おはようございますさようなら。今日俺の命は消えます。
君達と過ごす日々は希望でした。どんな困難な道のりも君達とならば乗り越えることが出来ました。ただ水に浮かぶだけの俺を掬い上げ駒の一つに加えた女神の気まぐれには、どれだけ感謝してもし足りません。血を流し傷付いた数々の戦いも、それがあるから今の君達との関係があるのだと思えば一つ一つがまるで輝いているかのように思えます。
ありがとう、俺を仲間と呼んでくれて。
ありがとう、俺にもう一度生きることを許してくれて。
ありがとう。



「はよ」
「おー」

決戦の朝は、どこか静かだ。誰も彼もが強大な敵に思いを馳せて、無言で各々の仕事をこなしている。挨拶に返る声もそぞろで、視線は絡まない。
昔、世界の悲しみを終わらせる旅をした時。その時も同じだった。最後の朝は皆黙々と己の武器を磨き、そして俺は最後の瞬間に何を言おうか考えた。
君達の仲間になれて良かった、出会えて良かった、ありがとう、伝えたいことはたくさんあったけれど、何も言わずに終わってしまった。きっと、今回も俺は何一つ伝えずに最後の時を終えるだろう。

「よう」
「ああ」

聖域の端で、スコールが一人佇んでいる。視線の向けられた遥か先には、今日向かうべき決戦の地がある。スコールの表情は厳しく、戦況が決して楽観視できるものではないのだと分かる。
スコールとは普段は余り行動を共にはしなかったが、聖域に戻れば共に過ごすことも多かった。唯一の同い年ということが俺達の間にちょっとした連帯感をもたらしていて、友達と呼んでもいい程に仲は良かったと思う。

「不安?」

簡潔に聞いた俺に、スコールは弾かれたようにこちらを向いた。自分でも気付いてなかった本心を言い当てられでもしたかのような驚きようだ。まじまじと俺を見つめる目は、信じられないと語っている。

「スコール、気付いてないみたいだけど結構分かりやすいよ」
「…そうか」

逸らされ下を向いた目は、恥じらっているのだろうか。大人ぶってはいるけれど、スコールはやっぱり俺と同じ十七歳で、そして自分で思ってるよりずっと子供っぽい。
きっとすごく不安なんだ。帰れないかもしれない、倒せないかもしれない、もう駄目かもしれない。今まで感じたことのない不安でいっぱいで、だからここで敵のいる方向を睨みつけていたんだろう。不安ではなく武者震いだと、自分達が負けるわけがないと自分に言い聞かせるために。

「大丈夫だ」
「…?」
「全部上手くいくよ」

スコールが怪訝そうに俺を見る。きっとこれだから実戦を知らない素人は、とか思ってるんだ。
スコールは傭兵だから、一般人を戦闘に巻き込んじゃいけないと思っている。無意識だろうけど、俺を庇おうとする。でもきっとこの出鱈目な世界では、スコールや他の仲間達よりも俺の方がずっと上手に戦えるんだ。
スコールは笑う俺に溜め息を一つついて、口を開いた。

「…その油断が命取りになるぞ」
「油断じゃねぇよ。そう決まってるんだ」
「なに?」

ついに体ごとこっちを向いたスコールに、俺は自信を持って笑ってみせた。

「必ず勝つ。悪夢は終わる。俺がいるんだ、絶対に」

もう一つ溜め息をついて、またスコールは敵のいる遥か彼方に目を向けた。信じてないな。
俺の言ってることは、戦闘のプロであるスコールには戦況を判断することも出来ない素人の戯言に聞こえるんだろう。
でもこればっかりは絶対的に俺が正しい。それを証明することは出来ないけれど。だから俺は、言い聞かせるようにもう一度言葉を紡いだ。

「大丈夫だ、絶対に」
「…絶対など、存在しない」
「そんなことない。これだけは絶対だ」

やっぱりスコールは、溜め息をつくだけだった。



*****



ゼェゼェと、スコールが喘ぐように息をする。体に取り入れた新しい空気はしかし灼熱で、追い詰められた体を何一つ楽にはしてくれない。肺が焼けてしまうんじゃないだろうか、隣で同じような息をしながら膝に手をつき、俺はスコールを心配した。

「…くそっ」

強大だと思っていた敵はそんな言葉では表せないほどに強く、圧倒的な力で仲間達を捩伏せていく。仲間達が傷付くのと同じだけ俺の体も血を流しているが、もう痛みなど随分前に感じなくなった。ただ、同じく回りで苦しげな息をする仲間達の傷を見て痛そうだな、と思う。

「これでは、もう…」
「大丈夫だ」

思わずといった風にスコールの口から漏れた弱音を、寸での所で遮る。スコールの心は俺のなんかよりずっと柔らかく出来ているから、全て言ったらきっと自分の言葉の重みで潰れてしまう。

「っ、何がっ!大丈夫なんだ!」
「大丈夫だ」
「だから…」
「悪夢は終わるんだ。俺がいる。この世界の悪夢は終わる」
「何故言い切れる!」

叫ぶスコールの、口の端が切れている。口を開く度に血が滲んで痛そうだ。出来たら綺麗な顔についてしまったその傷を癒してやりたいが、俺はこの世界では魔法が使えない。
不安と、恐怖と、悔しさと、あらゆる感情で顔を歪めたスコールは燃えるような瞳で俺を睨み付けている。そんなスコールに微笑みかけてやることしか、今の俺には出来ない。

