片恋への招待状



 あの穏やかな笑顔、慎ましやかで優しかった姉。自分と同じ長い黒髪が風になびいて、柔らかな声で自分の名を優しく呼んでいた姉。暴力が嫌いで弱者へのいたわりに満ちていた姉は、戦闘用のモンスターを作る行為に、どれだけ心を痛めたか…──。



「セラ〜、何してんの?」

「…貴様、街の中までつるまないという冒険者の暗黙のルールを知らないのか?」

「知ってるわよ?街中で自分の知った顔が、1人酒場で仏頂面してんのに無視するのは、人間としてどうよ、って思って声かけただけよ。」

ワインボトルを片手に、酒の匂いをさせ話しかけてきたのは、リムローズだった。これ見よがしにはだけた胸元、惜し気もなくスリットから太股をさらし、彼女は、その辺の酒場の女以上の色気と美貌を備えていた。

「ねぇ、一緒に飲もう?」

「…断る。」

「えー、なんでよ?」

「俺は、考え事をしている。騒がしいのは、ごめんだ。」

「あっそ。せっかくエンシャントにきたし、ここならウルサイ兄さんの目もないから思い切り飲めるのにぃ。じゃ、私も勝手に飲んでよっと。気が向いたら、声かけてよ?」

言うだけ言って、彼女はセラの座るカウンターを離れテーブルの方へ移動した。やがて吟遊詩人のリルビーが曲を奏でれば、彼女は旅先で覚えたダンスを踊る。貴族の肩書を持つくせに、上品とは言えない男を煽るような踊りを踊る彼女。あっという間に彼女の周りには人が集まり、一緒に踊りだす数人の男たちも現れ、笑いと手拍子が店内に響いた。



あいつは、いつもこうだな。



歳若く、少女といっても差し支えないくらいの年齢である彼女だが、酒が好きで、男好きで、退屈が嫌いで…――姉とは比べようのない下品な性格だ。穏やかに微笑む事など、見たことが無い。いつも強気な態度か、いい加減な調子で小悪魔のような笑みを浮かべている。自分の名を呼ぶ時も、間延びしたような声を出す。人の事などお構いなしで腕を組んできたり…――。



「何だと!?もういっぺん言って見やがれ!!」

「?」

急に店内に怒声が響く。見れば、リムローズと一人の男がもめているらしい。

「くだらない男に用は無いの。何回でも言ってあげるわよ??」

クスクスと彼女は笑う。それを見て、もともと紅い顔をさらに紅潮させた酔っ払いの男は、肩を震わせ今にも殴りかかる勢いだ。

「このっ、小娘が調子に乗りやがって!」

「その小娘相手にエロい事考えたのは、アンタじゃない?いいわよ、私より強ければ抱かれてあげる。殺すくらいの勢いで、力ずくで襲ってみる?クスクス。」

「上等じゃねえかっ!!」

男は、幅広の剣を腰から引き抜き振り上げる。給仕の娘が悲鳴を上げ、剣の切っ先はランプの明かりを反射しキラリと鋭く光る。その太い腕が振り下ろされようとした時、その手を後ろから掴んだ者がいた。セラだ。

「てめえ、離せ!!」

「やめろ。」

「なんだ、この小娘の連れかぁ?!邪魔するなら、まとめて叩き斬るぞ!!」

「その剣を振り下ろせば、貴様は死ぬぞ。」

「なんだと?!…っ、うそだろ?」

男の心臓には、既にリムローズの短剣がつきつけられていた。

「リムローズ、いい加減にしろ。」

「?!リムローズって、まさか竜殺しの…へへ、今日の事は、忘れてくれ!!じゃ、じゃあな!」

「…なによ、殺すつもりでかかって来いって言ってるんだから、殺される覚悟、してたんじゃないの?つまんない。」

素早く引き抜いていた二振りの短剣を腰に収め、テーブルに残されていたワインボトルに口をつけ中身を飲み干す。

「ごめんね、マスター。ふざけすぎた。これ、多めに置いてくからとっといて。セラ、行こう〜。」

有無を言わさず、セラと腕を組み店を出るリムローズ。

「ね、ついでだからさ、ちょっと付き合ってよ。」

「何処にいくつもりだ?」

「港。」

何を考えているのか、こんな夜中にあんな場所に何の用があると言うのか。



「つまんないよね〜。竜殺しなんて呼ばれ方、色気の欠片もないじゃない?こんな可愛い美少女につける呼び名じゃないわよね。」

「貴様にはちょうどいいくらいだろ。」

「えぇ〜。だって、セラは“月光のセラ”とか呼ばれちゃって、カッコいいからそんな事が言えるのよ。だいいち、私一人で竜を殺した訳じゃないのに、なんで私だけが“竜殺し”なのよ。理不尽よ。ノーブル伯で十分だったのに。」

