1.サイファー偏
2.アーヴァイン偏
3.ゼル偏





世界はたまに、帰ってこいと囁く。
もう疲れたでしょう、もういいのよ、もう帰っておいでと、忘れたはずの世界は言う。その度に俺は、愛するお前に胸を張るためなのだと答え、再び剣を握った。



「仲間、って言うより親友って感じ。金髪の女の子なんだけど、なんかグルグルしてんの。二人で連んじゃ馬鹿な相談してたッスよ」

ティーダの朗らかな、しかし低く抑えられた声が静まり返った聖域に小さく響いた。寝ずの番は退屈で、だからこそ俺達は尽きることなく思い出を語り合っていた。隣り合って座る正面には篝火が暖かく燃え、俺達を照らしている。その篝火に薪を一本放り込んで、ティーダがくるりと俺を向いた。

「スコールは?親友とかいたんスか?」

想像出来ないけど、と失礼なことを言って笑うティーダを一瞥して、所々虫食いのように抜け落ちた過去に思いを馳せる。普段は大事に大事に宝箱に仕舞っている思い出を、何故だか今日は話してもいいような気がした。

「…幼なじみが…五人いたな。友人、と呼べるのか分からないが。同性は三人で…名前は何だったか。世界最強のチキン野郎と、軟派で臆病な狙撃主と…あとは…ロマンチックな革命家だ。他の奴らよりは、共にいる時間が長かった」
「個性的ッスね…」
「四人で連んでは、飛空艇で曲芸に挑戦したり訓練施設でバーベキューをしたり…馬鹿な事ばかりやったものだ。その度に俺は、自分に提出する始末書を自分で書いたんだ」

いつもいつも、俺はもう二度とこいつらと任務以外で関わるものかと憤慨したものだ。にも関わらず、俺は休みが近くなるといそいそと彼らの休みが重なっていないかを調べていた。今になって思うが、きっと誰かが気を利かせて俺達のオフが重なるように調整してくれていたのだろう。でなければ多忙を極める俺達の休みがそう毎度毎度重なるものか。なのに当時の俺はそんなこと思いつきもしなかった。何でもない顔を装っていたのに、其の実周囲にはバレバレだったのだとしたらこれ程恥ずかしい事は無い。

「チョコレートを、買いに行ったことがあるんだ」
「男四人で?」
「ああ。俺の恋人に贈るためのもので、とても手に入りにくいものだからと。…でも、わざわざ街まで買いに行かなくても、販売元に電話一本入れればすぐ持って来ることは全員知っていた。四人で出掛ける口実の為に、全員が知らないふりをした」

ふと、自分が随分喋りすぎてしまった事に気付き、隣に座るティーダを見遣る。黙り込んだ俺に片眉を上げてみせたティーダは、目を細めて笑うと無言で首を傾げる。促されるままに、普段の重さなど全く感じさせず、俺の口は続きを紡いだ。

「下らない割に綿密に立てられた作戦通りにチョコレートを買って、映画を見て…あれは、確か恋愛映画だった。一人では見れないとあいつが騒ぐから。嫌々入ったのに、最後は全員ポップコーンを食べるのも忘れて見入っていたんだ」

気になるおさげの女の子に奨められたという映画は、よくあるベタなものだった。一番馬鹿にしたロマンチストなあの男がラストで目元を拭っていた事に、他の二人は気付いただろうか。見終わって素直に「中々良かった」と感想を述べたあいつを、自分を棚に上げてあの男は散々馬鹿にしたものだ。
道の真ん中でじゃれ合う二人を止めたのは、狙撃主の「て言うかさ、これ映画に誘うチャンスだったのに、僕らと観ちゃってていいの〜?」という一言だった。終わってから言う所が実に奴らしくて、同じ事を考えていた俺は思わず笑ってしまった。その後は擦った揉んだの大騒動だ。

「そのままナンパに付き合わされて…でも、ガンブレードを背負った男と銃を担いだ男と顔にタトゥーを入れた男の集団に近付く女子なんかいないだろう。二時間粘って、結局男四人でお洒落なカフェだ。…学園新聞に載ったのは、恥ずかしかったな」

大の男が四人でケーキをつつく様の何がそんなに良かったのか、その学園新聞は過去最高の発行部数を記録したのだと言う。『伝説の幼なじみ達の友情』とか、そんなような恥ずかしいタイトルがついていたのを覚えている。

