**.恋せよ 花舞え.**
ジリリリリ
けたたましくなる警報を煩わしそうにウィッシュは眉をひそめた。
「出撃だ!全員直ちに出撃準備を整えろ!」
「「イエス、サー!」」
曹長の言葉を皮切りに各々の準備をし始める野郎共。
その慌しい喧騒の中一人ゆっくりと静かに腰を上げて身一つで外に出たのはこの軍隊でも珍しい女性だ。
かくいうウィッシュも、喧騒の中歩いていく女性の背中をじっと見詰めていたら、それに気付いた兵士に怒鳴られる。
怒鳴られてもなおゆったりとした動作で気だるそうに椅子から身を起こした。
「ウィッシュ中尉!さっさと支度してください!」
「へいへーい。」
気のない返事をして、ウィッシュは彼女同様身一つでその扉をくぐった。
「ここボーダムの近辺でモンスターが市民を襲ったとの通報があった!モンスターの撃退、及び市民の安全確保を第一とし、各自任務を全うせよ!以上!」
「了解。」
「了解。」
「りょーかい。」
返事をするや否や身を翻して走り出した軍人達。一番トップを走るのはボーダム治安部隊の紅一点、ライトニングと名乗る女性だ。
そしてその差が然程ないほど互角に走っているのが、否手加減しているのだろうかあまり息切れた様子のないウィッシュが続く。
そして大分離されたところでその他の軍人たちが彼らに追いつこうと必死に足を動かしていた。
「ウィッシュ。」
「はいよ、貸しは高いぜ?」
「つけておけ。」
ライトニングは軍から支給されたブレイズエッジを、ウィッシュは自己開発をしたプレスターを構えて前方にモンスターと人の影を視界に捉えた瞬間ライトニングはウィッシュの名を呼ぶ。
それは、小さな声だったが大きな要求だった。
グン、とウィッシュのスピードが加速する。
あっという間にライトニングを抜かしてちょうど標的とライトニングの3分の1程度の距離で足を止めてプレスターを構える。
「おいで、ライトニング。」
満面の笑みでライトニングを迎え入れるウィッシュ、その言葉は猛烈に甘さを含んで。
もしこの場にいたのがライトニングではなく他の誰かだったら、それは男女問わずに頬を染めていただろう。
だが普段でも強固なる頬筋を持つライトニングはそんな甘い台詞にもああ、とだけ返した。
まるで角砂糖沢山入れたにも関わらずブラックコーヒーのようなミスマッチ、摩訶不思議、矛盾を孕んでいる回答だった。
助走をつけてプレスターに足をかけたライトニングを、ウィッシュは思い切り振りかぶる。
走る速度よりも更に早く上空に飛んだライトニングの落下地点はモンスターと人影の丁度間。
ナイスコントロール、俺。なんて自画自賛を送るウィッシュもまた全速力でライトニングを追った。
「ライトニング、お待たせ!」
「遅い。」
「これでも全速力で来たさ。」
憎まれ口を叩いては叩かれての問答を繰り返しながら怯える女性と子供を庇う。
ベヒーモスの形をしたモンスターと対峙しているライトニングのブレイズエッジをベヒーモスに向けて構えたその背中へウィッシュの背中が触れる。
「おい!」
ふと後ろから聞こえてきた男の声に思わず振り返ってしまったライトニング。
一人向かったウィッシュはベヒーモスの鋭い爪をするりと交わしてプレスターでその行儀の悪さを叱るように叩きつける。
振り返ったライトニングは身を震わせる女性と子供に屈んでいる男を凝視する。
そう、この男をライトニングは知っていた。
「…お前。」
「もう大丈夫だ、俺が守ってやるからな。ヒーロー参上だ!」
からりと笑って見せた男に女性も子供も小さく頷いた。
2人を安全な場所まで下がらせると、男はライトニングの隣にお構い無しに立った。
「何しに来た。」
「俺達“ノラ”も手伝うぜ!」
「邪魔だ、とっとと帰れ。」
「俺達は“ヒーロー”だからな、そう簡単に引き下がれねぇのさ。」
