葉蔭夢−鬼丸ver




「――……一年半、待つよ。」

ぽつり。言葉が自然と零れ落ちた。
意味を理解した飛鳥が俯く。鬼丸くんは一瞬遅れて息を呑んだ。

「ホントですか、楠木先輩」
「あぁでも、今すぐ約束どうこうって話じゃないよ?
 正直驚いてるし……だから、最大で一年半付き合ってみて、話はそれから。
 君のこと可愛いとは思ってるけど、恋愛かどうか、分かってからで良いかな?」
「勿論です!」

ぎゅ、と私の左手を握る鬼丸くん。
包み込む手の大きさに、普段は小さくて可愛いと思っても、男の子なんだと実感する。
そのまま薬指の付け根を甘噛みされたから「やっぱり犬か」と噴きだしてしまった。

「え、『やっぱり』って何スか」
「あ。いや、何でもな」
「鬼丸のこと、時々子犬ちゃんって呼んでるもんなあやの」
「えっ」
「まぁ飛鳥の前では完全にワンコだもんな鬼丸。つーかこの子犬が目的でここ来てんだろ?」
「バラすんじゃない白鳥。あと真屋、なんで君がそれを知ってるの」
「否定ナシっスか楠木先輩」

あ。そういえば白鳥にバラすなって言っといて盛大に肯定したわ。まぁいいか。
知られた以上は仕方ないから「だって飛鳥の前だと耳としっぽが生えてるから」と説明する。
と、俯いたっきりだった飛鳥がちらっと鬼丸くんを見た。

「……うん、確かに。俺も時々見えてた」
「飛鳥さんまでっ!?」
「良かったなー鬼丸、ご主人様公認のワンコだな」

わしわし鬼丸くんの頭を撫でる真屋。
真屋が撫でると余計に小さく見える、というのは黙っておこう。眼福だから。

「あれ、でも今度からは飛鳥じゃなくてあやのが主人なんじゃねーの?」
「いやーいくら私でも飛鳥には負けるんじゃない? むしろ私が飛鳥に妬くわ」
「あまり嬉しくないぞ楠木。そりゃ可愛い後輩ではあるが」

真顔でツッコむ飛鳥に少しホッとする。
鬼丸くんを選んだってことは、曲がりなりにも飛鳥をフったワケで。
それで私と飛鳥の関係がギクシャクするとしても仕方ないけど、飛鳥と鬼丸くんの関係が悪くなるのはイヤだったから。
でもこの分なら大丈夫そう、と感じて肩から力を抜いた。


***


部活も終わって、私は一人、部員たちが着替え終わった部室の片付けを始めた。
予定通り午後からの日直の仕事を引き受けて部活に遅刻した分、他の子は先に帰して最後の片付け担当になったのだ。

そこに、真屋がやってきた。多分私が一人になる隙を狙っていたのだろう。
ダテにトップ下やってないなぁ、視野が広いって言うか。絶妙なタイミング。
完全には扉を閉めないが、入り口傍の壁に背を預け、脱走を防ぐような形で私を見る。別に、逃げないけどね。

「良かったのかよ」
「……何が?」
「昼休みの、だよ。楠木お前、飛鳥のこと好きだったんじゃなかったのかよ」
「うん、好きだよ?」
「っ、じゃあなんで!」

他人事のはずなのにアツくなってる真屋に、あぁ、と思う。
真屋も白鳥も(推測だけど)、飛鳥の気持ちはずっと前から分かってたから、か。
ずっと飛鳥の恋を応援してたのかな。なにソレ、すっげ良い奴じゃん。知ってたけど。

「確かに飛鳥のこと、好きだよ。過去形でも何でもないよ。でもね、恋じゃないから」
「……友達として好き、止まりってことか?」
「ううん、ちょっと違う。私ね、飛鳥享っていう選手が好きなの。それが一番で、その次に友達として好き」

こんなコト本人に面と向かっては言えないけどね。
ましてや鬼丸くんにも言えないから、君や白鳥にしか言わないよ、とおどけて付け足す。
ロッカーの上、換気用の窓を閉めようと思ったけど、まだいいか。
もうちょっと話し込む気配がするし。全部真屋に話しちゃった方が、私も気が楽だ。

「飛鳥の才能に惚れたのか?」
「そりゃ全然違うわ。そもそも飛鳥は才能溢れるタイプの選手じゃないでしょ。
 才能ってだけなら鬼丸くんの方が格段に上だと思うし……飛鳥は努力の塊っていうか……。
 巧く言えないけど、ま、一緒にピッチに立ってる君らの方がよく知ってると思うから省くよ?」
「まーな。でも、ふぅん……お前、飛鳥を理解してて、それでも『選手として好き』なのか」
「そ。飛鳥っていう選手が好き、飛鳥のプレーが好き。
 一マネージャーとして、あの凄い選手を支えられることを誇りに思う。だから恋愛感情はナシ。
 色恋の贔屓目なしに、バイアスの無い視線で、一選手『飛鳥享』を見ていたいんだ」

