【よろしい、ならば決闘だ】
「セラ、勝負よ!」
事は少女のその一言から始まった。
場所は見事復興を果たしたミイス村。少女…アルディールとセラは、その日ゆっくりとロイの妻でありセラの姉であるシェスター手製の昼食を楽しんでいた。 柔らかく焼かれた白パンに甘くとろとろに煮込まれた風桜の実のジャムをたっぷり塗った物にかじり付くアルディールにシェスターはふと思い付いたように尋ねた。
「あなたたちは旅の間、食事はどうしているのかしら?」
シェスターはその一言が後の騒ぎを起こす原因になろうとは露程にも思っていなかったろう。 シェスター以外の三人がびしりと石化したように動きを止めた。 その中でもいち早く石化から復活したのは彼女の夫のロイであった。
「あー…、シェスター…ミイスが焼かれる前までうちは神官の家で…食事を作ったり掃除をしたりするメイドみたいな存在が居てだな…それにアルディールは神器の守り手として武術に日々励んでいて……」
しどろもどろになりながらも何とか言葉を紡ごうとしたロイを遮るように次に石化から復活したセラが言う。
「アルディールに料理は出来ん。壊滅的にな」 「なっ、ちょ、セラ…!物には言い方という物があるだろう…!」 「宿に泊まれる時には宿の食事を取っている。だが、街道で宿営する時は殆ど俺や他の者が食事を用意していた。何にせよ…」
そしてセラは何の気もなくアルディールにとっての禁句を再び言い放ったのである。
「こいつの用意した食事は食べられたものではなかったからな。」
ロイが恐る恐る妹の方へ視線を遣ると、アルディールは俯き表情が窺えないながらも、その手は力が籠もり血管が浮いてぶるぶると震えている所から、セラが思い切り無遠慮にアルディールの逆鱗に触れた事は一目瞭然であった。
「あ…アルディール…?」
ロイの声に反応してガバッと顔を上げたその顔は正に竜殺しの顔そのもので、セラ以外の二人は思わず体を半分引いてしまう。
「そう言うセラはどうなのよ……!」
アルディールの声は怒りで震えており、ギラつく瞳はひたとセラを捉えていた。 しかしセラは意に介した様子もなくサラリと言い返す。
「少なくとも人間の食べ物は用意しているつもりだ」 「あんな…あんな、ぶつ切りにして鍋に入れて塩コショウで適当に煮込んだのなんて料理とは認めないわよ…!」 「食べられれば支障あるまい」 「〜ッ!!いいわ!そこまで言うなら…」
そこで冒頭の台詞に戻る事になる。
「セラ、勝負よ!」
妹への愛故か、ただ単に事態を面白がってか、ロイがエンシャントまで出向いて古今東西の食材を買い集めて来たせいで、突如として始まったセラ対アルディールの料理対決も本格的な様相を呈してきた。
「時間は一時間、一人一品用意して。兄様とシェスターさんが審査員よ!」 「…下らん。やるまでもなかろう」 「言ったわね…せいぜい後で私にひれ伏した時の台詞でも考えておくといいわ…!」 「お前こそ無駄にした食材への詫びを考えておくんだな」 「くッ…じゃあ、始めるわ!!」
かくして料理対決開始のゴングが鳴らされ、セラとアルディールはそれぞれ食材に向かうのだった。
「ロイ、いくら妹の腕前が悲惨だからと言って手伝うな。勝負にならん」 「い、いやっ、決して悲惨などとは…」 「……兄様は手出ししないで!私が一人でやるわ!」
セラは多少危なっかしい手つきではあるものの、大イカを捌き、一口大に切ってフライパンで炒め、塩コショウに少しのハーブを混ぜて味と香りを付ける。これで茹でてあるパスタと和えれば普通の食事にはなるだろう。 一方アルディールは危なっかしいなんて生易しい言葉では形容しきれない程のある意味芸術的な手つきで食材を何かの残骸へと変貌させ、先程からグツグツと煮えている鍋の中からは鼻の曲がるような酷い匂いがしている。これを食べさせられるのかと思うと、ロイとシェスターの胃はキリリと痛んだ。
「…で、出来たわ…!」 「……ふん」
食べるまでもなかった。二人の料理は見た目だけで勝敗は明らかである。 大イカのパスタハーブ風味と何だか良く分からないけれど食べてはいけない物と。
「…ごめんよアルディール…兄さん、これはちょっと食べられない…」 「…わ、私もちょっと…」
笑顔で辞する二人を見て勝利の笑みを浮かべるセラと敗北にくずおれるアルディール。
「み、見た目が悪くても味で…!」
パクリと一口自分の料理を食べる少女。
「うぅっ…!!」
…口元を押さえてうずくまるのは当たり前の反応だった。
「…ほら、水だ。飲め」 「う、うー」
コップに水を取ってアルディールに飲ませるセラ。 ついでに口直しにと、自分の作ったパスタを口に入れてやった。
「…おいしい…うー…セラの馬鹿…なんで何でも出来ちゃうのよ…」 「俺だって何でも出来るわけじゃない」 「でも、私より何でも上手く出来るわ…」
セラはぐすんと鼻を鳴らすアルディールの肩をぽんと叩く。そして、やれやれと言った感じで頭を撫でた。
「出来なくても嫌いになったりはしない」 「う…セラぁ…」
珍しく優しいセラに思わずぎゅうっと抱き付く。
「セラ、セラ、料理が出来なくても嫌いにならないで」 「ああ」 「お掃除やお裁縫が苦手でも嫌いにならないで」 「…ああ」 「こんな私でもお嫁さんにしてくれる?」 「ああ。…は?」
よしよしと少女の頭を撫でていたセラの動きがピタッと止まった。 ロイが笑顔のまま顔色を変え、ついでに愛刀・日光をスラリと抜いている。 その笑顔はまるで「妹を袖にしたら許さない」とでも言いたげな恐ろしい笑顔であった。
「私、苦手でも練習するから…ね?」 「あ…ああ…」 「新しい弟を歓迎するよ、セラ」 「まぁ…良かった。姉さん安心したわ」 「………」
こうして料理対決騒動は思わぬ形での終末を見るのであった。
END
図々しくおねだりしたら本当に書いて戴けちゃいました! ヤッタネ! 前回の真剣勝負とはまた違う真剣勝負、ある意味とても大事な真剣勝負。 わたくし、しっかりと笑わせて戴きました。 「何だか良く分からないけれど食べてはいけない物」の一文の持つさり気ない恐怖と破壊力ったらありません。 そしてちゃっかりエンゲージな下りにはもうにやけるしか。 教訓:人の話はよく聴いてから返事をしましょう。 …よく聴いたところでぎらつく日光の前での回答は一つしか有り得ないでしょうが、ね。
コガさん、素敵な作品をありがとうございました!
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