「俺がいるからだ。それが、俺がここにいる理由だからだ」

他に何て言えばいいって言うんだ。伝えられる最大限を伝えたつもりだけれど、スコールは舌打ちを一つして視線を逸らした。
勇気付けることは出来なかったが、冷静さを取り戻す手助けはできたみたいだった。大きく深呼吸をして、スコールがその特徴的な剣を構える。

「…今は、奴を倒すことが先決だ」
「おう」
「行くぞ」

俺の返事を聞くより先に、スコールが飛び出す。その背中を追いながら、俺は残された僅かな時を思った。



*****



「な、だから言っただろ?」

緑の戻った世界、笑い合う仲間達。悪夢の去った世界で、俺は佇むスコールに歩み寄った。今朝と変わらぬ行動なのに、もう随分と時間が経ったように思える。

「…ああ、そうだな。お前の言う通りだった」

穏やかに笑うスコールの前髪を、吹き抜けるそよ風が揺らす。気が付いたら身に受けた傷は一つ残らず癒えていた。スコールの顔にも戦いの跡は何一つ残っていない。

「…諦めなければ叶うと、そう言いたかったのか」
「え?」
「大丈夫だと、言い続けただろう」
「ああ。…いや、そんなんじゃないッスよ」

そんなんじゃない。世界はそんなに優しくはない。
ただ、この戦いに勝つことはもうずっと前から決まっていたことなのだ。俺が秩序の戦士に選ばれた瞬間から。何故なら、俺はそのための存在だからだ。悪夢を終わらせ、悲しみの螺旋を断ち切る存在。そう作られたモノ、それが俺だ。
いつだって悲劇を終わらせる為に俺は微睡みの海から引き上げられる。逆を言うならば、俺が喚ばれたということは悪夢がじきに終わるということの証明に他ならない。
だがそんなことを目の前にいるスコールに言った所で、きっと理解してはもらえないだろう。だから俺は、ただ笑うだけに留めた。そんな俺に、スコールもそれ以上問い詰めることはしない。

きっと俺達は、お互い仲間達の中では唯一の友達でもあった。同じだけの年月を生きてきたという事実は、戦闘や野営よりもずっと心の距離を近付ける。
だから俺は、同じだけの時を刻み、そしてこの先何十年も時を刻み続ける友人に、少しばかりの言葉を贈りたいと思った。押し付けがましいかもしれないが、俺の時はもう永遠に止まっていてこれ以上進むことは無いのだから。この世界での役目を終えた俺は、後は痕跡一つ残さず消えるだけだ。
俺の代わりに、と思う未練がましい気持ちが無かったわけではない。だがそれ以上に、スコールには幸多い人生を歩んで欲しかった。

「なぁ、スコール」
「…なんだ」
「まだまだこの先、きっと沢山の絶望があるよ」
「…?」
「理不尽で、無茶苦茶で、死にたいくらいの苦しみもあると思う」
「………」
「諦めなければ、なんて嘘だ。もがいても叫んでもどうにもならないことは世界中に溢れてる。世界が優しいことなんて、絶対に有り得ない」
「…ああ」
「どんな努力をしたって、覆せない絶望が必ずある」

そこで俺は、そっとスコールから視線を外した。見遣った先では仲間達が楽しげに騒ぎ、最後の時を過ごしている。きっともうすぐ、別れの時だ。俺はまた夢の海に浸かり、二度と会えない人達に思いを馳せる。

「忘れないで。いつだって世界は理不尽で、残酷だ。自分なら上手くいくなんてことは絶対に無い。物語はハッピーエンドの方が少ない。最後は必ずやってくる」
「………」

チラリと見たスコールは、真剣な目で俺を見詰めている。何かを感じたのか、今だけは俺の言葉を疑わないでいてくれるらしい。

「心は折れるものだ、誰だって。でもそれは、恥ずべきことじゃない。…それだけ、忘れずにいて欲しいッスよ」

最後にもう一度笑い掛けて、俺はウォーリアを囲みだした仲間達の方へと一歩を踏み出した。水が、俺を呼んでいる。俺だけの海が俺の帰りを待っている。

「ティーダ」

不意に掛けられた声に、思わず足を止めた。振り返った先には未だ佇むスコールがいる。
静かな濃い色の瞳が、俺をひたと見据えた。

「ありがとう」

似合わないそのセリフに、俺はいつか太陽のようだと例えられた笑顔でもって返事をしたのだった。



おはようございますさようなら。今日俺は無事役目を終えました。
君と過ごす日々は希望でした。気のおけない友と過ごす喜びを、君は思い出させてくれました。夜中に篝火を囲んでした何気ない会話の一つでさえ、俺にとっては宝物です。
ありがとう、隣にいてくれて。
ありがとう、共にいてくれて。
君は君が思っているよりずっとずっと優しい人間です。そして優しい人は傷付きやすいものです。
誰の心にだって傷は付くものです。君だって、俺だって。例え心折れたからといって、それで終いではありません。それで全てが駄目になるわけではありません。それだけは、覚えておいてください。
どうか優しい君の迎える朝が、いつも希望に満ちた輝くものでありますように。遠い遠い海から祈っています。
おはようございます、さようなら。





2011/10/11 23:05
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