ビスコッティ

『相談したいことがあるんですけど、お時間いいですか?』

背中から掛けられた言葉に二つの意味で瞠目する。
タクがそんな言葉遣いするのを滅多に聞かないからってのが一つと、その相手が俺だった事にだ。
相談に乗る、と言いはしたがどこか俺に距離を置いているタクが相談相手に俺を選ぶなんて思ってなかった。

……ひょっとして、あの微妙な距離感は俺の勘違いだったんだろうか。
真偽はともかくタクから声を掛けてきた事実がじわじわと嬉しくて、二つ返事で頷いた。

***

駅にほど近いファーストフードの店内は同じような年頃の姿で溢れかえっている。
ま、俺達もその一部なんだけど。

コーヒーを二つ頼んで席につき、タクにもミルクと砂糖を渡そうとしたら意外にもブラック派だった。
いわく「コーヒー好きなんで、いつも飲むからこそ余計なカロリーは取らない」だそうで。
確かに毎日飲むなら、一回当たりはたったこれだけでも、積もり積もれば結構なもんになる。
こういうのも自己管理って云うんだろうな、ちょっと感心した。

「そんで、相談したいことって?」

席について暫くはとりとめもない話で繋いでいたが、カップの中身が三分の一ほど減ったところで本題を振る。
一瞬スッと目を伏せたタクが、力づくで逡巡を捩伏せたように俺を見た。

「俺、好きな人が出来た、かもしれないんです」
「おー。青春してんなぁ」
「でも、俺はその人をそういう意味で好きじゃないといいなって思ってて。
 何て言うか……そういうの抜きで付き合いたい相手なんです」
「うーん? そりゃまた微妙な問題だな……あぁ、だから相談しにきたのか」

自分でも何と言っていいか分からないのだろう、言葉を探しあぐねているタクの様子を観察する。

大抵の奴は人に相談する時、大方の考えは自分の中で纏まってて、後は背中を押してほしいだけだったりするもんだが、今回はどうなんだろう。
俺に伝えるための上手い言葉は見つからないけどイメージの中では考えがまとまってるのか、それとも難題を前に呆然として助けを求めてきたのか。

時間は良いかと話しかけてきた時のタクは既に決断した目をしていたけど、今こうして眺めてみると戸惑いが見てとれる。
決めたと思ってもまだ迷いが出たのか、単に一人で抱え込むことを止めると決めただけだったのか。
どっちであれ、最大限この可愛い後輩の力になってやりたいとは思う。

言葉を選ぼうとして固まってしまったタクに「お前はさ、」と声を掛ける。

「その相手のこと好きかもしれないって、どうして気付いたんだ?」

そこが勘違いなら万事解決なんだし。
そもそもの根底を覗きこんでみたら、どうにもならない答えが返ってきた。

「その人と話してる時だけ緊張するんです。でも構ってもらうと凄く嬉しくて。
 だから多分、怖いから緊張してるんじゃないんだ、ってのが最初でした」

あー。それは確かに『怖いから』じゃないな。好きな奴の前だから緊張してる、か。

「他にも、頭抱えて撫でられると妙に慌てちゃって。
 相手は意識してないから、俺だけワタワタして、それがまた恥ずかしくて……」

……タクの頭抱えて撫でられるとか、すげーデカい女だな。
俺たちの中に混じると小さく見えるけど、タクだって一応170前後あるもんな。

「あと、気が付いたら目がその人を追ってるんです」

うん。それで恋じゃないなら逆にビックリだな。
そこまで自覚症状あるのに、それでも認めたくないのか?

「授業中、グラウンドに居るのを見かけるだけでも幸せな気持ちになって。
 練習中も、出来るだけ集中しようとは思ってるんですけど、どうしても見ちゃって。
 さすがにピッチの上では無い、って言いたいですけど、やっぱり時々あるんです」
「……ピッチの上でも?」

あれ? なんか今すごく大事な前提崩れなかったか?
あまりに大きすぎた違和感に思わず聞き返してしまったら、タクも「しまった」って顔をして口元を押さえていた。
それが逆に、疑問に思った内容を肯定している。

なるほど、どうやらまだ核心部分を話す気は無かったらしいな。
だけど思わず零れ出たその言葉を、話した瞬間のタクはすごく思いつめた風で、それでいて熱を滲ませていた。
好きで好きでたまらないんだと、気配が自白していたと言っていい。