急いで帰ったんだろう、半開きになったままのロッカーを見つけて笑う。
閉めたつもりなんだろうなー、たっくん。パタリと閉じて。
先から七センチの所で切れた靴紐が落ちているのも回収する。
そう言えば大月くんが途中で転んで、一旦部室に戻って変えてたっけ。

「でも、鬼丸ならそこに恋愛が入っても良いのか? アイツの事は、選手として見てないのかよ」
「まさか。ちゃんと選手として見てるよ? ただ、鬼丸くんはまだ未知数だからなー」
「なんだそりゃ」

デカい図体でちょこんと首を傾げる真屋。白鳥といい真屋といい……。
「可愛いから止めなさいね、それ」と今度こそ茶化して、うーん、と口を開く。

「飛鳥の事は、二年とちょっと傍で見てきて、もう結論が出てるから迷わないんだよ。
 鬼丸くんは、今日告白されて、正直驚いた。そんな目で見てなかったからね」

言い方が難しけど、と慎重に言葉を選ぶ。
窓の外を仰いだ。今日の今日まで、可愛い子犬ちゃんだったから、と自然に零れた。

「飛鳥に対してみたいにじっくり考えた事がないから、分からないんだよね。
 選手としても魅力的だけど、今のところ私の中でも評価は飛鳥の方が上だし。
 まだ恋愛になる可能性があるから、お付き合いして決めよう、って感じだなぁ」

喋りながら動き回る私に、嘘は感じ取れないと判断したか、真屋がため息をつく。

「……ここまで完全にフラれりゃあ、飛鳥も諦めるしかねーな」
「フった手前さすがに心配だったけど、飛鳥は良い友達持ってるから大丈夫だと思ってるよ」
「ふん、褒めても何も出ねーぞ?」
「出さなくても良いから、扉の外に居る飛鳥に宜しくね?」
「なっ、」

はは、分かりやすい反応。
思わず壁から背を浮かせた真屋に笑みを見せる。
カマ掛けやがったな、と苦い顔をする彼に確信はあったよ? と肩をすくめる。

「普通こんな話する時はドア閉めるもんでしょ。なのにちょっと開けてるし。
 でも外が見えないように君が通せんぼしてるなら、後ろに誰か居るって自白したも同然」
「……俺が居るって分かってて全部話してくれたのか」
「まぁね。ついでに言うなら、鬼丸くんは白鳥と一緒に部室の裏、でしょ?」

君たちらしい、遺恨の残らない方法がそれなら止める気はない。
だから私も洗いざらい話しただけだよ、と。
真屋の後ろから姿を見せた、苦み帯びた笑みの飛鳥に言ってやる。
あえて閉めずにいた窓の向こう、バレたと分かって慌てた白鳥と鬼丸くんの気配もした。
結局昼休みと同じメンバーが部室に集まって。ちょっとだけ片付けも手伝ってくれて。

「そういえばあやの、『こんな話飛鳥にも鬼丸にも言えない』って言ってなかったか?」
「鈍いなー白鳥。『本人に面と向かっては言えない』って言ったんじゃん?」
「……まぁ確かに、面と向かっては言われてないな」
「そっスね――全部話してくれてありがとうございます、楠木先輩」

付き合うとは言ってくれたけど、飛鳥さんのことどう考えてるのか分からなくて不安だったから。

呟く鬼丸くんの顔が、そういえば部活中よりもほっとしている。
そっか、あの時飛鳥と直接的な事は何も話さないままだったから、不安にさせてたらしい。
……うん、そうだね。昼休みは鬼丸くん子犬みたい、って話題に終始したからね。
プレーの調子は悪くないのに何となく浮かない顔だったのは、私が原因か。
気付かなかったなんて、マネージャー失格、かな?

反省しながら全ての片付けを終えて、窓も閉めて。
施錠して、多分明日も一番最初に部室に来るであろう真屋に鍵を渡す。

「……何で俺に?」
「飛鳥から聞いた。この二年ちょっと、真屋より先にグラウンドに来れた試しがないって」

頑張ってるのは知ってるよ、エース候補。
にやにやしながら胸板どついてやれば、柄にもなく照れた真屋が手の中の鍵を鬼丸くんに押し付けた。

「あー……なら、これは今日から鬼丸に渡せばよくね?」
「おー、真屋グッジョブ」
「へ? 俺、っすか?」
「お前はまだ飛鳥ほど選手として買われてないらしいからな?
 せいぜい頑張って、卒業までに今の飛鳥を追い抜けるようになれってこと」
「ふふ、それはいい考えだな」
「が、頑張りますっ!」

個人的なモチベーションであれ、鬼丸くんが強くなるのは葉蔭のためになる。
今年のインターハイでは悔しい思いをしたけど、選手権と――私たちが卒業してからの夏と冬。
私たちの学年から受け継いで、きっと鬼丸くんが率いる葉蔭の、強い姿を楽しみにしているから。
それを待っていたら、きっと一年半なんてあっという間なのだ。




Route2 - 鬼丸ver Fin.




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