「という訳で、ですよ、ライトニングさん」

何がという訳なのかは聞かないで欲しい。俺だって分からない。

「僕と結婚しませんか」
「は?」

流石の俺も、2年付き合った恋人にプロポーズして心底嫌そうな顔されるとは思いませんでした。あ、今ちょっと死にたい。



『ブリッツ界の若きエース、プロポーズ失敗!!』
何スクープしてくれてんだ畜生。お前には血も涙も無いのか。
テーブルに突っ伏す俺の横にあるスポーツ新聞には、でかでかと昨夜の俺とライトの写真が載っている。俺と向かい合わせに映るライトの顔にはちゃんと目隠しが入っているが、知り合いが見れば一発だろう。現に今正面に座る悪友は、ドアを開けて来客が俺だと分かると開口一番「ライトニングちゃん、結婚など無駄だ!とか言いそうだもんな」と言ってのけた。くそ、どいつもこいつも人の傷抉りやがって。

「何が隠れ家的バーだよ…バレバレじゃねえか…」
「気付かないお前もお前だよ」
「プロポーズで頭いっぱいなのに他の客なんか見ねぇよ!しかも個室だぞ!?」
「壁に耳あり障子に目ありってねぇ〜」

ニヤニヤと笑いながらジタンはテレビを見ている。俺を慰める気は無いらしい。なんて薄情なヤツだ。一生カノジョが出来ない呪いをかけてやる。

「てゆうかさ…てゆうか…ライト、俺のこと嫌いなのかな…」
「まっさか!」
「だってそれ見ろよ。その記事。黒線入ってても分かる位嫌そうな顔してんじゃん…」
「ああ〜」

スポーツ新聞をぐいと突き出してやれば、テレビを消して俺に向き直ったジタンはもう散々眺めたであろう一面をもう一度見直して、溜め息とも同意ともつかない息を吐き出した。その声にますます俺は項垂れる。

「はぁぁああ〜」
「辛気臭ぇなぁ、元気出せって。あのライトちゃんだぞ?嫌いな男と二年も付き合うわけねぇって」
「でもさぁ…」

確かにジタンの言い分は分かる。嫌いなものは嫌いどころか存在を抹消しにかかるタイプのライトだ。付き合っている時点で嫌われてはいないんだろう。が、だ。

「その時まさに嫌われたんだったら…?」
「は?」
「プロポーズの直前にさ、俺を嫌いになったんだったら分かんないだろ!二年間何となく付き合ってきたけどやっぱ嫌いだって思い直したとか!」
「いやいや、嫌われてはないって」
「じゃああれだ!嫌いじゃないけど結婚するほど好きでも無いんだ!」

うわあああ、と顔を臥せて泣き出した俺に、ジタンは心底面倒臭そうに溜め息をついた。面倒見の良いジタンにまで溜め息をつかれるんだ、面倒見という言葉が世界一似合わないライトは相当俺を嫌がっていたに違いない。

「なんかさぁ、嫌われるような心当たりねぇの?」

もう完全にやる気を失っているジタンが、席を立ちながら言う。そのままキッチンまで歩いて行って冷蔵庫を開けた。ワンルームのジタンの部屋は、座っていても部屋の全体が見回せる。以前ライトとの密着度を上げる為に、俺もちっちゃい部屋に引っ越そうかなぁと言ったら「嫌味か死ね」と言われた。それ以来、売れるか売れないか微妙なラインをさ迷う劇団員の部屋の広さについて言及した事は無い。俺のコネだって大統領の息子のスコールのコネだって、使っちゃえばいつでもトップスターになれるってのに。律儀な奴だ。
戻ってきたジタンが、俺の前にカップを置く。濃い色の液体が揺れる。

「で、心当たりは?」
「心当たり…」
「体重の話したーとか、ライトちゃんの剣に傷付けたーとか」
「俺がそんなヘマすると思うのか?」
「お前こないだ眉間のシワ超可愛い〜とか言ってなかった?」
「眉間のシワはライトのチャームポイントだろ」

ジタンの顔が信じらんねぇとでも言うように歪む。そのまま大きく首を振って、胡乱な目で俺を見た。どうやらコイツごときには俺のライトの魅力は分からんらしい。
自分で言うのもなんだが、俺はライトにベタ惚れだ。警備員のライトに一目惚れして通い詰め、年下は嫌だと言うライトをごまかし宥めすかし時には陥れ時には罠を張りようやく付き合ってもらったのだ。ライトを褒めこそすれ、貶すような言葉を言う筈が無いだろう。
てゆうか、あ。

「ライト年下嫌いじゃん…」
「それだ!」

思い至った『心当たり』に、ジタンが俄に声を上げた。鬼の首を取ったりとでも言うかのように、その目は輝いている。

「ライトちゃん、年下の男と付き合うのまでは良くても結婚は嫌だったんだな〜」

呑気なジタンの声がワンルームに響く。俯いてコーヒーを覗き込む俺の顔は絶望に染まっているに違い無い。手の奮えがカップに伝わり、水面にたつ無数の波のせいで確認は出来ないが。

「俺、生まれながらにして失恋決定…?」
「まーまー、女の子はライトちゃん以外にも沢山いるって」
「俺はライトがいいの!」

再びテーブルに突っ伏してわんわん泣きわめいてやる。しかし一件落着とばかりに携帯端末を取り出したジタンは、そんな俺を見ることも無く電話を掛けはじめた。なんて友達がいの無いヤツなんだ。こうなったら次回の公演会場に真っ赤なオープンカーで乗りつけてやる。しかも助手席にスコールを乗せて。目立ちまくって人気が出まくるようにしてやるからな。メディアに引っ張りだこになって困ればいいんだ。そしてパパラッチの怖さを思い知れ。
うじうじと卑屈な復讐を考える俺を放置したまま、何やら電話の向こうの相手と楽しそうに会話をしていたジタンは「うんうん、それじゃーね」という軽い挨拶の後電話を切った。

