「大変だ。スコールがいじめられてるらしい」
「そら大変や」
「なんでヌンチャク構えてんだよ危ねーな置けよ」
「グローブ外してから言いや」
「だってスコール助けなきゃなんねんだもん」
「うちもや」

顔を見合わせ数秒、セルフィとゼルは何を解り合ったのか頷き会うと、無言のまま連れ立って司令室を出て行こうとした。止めたのは、今まさに噂されていたスコールである。

「待て」
「なんだよ、今忙しいんだよ」
「そやで。邪魔せんでや。こうしとる間にもスコール泣いとるかもしれんねんで」
「待て、俺は当事者の筈だろう」

焦りが勝ったのか、スコールの指摘は少々ズレている。否、スコールの発言がズレているのは今に始まった話ではなかった。と、操舵室のニーダは漏れ聞く会話に思った。それにしても、平和だ。
うーん、と唸って、セルフィとゼルがもう一度顔を見合わせる。この二人が付き合えば可愛いのに、とアーヴァインが聞けば泣きそうな事を考えつつ、スコールは取りあえず二人に座るよう促した。
大人しくスコールの執務机の前にずるずると椅子を運んで座った二人は、行儀悪く貧乏揺すりをしながらスコールの言葉を待つ。床についた傷は三人ともが無視をした。後できっとサイファーが怒鳴りながら修復するだろう。丁度そこへ隣の操縦室から入ってきたニーダが、三人の前にマグカップを置いた。入っているのはそれぞれに違う液体だ。砂糖の量も濃さも、完全に各々の好みに合わせてある。何をおいても、平和なのだ。そして平和な時勢において最も暇になるのが、操舵主という職であった。
カップを置くニーダの顔には、幼い弟妹を見るかのような穏やかな笑みが乗っている。内心ではいい暇潰しが見付かったと思っている。

「スコール、いじめられてるんだって?」
「なぜ…」
「ゼルが大騒ぎしながら教えてくれたよ。ま、ごゆっくり」

そう言って、ニーダは振り返ることなく司令室から出ていった。
このガーデンの幹部たちのじゃれあいは非常に可愛らしいが、それは傍観している場合においてのみのことである。巻き込まれると向こう三ヶ月は後悔するほど面倒臭いということを、ニーダはよく知っていた。その身を持って学んだ。だから絡まれる前にさっさと退室した。操舵室という別空間で、三人の遠くから見える可愛さだけを堪能するつもりである。
スコールが正面に座る二人を見遣れば、二人はマグカップに入ったココアとカフェオレをふうふうと冷ましていた。非常に可愛らしい。だが、先ほどの発言を見逃すわけにはいかない。思ったよりも熱かったコーヒーを飲むことを断念し、スコールは口を開いた。

「それで、どういうことだ?」
「へ?」
「俺はいじめられてなどいないんだが」
「あっ!」

俺がいじめられているという情報は、ココアとカフェオレで簡単に忘却の彼方に追いやられる程度のものなのか、とスコールは少しだけ落ち込む。尤も、いじめの事実は一切無いので、忘れられたことはむしろ歓迎すべきであるのだが。
スコールは発言ではなく思考そのものがズレているのだと、今まで指摘した人間はいない。何故なら彼の身近な人間は、皆一様に思考そのものが常人と掛け離れている。ニーダとシュウは何となく察していたが、指摘する気は無かった。巻き込まれたくないので。

「そうだよ、やべぇんだって。スコールいじめられてんだ。これはマジだぜ。だって俺見たんだよ、スコールが泣いてるとこ」
「泣いてたん!?そらあかん、あかんわ〜。うちらが何とかしたらんと!」
「おお!」