「その相手のこと、好きで好きでたまらないんだな」
「う。やっぱりそう思います……?」
「おう。けどお前は恋愛の意味に限定したくないんだろ?」
「はい。……俺はその人が、人間として凄く好きだって、自覚はありました。
 だからどうしても、自分がその人を不純な意味で見るのがイヤなんです」

イヤだ、と言いながらもタクの目に嫌悪の色は浮かばない。
ただ困惑が溢れて、『どうしてただの好きから恋愛の好きに変わったのか』が本当に分からないんだと訴えている。
それに対する直接の答えを俺は持たないけれど、それでも、一つだけ言えることがあるとするなら。

「羨ましいな、ソイツ」
「え?」
「タクにそんなに大事に想われてる奴が羨ましいな、って。
 恋愛感情抜きでもそこまで大好きでさ、それだけじゃ足りないくらい好きとかさ。
 きっと、ソイツのために凄く悩んだんだろ? 練習中もピッチの上でもって、そういうことだろうし」
「……はい。すごく。」

人の耳もあるから具体的には言葉にしないけど。
タクの好きな相手は、男だってこと。それも、部内の奴だってこと。
ついでに言うなら、ピッチに立ってる時に見ててもおかしくない対象。
つまり背番号を持ってる誰かだ。この時点で対象は十九人しかいねぇ。
普通は当の相手に相談するなんてまず無いだろうから、俺は除外して十八人か。

……誰であろうが、何となく面白くないけど。

今目の前で頭抱えてるタクは、普段の小生意気な雰囲気でもなくて。
ピッチの上に居る時みたいな背筋をゾクっとさせる頼もしさも感じさせない。
鬼丸や大月にもみくちゃにされてイジられてる時の可愛らしさも見えない。
いつもより少し大人びた、愁いと恋情と、慈愛さえ感じる優しい目をしていて。

それは俺が知ってるタクのどれでもなくて、そんな表情をさせられる奴が身近にいるんだと思うと、羨ましいけど面白くなくて、胸の中の苦みがじわじわ口の中に広がった。
それを掻き消すようにカップに口を付けたけれど、気休めにもならなかった。

眉を顰めている自覚はあったから一旦肩をすくめて、カップを置くとふとタクが物言いたげにこちらを見ていた。

「どうした?」
「あ、の」
「うん」
「真屋さんが羨ましく思う必要は、無いと思うんです」

やや小声でまくしたてて、カップを傾けるとタクは「あ、門限」と呟いて時計を見た。
そのくせちっとも慌ててる風ではないから、ひょっとすると席を立つ口実かもしれない。
律儀に「コーヒーごちそうさまでした」と頭を下げると、呆気に取られている俺と一瞬だけ目を合わせて。

「お時間ありがとうございました。……相談なんて嘘ついてすみません。それじゃ、また明日」

『実は相談じゃなかった』なんて決定的な言葉を残して、店を出て行った。
……どうやら俺の可愛い後輩は、『普通』ではなかったらしい。色んな意味で。

そして、俺も。

(『可愛い後輩』が恋してるのが面白くねぇ理由なんて、)

「くそ、今からメールしたらさすがに怒るよな……」

携帯を取り出して、画面に表示するのはタクのアドレス。
だけどメール作成画面に進む勇気が、どうしても足りねぇ。
だって、今の今で、何て打ったらいいんだ。
つーか送るのは良いとして、メールで伝えちまったら明日どんな顔で会えばいい?

「後輩は面と向かって言ったのに、先輩がメール越しじゃカッコつかねぇし……うん」

(ンなもん、アイツが『一番大切な可愛い後輩』になっちまってるからに、決まってる!)




Fin.



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真屋巧連載『あれ?』、これにて完結です。
告白編で終わるというのは当初からの予定ですが、たっくんが思ったより控えめだったのでなんともいじらしい感じで終わってしまいました(笑)。
私の中の真屋巧始まり編の全てをつぎ込んだ…気がする!
もちろん始まり編だけなので、これからも書いていきます(・∀・)

それでは、足掛け一ヶ月の連載にお付き合い下さいましてありがとうございます!

11.04.24 加築せらの 拝

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