その手に握るのはセイブザクィーン、女王を守る騎士の剣。
構えるのはまだどこか幼さの残る少年で、しかしその両目はどこまでも真っ直ぐ前方に立つ敵を見据えている。その横に並び立ち、王女は浮き立つ心を抑えきれなかった。相変わらず眉間には皺が寄り、不機嫌そうに歪むその表情の下で、アーシェは気を抜けば今にも喜びに口角を持ち上げてしまいそうな己を叱咤した。
でもこれが喜ばずにいられるかしら。だって今にも快哉を叫んでしまいそうなのよ。王女は、アーシェは考える。この今隣に立つ少年は、私の一の臣。誰よりも強く、誰よりも速く、誰にも負けない、私の玉座を支える騎士。
だって想像できたかしら? この子供がこんな風に成長するだなんて。いいえ、私だけは分かっていた。私の隣に立つに相応しいその魂を、私は見抜いていた。
全てを教えたわ。それこそ歩き方からレディの手の取り方まで。私が育てた、私の騎士。私の友人。私の空賊。私の民。
私の、仲間。
良く見なさい、並び立つこの姿を。
その細腕に似合わぬ武骨な片手斧を構え、誇りに打ち震えるアーシェはまるで、神代の王のようであった。
アーシェの喜びをただ一人正確に捉え、ヴァンが一歩を踏み出す。護るのでは無い、共に戦うために。





ある日ふと何気ない様子でヴァンが呟いた言葉を聞いたのは、隣で作業をしていたオニオンナイトだけだった。

「あ、そっか」

それだけで終わった呟きを、ただの独り言だろうと考えたオニオンナイトは、追求することもしなかった。ただ、おもむろに荷物を漁り、剣を取り出すヴァンを見ていた。
取り出したのは、ヴァンが持つには少々大きいように思える両手剣。それも、今まで使っていたものより僅かだが威力が劣る。だがヴァンは妙に納得したようにその剣を陽に翳して頷いていたので、オニオンナイトはやはり何も言わないでおいた。ヴァンとて秩序の戦士であるし、ヴァン以上に多種多様な武器の扱いに長けた者はいない。なにがしかの意味があるのだろうと、そう思っただけだった。
瀟洒な装飾を施されたその剣は光りを反射し、大振りな両手剣だというのに優雅ささえ感じさせた。

作業を終え秩序の聖域に戻ると、ヴァンは報告もそこそこに何処かへ向かう。いつもならラグナかバッツ、またはジタンがいる所に向かうのだが、今日は違った。その足の向く先には、女性陣が集まり楽しげに会話しているベンチがある。
意外な行動に皆がじっと見つめる中、ベンチの横に立ったヴァンはたった一人を見つめ、その名前を口にした。

「アーシェ」

それに驚いたのは見守っていた仲間達である。ヴァンは進んで女性陣に関わる方では無かったし、話し掛けるとしてもユウナやティファといった人当たりの良い者達であることが多かった。それが一二を争うほど気難しいアーシェの名を呼ぶとは、余程のことでもあったのだろうか。
しかし当のアーシェはと言えば、ヴァンの携えた剣を視界に留めると、頗る満足げに頷いてみせただけだった。その頷きに頷きを返し、ヴァンは踵を返す。今までの空気はどこへやら、全く普段通りにラグナに駆け寄るその姿に、見守っていた全ての者が今のは何なのかと聞けないままだった。

やはり異変はあったのだ、と皆が気付いたのは、その翌朝のことだった。アーシェが眠るテントに、ヴァンが起こしにやってきたのである。
女性陣が使うテントと男性陣が使うテントは明確に分けられており、中でもアーシェは人数の関係でテントを一人で使っていた。そこにヴァンは無遠慮に踏み込み、あろうことか寝ているアーシェを揺り起こしたのである。これには流石に黙っていない者が大勢いた。
しかしレディの寝所に押し入るとは何事か、と憤る者達の前で、最も怒り狂うと思われたアーシェは至って平静のままだった。あまつさえ、当然のように寝癖をヴァンに直され衣服のボタンを止められ、ブーツの紐まで結ばれながら言い放ったのだ。