「おーい、泣き止んだか?」
「泣き止んでない…」
「泣き止んだな。今から客来るから」
「何でこんな時に…」
「こんな時だからだよ」

テーブルに突っ伏したまま、体を左右に揺すり拒否の意を伝える。しかし俺に全然甘くないジタンはさっさと立ち上がり、キッチンの方に行ってしまった。カチャカチャと鳴る音からするに、カップを片付けているのだろう。

しばらくそうしていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。どうやら言っていた客が来たらしい。「はいはーい」と玄関に向かうジタンの嬉しげな声が憎い。あの声から察するに、相手は女だ。失恋した俺に女の子でも紹介するつもりか?
ジタンは客に「久しぶり」だの「相変わらず綺麗だ」だの浮ついた言葉を言いながら、もう一つの足音を伴って部屋の中に戻ってくる。
ジタンの足音が部屋の入口で止まる。だがジタンと共にやって来た足音は止まることなく、俺の横まできた。
何なんだ。悪いが俺は傷心中なんだ。例えファンの女の子だろうと、今は優しく出来る気がしない。顔を上げないままの俺に、足音の主が一つ、溜め息をついた。

「何をしている」

聞き覚えのある声だ。というか、良く知っている声だ。女にしては低い、愛想の欠片も無い声。でも俺には小鳥の囀りよりも美しく聞こえる。
慌てて顔を上げた俺の前には、想像通りライトがいた。いつも不機嫌そうな顔を、何倍も不機嫌そうに歪めて。

「え、なんで」
「呼ばれたんだ。お前を引き取りに来いと」

はっとジタンを見遣れば、短い廊下と部屋とを繋ぐドアの横にもたれてこちらを見ている。ニヤニヤと笑う顔は、してやったりとでも言いたげだ。
もう一度ライトに視線を戻すと、ライトは心底面倒臭いといった様子でまた溜め息をついた。その姿に、昨夜の出来事がフラッシュバックする。目の前がジワジワと滲み、俺は耐え切れず俯いた。ライトは泣く男は嫌いだし、俺は泣いてる所をライトに見られたくないし、何よりプロポーズを断られた事が効いていた。俺はライトを好きだけど、ライトは俺の事を好きでは無いのかもしれないと考えると死にたい気持ちになる程度には、俺はライトが好きだった。
ライトがまた、溜め息を一つついた。

「…驚いただけだ」

ライトが静かに話し始める。その低く落ち着いた声を、俺は膝に落ちる雫を眺めながら聞いた。

「お前は私より四つも年下だ。いつか目を覚まして、私から去っていくのだろうと思っていた」

そんなわけ無いと言いたいのに、今声を出すとみっともなく引き攣れてしまうだろうと思うと、口を開くことが出来なかった。

「お前がそこまで私を思っているとは思わなかった。すまない」

そのすまないはどっちなの。自分はそこまで本気じゃないから結婚は出来ないって意味なのか、それとも俺の気持ちを信じてなくてすまないって意味なのか。
前者だったら俺はうっかりそこの窓から飛び降りちゃいそうなんだけど。

「お前がいいなら、その…」

そこでライトが黙り込む。光が見えた気がした。絶望真っ只中だった気持ちが、全速力で上向きになる。
これはもしかして、もしかすると、そういうことなのだろうか。その、の続きは、俺にとって都合のいいものだと解釈してもいいんだろうか。だとしたら、絶対に悟ってやらない。完璧に涙は止まった。でも顔は上げない。ジッと言葉の続きを待つ俺に、ライトは決心するかのように一度短く息を吐き出して、そして言葉を紡いだ。

「…結婚、してくれないか」

頭の中で、鐘が鳴り響いた気がした。
ガバッと顔を上げた正面には、恥ずかしそうなライトの顔。僅かに染まった頬と滅多に見られない微笑みのコンボに、失神しそうになる。
椅子から立ち上がって、一歩進む。ライトの両肩に手を置いて、その顔を覗き込んだ。

「ライト…可愛いー!」
「なっ、だ、黙れ!」

途端に離れようとする体を力一杯抱きしめる。脛を蹴られたけど、絶対離してなんかやんない。

「ライト、ライトニング」
「なんだ!」

怒鳴り声まで可愛い。ギュッと腕に力を込めて、頬に軽くキスをする。ここまでくると諦めたのか、ライトの抵抗も小さなものになった。

「絶対幸せにする」
「…フン」

いつの間にか、ジタンはいなくなっていた。気を遣ったらしい。今回は随分世話になったし、今度お礼をしなくては。
ライトの手を引き、部屋の外へと出る。普段人前で繋ぐのは嫌がるのに、今日ばかりは素直に繋がれていてくれる。家に帰ったら、この手にきっと似合うだろうと買っておいた指輪を渡そう。それで式の日取りを決めて、一応親父にも知らせなくては。やることは沢山ある。でも何一つ面倒だとは思わない。

ああそうだ忘れてはいけない事がもう一つ。
後部座席に薔薇を満載した真っ黄色のオープンカーで、ジタンの公演会場に乗りつけなくては。勿論助手席にはライトを乗せて。





2011/08/22 21:16
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