※ティーダが幼女



物心ついた瞬間の絶望感ったら無かった。何故なら俺はピンクのスカートを履いて、親父のフィギュアとクマのぬいぐるみを持ち、小さな食器を並べておままごとに勤しんでいたのだ。ちなみにフィギュアは五年連続MVP記念の限定品で、プレミアものだ。
混乱なんてもんじゃない。恐慌に近い。こんがらがった頭で辺りを見回していると、クッキーとマグカップの載ったお盆を持った親父が部屋に入ってきた。そしてテーブルにそのおやつを置いた親父は、あろうことか言ったのだ。

「ほらティーダ、おやつだぞ。パパと一緒に食べような〜」

誰だよ!
俺の手からぼとりと、親父のフィギュアが落ちた。念のためもう一度言っておくと、フィギュアは限定生産のプレミアもので、マニアが泣いて欲しがる一品だ。その、マニアが手に入れたならガラスケースに大事に大事にしまい込んで、母親が勝手に掃除でもしようもんなら親切心だろうが親心だろうがマジ切れして暴れるだろう一品を、ひょいと掴んで玩具箱に投げ入れ、親父は俺の頭を撫で回した。

「ん〜?どうした?ほら、いつもみたいにパパにちゅーしてくれよ」
「お…親父…」

これは誰だ。今俺の頬にヒゲを擦りつけてるのは、本当に強くて格好よくてブリッツの帝王と呼ばれた俺の親父なのか。
あんまりにあんまりな出来事に凍り付く俺を抱き上げ、親父はどろっどろに溶けた目を俺に向けた。

「こらティーダ、パパだろぉ?どこでんな言葉覚えてきたんだ、あ?」
「パ、パ…」
「うっし、じゃあプリンセス、おやつにしようぜぇ〜」

プリンセスって、俺か。
思わず抱えた頭についていたリボンが、更に俺を絶望の淵に追いやったのだった。



*****



はてさて親父の皮を被ったゲロ甘なおっさんとの生活も三日を数えた頃、俺はどうやらここは俺のザナルカンドでは無いらしいことに気が付いた。至って簡単な理由である、アーロンがいるのだ。
俺の存在の都合上、俺は親父とアーロンが物理的に揃っている所を見ることは不可能だ。俺が七歳になって、親父が消えて、そして初めて俺はアーロンと対面する。だが、明らかに七歳にはなっていない俺の飯を作っているのはアーロンだった。以上の事から、ここはザナルカンドでは無い。と言うより、俺の生きた世界では無いと言った方が正しいようだ。
では何処なのかと言えば、やっぱりザナルカンドなのである。家もそのままだし、町並みも、親父にくっついて行ったスタジアムもそのままだった。ただここには母さんがいなくて、代わりにアーロンがいる。もう一度性別変えて一からやり直しは流石に面倒臭いと考えていた俺からすれば、取り敢えずは歓迎すべき事柄だろう。
アーロンの存在に三日も気付かなかった理由だが、これは単純に若かったからだ。昔スフィアで見たよりもさらに若い姿でアーロンはいたので、俺はハウスキーパーさんだと思っていたぐらいだ。そういえば親父も前見たより少し若い。あの姿は俺が七歳当時のものなのだから、今現在俺が三歳くらいなのを考えれば若いのは当然なのだが、何か違和感がある。

「おら、ティーダ、ほっぺ付いてんぞ。全く仕方ねぇな〜」

違和感と言えば、これもだ。
親父はやたらと俺の名前を呼ぶ。前はクソガキクソガキと呼んでいた癖に、どうやら流石の親父も娘には甘いらしい。アーロンの作った昼ご飯を食べている俺を、親父は自分の飯はほったらかしで構い倒している。身を捩って抵抗してみるものの、その姿さえ嬉しいらしく喜ぶばかりだ。こんなに甘やかされていては、俺のアイデンティティたる反抗期を迎えられないじゃないか。まさかのアイデンティティ・クライシスに悩まされつつ、俺はピーマンを突き刺したフォークを親父の口元に持っていってやるのだった。



*****



親父をパパ、と呼ぶのにも何とか慣れはじめた頃、俺は新たな問題にぶち当たっていた。何を隠そう一人称である。
女の子である以上、心中ならともかく人前でも一人称が俺なのは少々頂けない。いや、大分頂けない。そんな女の子、ユウナに怖がられてしまう。トイレで自分が女の子だとしっかりはっきり確認してしまった俺の生きる意味は、もうユウナしか無いのだ。
アーロンがいる以上、この世界にユウナがいる可能性はかなり高い。出来れば俺は、ユウナとお友達になりたい。せっかく女になったのだし、この性別を最大限に利用しないでどうする。
しかしエンジェル・ユウナが、一人称が俺の女の子と仲良くなってくれるだろうか。一緒に下着を選んだり、更衣室で着替える時に胸の大きさを比べたり、修学旅行でお風呂に入ったりしてくれるだろうか。如何にユウナがエンジェルだろうと、こればっかりは少々不安だ。
だからといって、自分を私と言うのには抵抗がある。青色の例のストーカーがチラ付いて、一々イラッとしてしまう。斯くなる上は、と一人称を自分の名前にするという最終手段に打って出たわけだが、それにも限界がきていた。