「何かおかしいかしら?」

きょとんとしたその顔に、文句を言える者がいただろうか。当人たちがそれでいいなら、誰も文句が言えよう筈もない。結局誰もが口を噤み、ヴァンの行為は黙認されることとなった。
食事の席においてもヴァンの態度は変わることなく、それどころか一層甲斐甲斐しくアーシェの世話を焼く。上げ膳据え膳は当然どころか、パンにバターまで塗ってやる始末だ。元よりヴァンは面倒見が良く、女性陣やオニオンナイトのために細細と働いていたが、それにしてもこれは尽くしすぎだった。それをまたアーシェが当然のようにしているものだから、ますます仲間達の疑問は深まるばかりだった。

さてその異変から三日も経った頃。
ようやく皆もヴァンとアーシェの行動に慣れはじめ、パーティを組む際も当然のようにヴァンとアーシェが一緒にされるようになった。何しろヴァンは戦闘中にアーシェと離れることを酷く厭い、また、オールマイティであるが故に少々力に欠けるヴァンと、力押し一本の前衛であるアーシェのバランスが良かったこともあり、この変更はあっさりと認められた。気位の高いアーシェと無神経なヴァンとでは早々に仲違いするに違いないと思われたが、予想に反して上手くやっているらしい。らしい、というのは、未だ誰も二人の戦闘を見たことが無いからである。
何せ二人と行動を共にするということは、四六時中ヴァンが甲斐甲斐しくアーシェの世話を焼く様を間近で見なければいけなくなるということで、当然ながらそんな役割を望む者がいなかった為だ。よって、二人きりでヴァンとアーシェがどのような会話をしているかは、一切不明なままだった。想像ばかりが掻き立てられ、実は恋仲なのではないかと言い出す者まで現れる始末だ。空賊と王女といった二人の経歴がまた、物語のようなロマンスを想像するのを手伝った。
もっともそれをアーシェに言ったならば、これ以上ない冷えきった視線でもって返事をされただろうが。

「ヴァン、これは何かしら?」

今日もまた、当然のようにヴァンは朝からアーシェ顔を洗うための水を汲み、アーシェを起こし、身だしなみを整えてやり、と働いていた。その合間に当番の仕事である昼食の準備をこなすヴァンの姿に、アーシェは何かしら感じるものがあったらしい。
食事の準備や洗濯といった仕事は得意な者が交代でしていたが、アーシェがその当番に加わったことは無い。そもそも王族のアーシェはそういった下働きに馴染みが無いということもあったが、もう一つの大きな理由に、アーシェが数少ない前衛専門の戦士であるということがあった。前衛専門の戦士は秩序の中では少なく、中でもアーシェは魔法や遠距離攻撃の類が一切出来なかったため、自然と最前線に出ずっぱりだった。
怪我の絶えない前衛、ましてやアーシェは王族の、しかも女性である。家事を得意とし後衛に下がることも出来るティファや、やはり魔法も得意とする男性陣ならともかく、これに慣れない家事までしろというのは少々酷だろうと判断されたが故の除外である。当然皆が納得してのことだったが、王族とは得てして好奇心の強いものである。今までは言われるがまま家事には携わってこなかったが、近くにいるヴァンがくるくると働くのを見てお転婆アーシェの血が騒いだのだろう、まだ僅かにはねた髪もそのままに、ヴァンの手元を覗き込んだ。

「ん? ふいごだよ、ほらこうやってさ」
「見たことあるわ。でも形が違うようね」
「構造は一緒」

覗き込みはするが、決して手に取ろうとはしない。そしてヴァンも丁寧に説明はするが、決して手渡そうとはしない。たまたまその様子を見ていたフリオニールは、ヴァンが以前言っていた「役割分担だ」という言葉を思い出した。
ヴァンが言うには、彼らはそれぞれに仕事を持っていて、そこからは決して逸脱しないというのだ。その話を聞いた時初めて、フリオニールはアーシェとヴァンが同じ世界の出身なのだと知った。ヴァンが瀟洒な両手剣を持ち出した時が初めての会話では無かったわけだ。それならば気を許しあった空気も納得できる、そう頷くフリオニールを見もせずに、ヴァンは続けた。自分の役割は、空族見習いである。そしてアーシェの役割は、王である。他にも騎士や空賊、街の少女に空賊の相棒といった者がおり、皆それぞれに自分の役割を全うしていたのだ、と。
それはひとえにアーシェの為であった。必死で王として振る舞おうとする彼女の為に、騎士は常に臣下であろうとしたし、ヴァンとその幼馴染は彼女の国民であろうとし、空賊とその相棒は彼女の大事なものを盗もうとした。ただの茶番だが、大事な仲間のための茶番だ。喜んで演じたさ、とヴァンは微かに笑った。
その後長く旅を続けるうちに、無邪気な国民は王女の友人となり、気障な盗人は頼りがいのある護衛となった。「だからさ、俺はアーシェの友達で、空賊見習いで、アーシェの国民でもあるんだけど、仲間なんだ」そう言ったヴァンの顔は、嬉しそうに緩められていた。
あれも所謂役割の一環なのだろう、とフリオニールは考えた。きっと今の二人は王女とその従者なのだ。王は決して従者の仕事を奪わず、従者は決して王に台所仕事などさせはしない。
はて王族と付き合うのはかくも面倒なものだっただろうか、フリオニールは同じく王族であるセシルを思い浮かべたが、そもそもセシルとフリオニールは生きた世界が違う。同じ世界で生きたヴァンとアーシェとは、比べようも無かった。それにアーシェだってヴァン以外にはあんな態度取らないし、とそこまで考えて、フリオニールは思考を止める。考えてもとうてい理解できるとは思えない。頭を軽く振って、楽しそうにしている二人には声を掛けることなくその場を立ち去った。