口を尖らせ、拗ねたようにそう言った。夜風が、彼女の蒼い髪を撫でた。

「ああ、ここよ、ここ。着いた、着いたっと。」

そこは、何もないライラネート神殿へ続く道途中、灯台を望む高台の端だった。柵にもたれて、彼女は海の彼方を見つめた。

「この海の向こうが、ロストール。あっち側がリベルダム。ねえ、今度はエルズにでも船旅に出ようか?ゆっくりクルージングを楽しむってのも、オシャレじゃない。」

「お前が乗れば、いい用心棒がわりだろ。モンスターの相手をさせられて、ゆっくりなんて出来る筈が無い。」

「そうなのよね、何処に行っても“竜殺し”。…たまにはさ、きゃーとか言って、素敵な男に守ってもらうとか、そんな展開ないかな。皆、普通に食事楽しんだり船旅満喫してるのに、不公平よねぇ。誰も知らない海の向こうに行けたなら、私もいたいけな一人の美少女として、扱ってもらえるかしら?」

「……。」

セラは、どう答えていいか言葉が見つからず無言でいた。その横顔が、とても淋しそうに見えたから…――軽い調子の言葉はいつもどうりで、視線を自分の方へ移した彼女は、右のポケットから何かを取り出した。

「あのさ、何が喜ぶかなって色々考えたんだけど、あんまり気の利いたもの思いつかなくてさ。」

「?」

「手づくりのモノも作れるほど器用じゃないし、だから、セラの喜びそうなものって考えて、これにしたんだけど。」
そう言って差し出したのは、青いリボンがかけられた小さな小箱。

「誕生日、おめでとう。セラ。」

「誕生日…。」

「なによ、自分の誕生日も忘れてた?あのね、ライラネート神殿で祝福してもらったお守りなのよ。大切な人と幸せになれるようにって。セラ、いつもお姉さんの事考えてるでしょ?早く、助けてあげれるようにって思って。もちろん、神頼みしなくたって私が何とかしてあげるけど。」

照れたように笑うリムローズ。

「来年は、私なんかじゃなくお姉さんに祝ってもらわなきゃね。」

「…ありがとう。」

「うん。…あ、ここ良い景色でしょ?気に入ってるのよ。夜は静かだし、潮風が気持ちいいのよね。」

そう言いながら目を細めた彼女は、穏やかな微笑みを浮かべていた。





宿の部屋に戻り箱を開けると、中にはローズクオーツを紐で結んだお守りが入っていた。自分からトラブルを起こす事も少なくなく、目を離せない彼女。気づけば、思わずあれこれ世話を焼いている自分。身勝手かとを持えば、仲間の事をよく理解している。素直じゃないが、誰よりも優しい…――似て非なる存在だ。 セラは、頭を振った。アレに惹かれても、ろくな事にはならないだろう。

「馬鹿な考えだ。」

ベッドに身体を預けたセラ。夜は、静かにふけていく。





 奔放で妖艶、蠱惑的だけれど決して媚びない強さを持ったリムローズ嬢は非常に魅力的な少女です。
 しかし、そんな彼女の最大の魅力は、その強さゆえに弱くはなれない、密やかな寂寥にあるのだと思います。
 気ままで小悪魔的な、明るく好戦的な、彼女の一面もまた、真実なのでしょうが、仲間を思い遣り、柔らかく微笑むことのできる彼女もまた、真実なのでしょう。
 その両面を知り、自覚しつつも芽生え始めている感情から目を逸らそうとしているセラ。
 月が地球の引力に抗えないように、引かれても惹かれても、ひとつになることはない関係が、タイトルからそっと偲ばれて、なにとも甘く切ない気分になりますね。

 steraさん、素敵な作品をありがとうございました!




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