだけじゃ済まない。 飛鳥に、ちゃんと幸せを感じてほしい。 飛鳥に幸せになってもらいたい。 『俺が飛鳥を幸せにする』とは言わない。 コイツは俺に幸せにしてもらわなきゃならないほど弱くも非力でもないからだ。 自分の夢をなりふり構わず掴みに行ける奴に、そんな助けは必要ないだろう。 だからこそもどかしい。 飛鳥はちゃんと幸せなんだろうか。 こんなに近くにいるのに分からない。 俺が飛鳥を幸せにしようなんてお節介は考えてないけど、俺は飛鳥が隣に居てくれることで幸せを感じてるから。 だから、なぁ。 「飛鳥――お前、幸せか……?」 腕を回して、肩に乗せられた頭を緩く抱き寄せながら。 こめかみに口付けるように呟けば、寝ているはずの人物から返事が寄越された。 「半分くらい。……そんなこと云うくらい悩んでるのに、相談もしてもらえないなら淋しいからな」 「! っお、起きてたのかよ」 「五分くらい前にな。でもタカが何か考えてるみたいだったし、体温意外と暖かくて気持ち良かったからそのままうとうとしてた」 ってコトでおはよう、コーヒーでも淹れるか? すっとぼけた挨拶をする飛鳥は実に通常営業だ。 俺が考え込んでたことは認識していて、相談するならしていいし、しないならしないでいい。 いずれはするけど今はまだというならわざと逸らした話題に食いついてこいと選択肢を与えている。 ……しないならしなくてもいいけど、でも淋しい、ってはっきり言える辺りに、今さらだけど惚れ直す。 普段は不器用な癖して、俺の扱い方はホント器用だよなお前。 そんな事実が愉しくて、喉の奥で笑みを噛み殺すと、飛鳥の頭を抱え込んだ手を肩に回し、おはようのキスを一つ落とす。 確かにずっとくっついてたから体温が気持ち良くて離れがたいけど、ひとまず立ち上がる。 足元のノートを拾って飛鳥に渡し、ダイニングに向かう。 「コーヒーなら俺が淹れるから、茶請けの用意頼むわ。んで、ゆっくり話でも聞いてくれねぇか?」 「……なるほど。もちろん、喜んで」 まぁ聞いてくれよ、馬鹿な事に一人でぐるぐる考え込んでた俺の話を。 そんで、笑ってくれ。 そしたら聞かせてくれよ、俺が相談しないから半分しか幸せじゃないなんて言うお前は、どんなのが幸せなのかを。 ……そんで、教えてくれ。 俺に幸せにしてもらう必要はないだろうお前に、俺はどんなポジションを望まれているのかを、さ。 Fin. --- うるるさまに捧げます相互お礼の鷹飛にございますー。 鷹匠さんは男前で飛鳥さんはそれを上回る男前、な我が家の二人で果たしてちゃんと鷹飛になるのか最後までハラハラしながら書き進めましたw こ、こんな感じで如何でしょうかうるるさま…! それでは一先ず献上しまして、また!(´ヮ`*) (*・ω・)つ【お持ち帰り・転載はうるるさまのみ可です】 11.04.22 仮上梓 11.05.07 後書き追加 加築せらの 拝 top * 他校 |