竈の調整もひと段落し、ヴァンはふいごを置いて立ち上がる。同じように、隣に座ってヴァンの作業を見守っていたアーシェも立ち上がった。二人同時に伸びをして、鍋の中身を覗き込む。昼食になるはずのスープは、美味しそうにクツクツと煮えていた。

「・・・セロリが入っているわね」
「美肌効果があるんだぞ」
「なら仕方ないわ」

まるで大きな法案でも審議するかのように真面目くさった顔で、アーシェが頷く。それに思わず笑って、ヴァンはアーシェの後頭部に目を止めた。生真面目な顔を作っているくせをして、チョコボのように跳ねている。ヴァンが昼食の当番だと知って、自信満々に「髪くらい自分で整えられるわ」と言い放ったのは誰だったか。ちょいちょいとその跳ねをつついてやれば、違和感からか、怪訝そうにアーシェが振り返った。

「寝ぐせ」
「うそっ」

慌てて抑えるアーシェに、耐えきれなくなったヴァンは声を出して笑った。アーシェはジロリと睨むが、赤面していては怖くもなんともない。近くの椅子を引き寄せると、ヴァンは実に恭しく、彼の尽くすべき女王、クィーン・アーシェの手を取った。その動作は全て、旅の途中で女王自らに仕込まれたものだ。

「お手をどうぞ」
「………」

無言で、しかし当然のようにエスコートされたアーシェが椅子に座る。粗末な椅子が、まるで玉座のようだ。目を細めながら思った感想は、言葉に出されることはなかった。
寝起きでまだぼんやりしている彼女の髪を整えるのは、幼馴染の少女の仕事だった。きっと幼馴染の役割は、王女の親友であった。アーシェの髪を梳きながら、ヴァンは静かに回想する。幼馴染といる時だけは、アーシェも年相応にアクセサリーの話などしながらきゃらきゃらと笑っていたものだ。爪の色だとか、舞台俳優だとか、自分には理解できない話をよくもまぁ何時間も話せるものだ、そう呟いたヴァンを笑って小突いたのは多分空賊だった。
衣服を整えてやるのは彼女の忠実な騎士の役目で、宮廷式の着こなしなど分かる筈もないヴァンはいつも感心してその様子を眺めていた。もっと簡素な服の方が良いのではないか、と進言すれば、威厳があって彼女に似合うでしょう? と空賊の相棒が笑った。確かにそうだ、と納得して、複雑な飾りボタンや刺繍に手を出しては怒られた。
きっとアーシェも同じように思い出しているんだろう。確信はあったが、やはりヴァンは言葉にはしなかった。ヴァンにはヴァンの視点の思い出があるように、アーシェにはアーシェの視点の思い出がある。共有している、しかし決して共有できない大事なものだ。

「西の方にさ、イミテーションが出てるって。飯まで時間あるし今から行こうか」
「ええ。新しく手に入れた片手斧の威力が見たいわ」
「ついでにさ、モーグリのとこも寄ってこう。飛空艇入荷してるかも」
「したとしても、高そうね」
「じゃ、頑張って稼ごうな! よし、直った」
「じゃあ行きましょうか」
「うん」

王でも、民でもない。仲間として並び立ち、二人は同時に一歩を踏み出した。同じ歩幅の一歩にアーシェが一人ほくそ笑んだことを、ヴァンは知らない。



PCサイト開設企画 ネコ様リクエスト





2012/01/21 01:04
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -