ランチタイム・パピィとその飼い主。/葉蔭
【注】本作はあくまでも『葉蔭夢』です。
飛鳥さんと鬼丸くんに分岐しますが、どっちを選んでも、もう片方も目立ちます。
真屋さんと白鳥さんも込みで『葉蔭夢』なので、二人の存在感も大きいです(笑)。
男子高校生、それも体育会系ともなればその胃袋は底無しだ。
どう考えても体の容積に見合わない量の食べ物が小刻みに消えていく。
女の子もデザート専用の胃袋を持っていることが往々にしてあるけど、男の子は胃にブラックホールを飼っているとしか思えない。
そういうワケで、私は大体二食分のお弁当を作ることにしている。
鶏そぼろと炒り卵とグリーンピースの彩りご飯なんて一人分も二人分も作る手間は変わらない。
翌日のお弁当に詰めるのを見込だ煮物だって、実際は夜に食べる方が多いから一人分多めにくすねても判らない。
から揚げも卵焼きも以下同文。
そうして出来上がった二つ目のお弁当は、成長期真っ最中の可愛い後輩に召し上げられる。
「いっぱい食べて大きくなぁれー?」
「あざーっす! いただきます!」
あぁ可愛い。
まだまだ私より低い位置にある頭を撫でたい衝動に駆られるけど、人前だし我慢我慢。
「……鬼丸、別に小さくねぇよな?」
「実際鬼丸の方が小さいから縮尺が狂って見えるが、楠木がデカいんだよな、多分」
「飛鳥が並ぶの嫌がるから直に目撃した事はないんだが、アイツと変わらないんだろ?」
「そりゃデケーわ」
「お黙りそこのエース候補二人」
「……あやの、それはさすがに容赦無さすぎね?」
「君たちが飛鳥からエース奪えば良いだけでしょ」
人のコンプレックスにずかずか踏み込んでくる白鳥と真屋には暴言をお見舞いする。
『候補』。うん。この場合それは本気半分からかい半分だけど。
引退までに彼らが飛鳥からその称号を奪えるかどうか、ずっと楽しみにしているのだ。
それが出来るくらい強くなってれば、チーム力も底上げされて、選手権制覇も見えてくるから。
それにしたって黙って聞いてればコイツら、花も恥じらう乙女をデカいのなんのと。
確かに春の測定の結果を伝えた後から飛鳥が微妙に距離取るようになったけど、私だって好きでこんなにデカいワケじゃない!
ひきかえ、鬼丸くんはつくづく可愛い。
きちんとお手々を合わせていただきますが出来る辺りに、品の良さも感じる。
十六歳で既にサムライブルーを着ているのだから将来有望間違いなし。
礼儀正しくて可愛いし品も良いし顔も良いし選手としても有望株となれば可愛がり甲斐があるというものだ。
今の内にサイン貰っていい? と聞いたら頬染めてたのも可愛かった。
「俺が十八になったらサインよりもっと良いものあげますよ」って言われたから結局断念したんだけど。
鬼丸くんが十八になるのって私が卒業してから一年以上経ってる頃だし、多分リップサービス。
だろうとは思っても、無下に断らない辺りの紳士さも好感だ。
そんな可愛い後輩(と、一年から一緒の腐れ縁共)とお弁当を食べる至福の時間に、欠かせないもう一人の役者が登場した。
「遅くなってすまない」
「おー、飛鳥。日直だったんだろ? おつかれサン」
その声を聞いた途端、鬼丸くんの頭にピンと耳が生える。
それから千切れんばかりに振られているしっぽ。もちろん物の喩えなんだけど。
あぁ可愛い。元々可愛いけど、なお可愛い。飛鳥の前では完全にワンコだ。
正直これが見たくて彼らと昼食とってる気がする。午後からの活力ですごちそうさま。
そんな私の内心はおそらく知らないだろうけど。むしろ知らないままで居て下さい。
むぐむぐこくんっ、とお行儀よく口の中のものを飲みこんでから飛鳥に挨拶する鬼丸くん。
「ちっす飛鳥さん! 日直お疲れ様っすー。……あれ、じゃあ今日は部活遅れてくるんですか?」
「ん、隣座るぞ――いや、その心配はない。
昼までの仕事を俺が片付ける代わりに、午後からは全部楠木が引き受けてくれる」
「そゆこと。飛鳥が居ないと何となく引き締まんないでしょ、君たち」
そんな気遣いもマネージャーの仕事の内、とは言わないけど。
彼らに飛鳥が必要なのは間違いないから、日直如きに飛鳥の貴重な放課後を割かせたくもない。
代わりに私が少々遅刻するけれど、こちとら大所帯の葉蔭学院サッカー部を支えるマネージャー陣。
一人欠けたくらいで支障が出るほどヤワじゃないのだ。
「にしても……鬼丸の弁当、楠木の作ったヤツだよな? 毎日よくやるねぇお前」
「毎日、って言うけど、自分の分も毎日作るんだから、手間一緒じゃない」
黒酢あんかけの唐揚げ旨そうだな、と呟く白鳥に自分の弁当箱から一個摘まんで放り込んでやる。
もごもごと口を動かしながら「今度俺も作ってみるわ」と呟く彼に味見させてくれる約束を取り付けた。
向かいからこっそり箸を伸ばそうとしていた飛鳥を牽制するのも忘れない。
「白鳥は良くて俺はダメなのか? というかそもそも鬼丸ズルい、俺も欲しい」
「白鳥は食べたらレシピ分かるからお返しが期待できるもん。で、手間は変わらないけど三人分は材料費的な意味で厳しいわ」
「う……確かに俺には真似できないけどな」
表情には出ないが確かに落胆する飛鳥。
おろおろする鬼丸くんに「心配しなくて良いよ」と苦笑して飛鳥に卵焼きを差し出す。
かぷ、と噛り付いて目元を和らげる姿はとてもピッチの上で魅せるカリスマの持ち主とは思えない。
尤もその落差は彼ら皆が持っていて、そこを気に入ってるから選手とマネージャーという枠組み以外でも仲良くしているのだけれど。
卵焼きを食べ終わった飛鳥が、不意に「あぁ、だったら」と呟いた。
「材料費はちゃんと出すから、俺にも毎日作ってくれないか?」
「いや、そのお金はどこから出るわけ」
「んー……契約金?」
「それって、卒業してからの話になるじゃない」
「そうだな」
「卒業してから、私に毎日飛鳥の昼ご飯作れと?」
「あぁ」
待て、飛鳥。それって。
うわぁ、て顔で真屋たちも見てるし。そりゃそーだ。
学校の屋上で昼食つつきながら言う台詞じゃない。
会話の流れとしては合ってても、何かが決定的に間違ってるでしょ飛鳥。
そんなこと気にしない辺り、気遣い出来るように見えて意外と俺様だ。
俺様って言うか皇帝様?