「仲、良かったんスね」
「ああ」
「そういうの、親友って言うんスよ」

ティーダの言葉に、思わず息が止まる。目を見開いた俺を見て、ティーダが悪戯っぽく微笑んだ。

「スコール、いつもより目が優しくなってるッスよ。その人らのことが好きで堪んないってオーラ出てる」

親友、という単語を脳内で反芻する。この世で最も自分に似合わない言葉だと思った。
俺には、友人がいなかった。欲しいとも思っていなかった。群れるのは弱い証拠だ。俺は一人でも強くいられる、獅子のように。そんな風に考えていた俺に話し掛けてくるヤツもいなくて、いつも一人だった。
世界中を巻き込む戦争が起こって、俺は生まれて初めて友人ができた。違う、友人がいることを思い出したんだ。あの戦いは辛く過酷なものだったが、それでも記憶の中で輝いている。友人達の存在が、苦しいばかりの記憶を大切な思い出へと変えた。それ程までに、友人達は俺にとって大きなものなのだ。
いつだって、彼らの真ん中には俺の席が用意されている。例え任務でいなくても、俺の為に開けられた席がある。それだけの事で、どんな過酷な任務だろうと成功させることが出来た。彼らは臆すること無く俺に話し掛け、そして返事をしなくても俺に笑い、隣に並ぶ。それを俺は、世界中に自慢してやりたいほどに誇っていた。

「…あいつらには、ちゃんと友達がいるんだ」
「うん」
「俺なんかよりよっぽど気の合う友達が、たくさん。でも、いつだって真っ先に俺を巻き込む」
「それで?」
「俺は…」

俺の世界は、とても狭い。あの箱庭の中、六人掛けのテーブルに一つだけある空席と、俺が騎士を務める魔女の腕の中、それだけだ。たったそれっぽっちの世界の為に、俺は生きている。

「俺は、断ったことなんて、一度も無いんだ」

小さな小さな笑い声の後、隣に座るティーダは囁くように「ほら、親友だ」と言った。
そうなのかもしれない。いや、確かにそうなのだろう。

「…親友、か」
「ん?」
「本当は…世界なんて、どうなったっていいんだ」
「うん」
「ただ、あいつらに失望されたくない。だから俺は、戦うんだと思う」

不意にティーダの手が持ち上がった。そのままガシガシと少し乱暴に俺の髪を掻き混ぜる。俺の方が背が高いのに、ティーダの手は俺のものより大きい。そのことがまた、俺に故郷の親友たちを思い出させた。

「俺達が揃えば、勝てない敵なんかいなかった。俺達より強い敵は世界中どこにもいなかった」

秩序の戦士として喚ばれ、目覚めて真っ先に思ったのは、勝ちたいなら何故俺達全員を喚ばないのか、ということだった。
何と言われようが俺は本当に、誰とも組む気が無かったのだ。だって俺には既に最強の仲間がいたのだから。
黙り込んで俯いた俺を、ティーダが下から覗き込んだ。その目は炎の煌めきを映して、暖かい色を帯びている。

「早く帰ろうな」
「…ああ」
「勝って、そんで、帰ろう」

それは希望ではなく、決意表明だった。
例えば今目の前に自分の世界に通じる扉が現れたとしても、俺は決してくぐることはしないだろう。隣のティーダも同じはずだ。俺達はまだ何も結果を残していない。まだ、仲間達に胸を張れるほどの事をしていない。
全てを最良の結果に導いて、そして俺は俺の為に開けられた椅子に座るのだ。その椅子がないかもしれないなんて、するだけ無駄な心配はしていない。

「まだ帰れない…まだ」
「うん」

もう一度、ティーダが薪を炎に投げ入れた。朝まで消えることなく燃え続ける火は、俺達の信念のようにも見えた。



優しい世界の呼ぶ声が聞こえる。これ以上傷付く前に帰ってきなさいと心配げに世界は言う。
だが、俺はまだ帰れないのだ。この戦いに勝って、そして、自分の勇者は異世界までもを救ったのだとお前が誇れるようになるまでは。
小さくて狭い俺の世界に帰った朝、たった一つ俺だけの為に開けられた席に座るまで、俺は負けるわけにはいかない。





2011/11/09 23:54
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