「ティーダ、わたし、だ。ほら言ってみなさい」
「…ティーダ」
「違うだろう?」

俺の前に膝をついたアーロンが、穏やかな声音で俺を諭す。曰く、立派なレディは自分のことをちゃんと私と言うのだそうだ。

「ティーダ、さあ」
「やだぁ」
「いいじゃねぇか、可愛いんだからよぅ」
「駄目だ。この先ティーダが苦労したらどうする」

あの暴虐無人を体言したような親父も、家事の全てを一手に引き受けるアーロンには逆らえないらしい。
そもそも何故アーロンが俺の家で家事してるのかも謎なのだが、それ以上に謎なのは、俺を育てるという事に対してのアーロンの異常なまでの熱意だ。親友の娘だろうと、アーロンにとっては所詮よその子、なぜこうまでレディにこだわる。常々不思議に思っていた疑問は、意外な形で解消された。
俺が頑なに一人称を変えようとしないので、今日は諦めたらしいアーロンが立ち上がる。キッチンに向かう後ろ姿は、何処か意気消沈しているように見えた。ちょっと悪いことしたかも、と思っていた俺の耳が、ため息と共に吐き出されたアーロンの呟きを拾う。

「ブラスカ様のお子様に会わせるのはいつになるか…」

もっと早く言えって、思ったね。
つまりあれだろ、俺が立派なレディになったらブラスカ様の子供に会えるんだろ、つまりは。ブラスカってさ、親父の親友の人だろ。アーロンの師匠で、大召喚師な人だろ、ブラスカって。
なるほど、多忙を極める親友ジェクトの子育てを心配したブラスカが、弟子であり共通の友人でもあるアーロンに補助を依頼したってことね。なるほどね、だからアーロンは俺の教育頑張っちゃうわけね。
そりゃそうだよね。ブラスカ様の子供のお友達はレディであるべきだもんね。悪影響与えるような子供だったらブラスカ様の子供に会わせらんないもんね。

ユウナに、会わせらんないもんね。

その日俺は、ジェクトシュートを習得した。娘が示したブリッツの才能に、親父は泣いて喜んだ。



*****



そしてやってきた対面の日。フリルのついた黄色のワンピースは、昨日親父と買いに行ったものだ。エイブスカラーでビシッとキメて、俺はその瞬間を今か今かと待っていた。
今日のために、一人称はあっさり変えた。テーブルマナーも完璧。知らない大人に会っても人見知りせず、スカートの端をちょいと持ち上げてレディなご挨拶ができる。尊敬する人は父とアーロン、親友はテディベアのシューイン、宝物は親父のサイン入りブリッツボール。大人しいかと思いきや、特技はブリッツボールの活発な女の子。明るく無邪気でよく笑い、出しゃばらずしかし引きすぎず、そこにいるだけで心を和ませる子供、それが俺。
完璧だ。俺は、小さなレディとしてこの上なく完璧だ。親父の娘とは到底思えないほどに完璧だ。幼いユウナのお友達に、俺以上に打ってつけな子供がいるか?いねぇよ。断言できるね、いるわけない。だって俺は女の子として完璧だから。
小綺麗なレストランの個室、親父の隣の椅子にお上品に腰掛けて、俺はドアが開くのを待ち侘びていた。アーロンが外に迎えに行ったのはもう五分も前だ。そろそろ来てもいいはず。

ゆっくりとした足音が、近付いてくる。子供の歩幅に合わせてるんだろう。強張った俺の肩を、親父が安心させるようにポンポンと二度叩いた。
ドアの前にいる。俺の運命の人、永遠の恋人、そして今日から親友になるはずの女の子が。お揃いの水着とか着ちゃって密着してウォータースライダーとかお泊りパジャマパーティーとかいっそ禁断のおっとやべえ願望が漏れた。俺はレディ、ユウナの親友に相応しい完璧な女の子。何とか自己暗示をかけ直し、ゆっくりと開くドアを見詰めた。

「やぁジェクト、久しぶりだね」
「おーう、ブラスカ!元気そうじゃねぇか」
「ああ、君も」

親父達が久々の再開を喜び合う。その横で、俺の脳はかつてない速さで情報を処理していた。
オッケー、わかった。よしきた。そういうことね、なるほどね。なら話しは早い。
千年に一度の大活躍を見せた脳は、三秒足らずで全ての計算を終える。そして俺は椅子から飛び降り、小走りにその子供の元へと向かった。

「こんにちは、わたしティーダ!あなたがユウナくん?」

恥ずかしげに父親の手を握った水色の半ズボンの少年は、僅かに顔を赤らめて、しかし嬉しそうに微笑んで頷いた。なんせ俺は完璧な女の子、同じ幼稚園の男の子全員が俺と結婚したがるくらい、完璧な女の子。
差し出されたユウナの手を握る俺の脳内には、高々とウェディングマーチが鳴り響いていた。

ハレルヤ!俺はユウナ似の女の子がほしいな!





2011/12/11 03:16
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