何がヒーローだ、と口の中でごちて眉間にしわを増やすライトニングを知ってか知らずか男はなおも下がろうとはしなかった。
「貴様らには関係な」
「スノウ、だ。この間名乗っただろ?」
ちらりと一瞥したスノウにライトニングはもう知らないとばかりに、長い尻尾を振り回してくるベヒーモスをプレスターで受け止めたウィッシュの元へ駆け出した。
その行動を了ととったスノウも強烈なパンチでベヒーモスを殴りつける。
「君は?!」
「自警団“ノラ”のリーダー、スノウだ!」
「……ウィッシュだ。」
簡潔な自己紹介。
この場にそぐわないが視線の先には同じモンスターを捕らえて放さない。
ウィッシュ達警備軍は、治安部隊でもある。
言わば警備軍は警察の役割をも果たしているのだ。
軍隊には2種類部隊があり、公安情報司令部(Public Security and Intelligence Command。通称PSICOM―サイコム―)と警備軍と大きく分けられている。
警備軍と一口で言っても地方の警察みたいなものであるから地方によってその部隊が異なる。
ウィッシュとライトニングは警備軍の中でも臨海都市ボーダムを治安するボーダム治安連隊に所属しているのだ。
ボーダムの地は比較的安泰である。こうしてモンスターとの戦闘は、ボーダムでは珍しい。
ボーダムでは、とは彼らが他の地でも戦闘を繰り広げているから言える事である。
ボーダムはそうであっても、その他のところで手が回らないところはボーダム治安連隊がたとえ辺境の地でも出向いて協力をする。
警備軍同士でのこの連隊は、いかに市民が安らかに過ごし、平和をかみ締めているかでよくわかるだろう。
ボーダムに住む人間なら誰でも聞いたことがあるはずだ。
自警団“ノラ”
軍隊に頼らず、自らをヒーローと称する集まりだ。
勿論、その活動はウィッシュも耳にしていたが、あえて注意する必要もないだろうとこれまで放置していた。
「ふぅ、やれやれだな。」
垂れてきた汗を拭ってスノウは倒したベヒーモスを一瞥し、すぐさま後ろに控えさせていた女性と子供の所まで歩みを進める。
「ほら、もう大丈夫だ。家に帰ろう。」
「あり、ありがとうございます。」
「怪我がなくて何よりだ!さ、早く行きな。」
子供を抱き上げて走り出す母親は、何度も後ろを振り返りながらお辞儀をしていた。
「ライトニング、後ろが苦戦している。」
「ああ。」
到着が遅いと思われた残りの同僚たちがウィッシュ達の後ろから追いかけていたモンスターを撃退していたのはどちらもその攻撃音で把握していたが、如何せん遅いことが気にかかった。
戦闘後すぐさま姿を消したウィッシュが戻ってくるなりライトニングに耳打ちをした。
モンスターの強さはそこまでではないらしいが、かなりの数であるらしい。
しかしライトニングは目の前のスノウから目を放さなかった。
自警団だかなんだか知らないが、警備軍(自分等)の真似事をして、“ヒーロー”などといった馬鹿げたままごとを気取っているこの目の前の男が心底嫌いだとライトニングは思った。なんて、無責任なのだろうかと。
3つしたの妹、セラを守るために親からの名を捨て、自ら名乗り始めた“電光”。
軍に入って早数年、日々辛いと思った訓練を当たり前と感じ、強くなるために、守りたいもののために鍛えてきた。
軍に認めてもらえることは、ライトニングが唯一強くなったと感じる瞬間でもあった。
「あ、おいライトニング?!」
「気安く、私の名前を呼ぶな。」
先に走り出したウィッシュを追いかけるべくライトニングはスノウの横を通り過ぎれば、スノウの慌てた声と被せるように放った言葉と眼光。
弱いモンスターを倒したくらいでいい気になって、ヒーローを気取って、守ると簡単に口にするこのこの男をライトニングは無責任ゆえに嫌った。