手を握り合う二人を眺め、スコールははてと考え込んだ。泣いた記憶など、ここ数年どころか十年以上無い。というか、最後に泣いたのはエルお姉ちゃんと別れた時だ。押しかかったトラウマスイッチをすんでの所で回避して、スコールは尚も考える。ああお姉ちゃん、ガーデンに住めばいいのに!
泣いたことは無いが、泣きそうになったことはある。先日のパーティーでリノアのピンヒールに踏まれた時は、思わず涙ぐんだ。痛すぎた。何故女性は踵に凶器を装備するのだろう。しかしそのパーティーにはゼルはいなかった。
全く心当たりが無い。だが、それ以上に自分の記憶に自信が無い。なにしろバラムガーデンといえば物忘れ、物忘れといえばバラムガーデン。任務に関係無ければ自分の氏名すら忘れると、専らの評判である。ここに記憶に自信のあるものは一人もいない。ちなみに任務の達成率は三つあるガーデンの中で一番高い。任務なら忘れないのだ、任務なら。しかし日常生活となるととんと駄目で、日記帳を開きいざ書こうとしてその日の行動が思い出せない、なんてのはよく聞く話である。
かく言うスコール総司令官殿も、記憶力に関しては一切自信が無かった。可愛い彼女とデートの約束をしている朝は、エスタにいる父の有能な秘書が心配して電話を掛けてくるほどだ。スコールの彼女が世界を終わらせられるほどの力を持っており、彼女の機嫌を損ねないように各国の首脳陣がおおいに気を揉んでいるのは世界的に周知の事実である。十代の恋愛にいい年をした大人たち、しかも権力者たちがあれやこれやと気を回すのは少々滑稽だったが、誰も口にはしなかった。なにせそのカップルの喧嘩は明日の世界滅亡を意味するのだから。ちなみに、父の「有能な秘書」であって、「有能な父」の秘書でないことだけは、スコールは忘れない自信があった。
なので、スコールは正直に打ち明けた。

「ダメだ、俺にはその記憶が無い…」
「記憶を失うくらい辛かったってのか!?」
「そんなんひどすぎや〜」
「ああ、どうやらいじめられた記憶も失ったらしい」

始めは小さかったズレも、修正されないまま突き進めば大きく、そして取り返しがつかなくなるものだ。ましてや三人がかりである。圧巻の一言に尽きるな、とあくまで安全地帯の操舵室からニーダは思った。操舵室と指令室が別れているのは、あの幼なじみ共を隔離するためだと確信している。

「そんな卑劣なヤツになんか負けへんで!」
「任せとけよな、スコール!俺達が絶対助けてやる!」
「ありがとう。ゼル、セルフィ」

泣ける友情物語りを聞きながら、ニーダは考えていた。さて彼らの暴走劇、結末はどうなるやら。

仮説一、サイファーが帰ってきて破壊し尽くされた惨状を見て怒鳴る。
仮説二、キスティスが帰ってきて同じく惨状を見て鞭を振るう。
仮説三、アーヴァインが帰ってきてやはり同じく惨状を見て土下座行脚。
仮説四、夕飯を食べたら忘れた。

四だろうな、とニーダは時計をチラリと見る。
時間からいって、まずは腹ごしらえとなるのは確かだ。そうなれば物忘れの代名詞バラムガーデン、忘れないわけがない。先日ドールで子供たちが「お前また忘れたのかよ!ほんとバラムガーデンだな!」「お前だってこないだ宿題忘れたからバラムガーデンだろ!」と言い合っているのを見た時は、流石のニーダも泣いた。血の涙を流した。その悔しさだけは忘れず日記に書いた。腐ってもボケてても世界を救った英雄が率いる組織だというのに、寄りによって何故そこばかりが広まる。決して誇張でも嘘でもないのがまた涙を誘う。ニーダも例に漏れず自分の日常生活における記憶力には自信がなかった。任務なら、どんな長い資料も一字一句違わず覚えられる自信があるのに。任務なら。
セルフィはバラムガーデン生では無いが、トラビアだしな、似たようなもんだ。だってあそこ皆ぽやっとしてるし。
何とも失礼なことを考えつつ、手元の帰還予定リストを捲る。一番上にある彼らの保護者三の名前に、ニーダは心から良かったな、と声に出して言った。保護者一と保護者二はリストの遥か後方だ。このままでは保護者三が全ての責を負うことになっただろう。
ガルバディア育ちで根は生真面目な狙撃主の胃を、ニーダは何よりも心配している。というより、毎度毎度幼なじみがやらかした諸々を、何の責任も無いのに幼なじみだからという理由で涙目になりながら謝ってまわる彼の胃を心配していない者など、このガーデンにはいないだろう。別に放っといてもいいのに。暫くすれば皆忘れるから。保護者一と二の心配はしていない。彼らが甘やかしたから今の三人があるのだ。自業自得自業自得。

案の定、司令室からは食堂に行こうと騒ぐ声が聞こえる。もう少しすれば仲良く司令室から出てくるだろう。その前に、とニーダは立ち上がり、廊下へ続く扉へ向かった。行き先は彼らと同じ食堂だが、一緒に行く気はさらさら無い。何をおいても、巻き込まれたくない。
今夜の定食に思いを馳せながら、やはり振り返ることなくニーダは操舵室をあとにした。

とにもかくにも、平和だ。





2011/12/12 06:11
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