「……考えとく」
「楽しみにしてる。それまでは、羨ましいけど、鬼丸に独占させてもいいさ」
「ちょっ、『させてもいい』って何スか!」
俺だって楠木先輩に、俺が卒業した後の約束取り付けてるんですからね! と慌てて主張する鬼丸くんと飛鳥の間に火花が飛ぶ。
「それ、本当なのか楠木」
「え、」
卒業した後の約束って、あれのことだろうか? サインねだった時の。
「あー、うん。今の内にと思ってサインねだったら、もっと良い物くれるっていうから待つことにしてるけど」
「なっ……楠木、俺ならあと一年半も待たせずに渡してやれる。だから鬼丸との約束は無かったことにしろ!?」
「……白鳥ー、真屋ー。飛鳥の言ってること翻訳して」
鬼丸くんが言った『もっと良い物』の中身が私には分からなかったのに、飛鳥には分かるみたいだし。
だけどそれを鬼丸くんから貰うなって言ってるみたいだけど、だからそれが何か分からないし。
飛鳥も同じ物くれるつもりみたいだけど、私を置いてけぼりにして話を進めるなと言いたい。
なのに白鳥はSOSを出した私にため息をつき、真屋は飛鳥と鬼丸くんに「頑張れ」と遠い眼をした。
「何その反応」
「お前こそ何でそんなに鈍いんだよ……飛鳥も鬼丸も可哀想に」
「えっ、待って真屋、私そんなに悪いことしたみたいな……白鳥も同意見?」
「ていうかこの流れで分からない理由が分からないよ? あやの、少女マンガとか読まないのか?」
「私の愛読書は週マガだけど」
「俺が悪かった。でも多分教養の範囲かな……一応さ、飛鳥、今お前に告白したわけじゃん?」
確認を取るように首を傾げる白鳥。
可愛いから止めてと言いたいけど、茶化していいシーンじゃない気がするから黙る。
あと飛鳥、実際云ったのは事実なんだから噎せないの。これもツッコまないけど。
「うん。色々順番間違ってるし色気もムードもない健全な会話の中のアレをそう呼んでいいのならね」
昼ご飯だけじゃなくて朝ご飯も晩ご飯も作ってくれって解釈で合ってるなら、いっそプロポーズと呼んでいい。
飛鳥らしいっちゃ飛鳥らしいけど、大変古風な『毎朝俺の味噌汁を作ってくれ』ってやつだよね。
「順番なんて気にしてる場合じゃなかった、実にすまない」
「湘南の皇帝でも焦る事ってあるんだ。貴重な体験したわー」
「ある意味お前等らしくて良いんじゃね? ともかく、それが前提で。
告白……つーかもうプロポーズ? した後に男が女に渡したいものなんて一つじゃん。さすがにあやのも解るだろ」
……あぁ、そういうアレか!
懇切丁寧に説明されて、ここでやっと繋がった。
鬼丸くんが渡そうとした『サインよりもっと良い物』って、そういうことか――ん?
「あれ? じゃあ鬼丸くんも、ひょっとしてそのつもりだった?」
「ひょっとしなくてもそうッス。俺もムード無くて申し訳ないッスけど……楠木先輩が好きです」
「あー……そう来たかぁ……」
ランチタイムに潤いと活力を提供してくれる可愛い子犬ちゃん、のつもりでいた後輩。
そんな彼から、まさかの事実を突き付けられて思わず目を逸らした。
あまりの衝撃にご飯という気分でもなくて、咄嗟に返事も浮かばないのでとりあえずお弁当の蓋を閉める。現実逃避。
助けを求めるように飛鳥の方を見るけど、恐ろしく真剣な顔で私が何と返事するのか待っていた。
そうだ、飛鳥からのプロポーズも保留してるんだったよね私。
本気でどうしたらいいのかなコレ。
あと真屋と白鳥が困ってる気がしてならない。色々ごめん。
なんだか突然こんなシーンに居合わせて、居た堪れないんじゃないだろうか。
あ、でも口振りから察するに二人とも飛鳥の気持ちは知ってた。鬼丸くんの方もかな。
じゃあ知らなかったのって私だけ? それはそれで、うわー。
そんな二人の前で白鳥に箸で直接唐揚げ食べさせたよね私。
いつもの光景とは言え、色々拙くないか拙いですね。主に白鳥の立場が。
どうせなら真屋も巻き込めば良かった……じゃなくて。
ホントこれ、二人に何て声掛けたらいい?
その前に私は――二人をどう思ってる……?
>>choice!
1.俺様だけど、断る気になれないくらいには、飛鳥が好き。
2.一年半待っても良い、鬼丸くんが気になる。
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