泣いていた子供の僕をガレキの下から助け出した新人ヒーローは、大人になって彼と同じ道を歩んだ私の同僚ベテランヒーローになった。後に、あの時私を襲ったガレキは、助けてくれたヒーローが建物を破壊したことによって生まれたものだと知る。それでも尚、私は世界で1番青色が好きだった。
青色とは、私にとって何よりヒーローを象徴する色だ。

「そんな事を言わないでくれ」

私の一言に、それまでの喧騒はピタリと止んだ。
トレーニングルームで始まったワイルド君とバーナビー君の口論は次第に白熱していって、怒鳴り合いに近くなっていった。いつものことだから、と周囲にいる他のヒーロー達も視線をやるだけで止めたりはしない。私だって、他人の喧嘩に口を出すほどお節介なつもりは無い。それにああ見えて二人が中々上手くやっていることも知っている。だが、バーナビー君の放った一言には反論せずにいられなかった。
あんなダサい時代遅れの弱そうなスーツ、その言葉だけは聞き過ごせない。時代遅れであることは確かだが、あの青いスーツは僕を救ってくれた、格好よくて優しくて力持ちなヒーローのものなのだ。

「あのスーツは、格好いいんだ。ぼく…わたし、の、1番好きな、憧れのヒーローのスーツなんだ。だから、そんな事を言わないでくれ」

しどろもどろに言う私を、皆が注目している。いつの間にかトレーニングルームは静まり返っていた。顔に熱が集まるのを感じる。ワイルド君は今の発言をどう思ったのだろうか。

「スカイハイ、お前」
「まぁっ、だからキースちゃん青色が1番好きなのねー!」

ワイルド君が喋ろうとするのを遮って、ネイサンが声を上げた。よかった。緊張して強張った体から少し力が抜ける。

「ああ!そうなんだ!」
「もしかして初恋なのかしら?」
「そん、そんなんじゃないさ!」

ネイサンの言葉に、治まりかけた熱がまた顔に集まる。違うんだ、もっと神聖な、と繰り返す内に、ワイルド君の顔が同じく真っ赤に染まっているのに気付いた。ばっちりと合ってしまった視線に、逸らすことも出来ずに固まってしまった。

「うぁー、そうか、その…そうか」
「あぁ、うん、そう、そうなんだ」
「えぇっと…理由を聞いてもいいのか?」
「昔、ワイルドタイガーが助けてくれて、その、だから…」

真っ赤な顔で向き合って、しどろもどろに会話をする私達はさぞ滑稽な事だろう。周りはヒーロー仲間が取り囲み、そんな私達を笑いながら眺めている。バーナビー君も、何も言わず私達を眺めている。何とも恥ずかしい状況に、今だけは緊急の呼び出しがかかる事を願ってしまった。ヒーロー失格だ。
そんな状況にワイルド君も気付いたのか、咳ばらいを一つして私に向き直る。

「えーっとその、何だ。メシでも行くか?今日」
「いいのかい!?是非、そして是非!」
「おう、食いたいもん決めとけよ」
「ああ!」

そう言って踵を返したワイルド君を見送る。ワイルド君が輪を離れたことで、見守っていたヒーロー達も順次解散していった。その中で、私だけはその場に立ち止まったまま喜びを噛み締めていた。
まさか、食事に誘ってもらえるなんて思わなかった。現金なもので、さっきまでは自分の行動をあれほど後悔していたというのに、私はもうあの瞬間の自分を褒めてやりたい気持ちになっていた。
今までワイルド君にあの出来事を告げたことは無い。ヒーローとファンでは無く、同じヒーローとして隣に立ちたかったからだ。でも今夜だけは、一人のファンに戻ってヒーロー・ワイルドタイガーにこの思いをぶつけるのも良いかもしれない。
何を話そうか。こんなに興奮したままでは、妙な事を口走ってしまいそうだ。昔からファンでした、本当にずっと昔から。今のスーツも格好良いけど、昔のスーツも虎らしくて好きでした。初めてヒーローとして会った時にかけてくれた言葉を今でも覚えてる。ああ駄目だ、これではただのミーハーなファンだ。本当に、何を話そう。
浮足立つ私の肩を、誰かがポンと叩いた。振り向くとネイサンが何時に無く優しげな目をして、私を見ている。彼女はいつでも優しい目をしているが、今はまるで幼い子供を見ているようだ。少し気恥ずかしくなってコホンと咳ばらいをしたら、その目はますます細められた。

「どこのお店に連れて行ってもらうのかしら?」
「そうだ、どうしようか…。ワイルド君は日本人だし、和食かな?」
「それも良いけど…、タイガーはもう食べ飽きてるんじゃない?」
「そうかな?じゃあどうしよう」

気の利いた店なんて、知るわけが無い。困る私を見透かすようにウインクを一つしたネイサンが、胸のポケットから紙を一枚取り出す。名刺くらいのその紙を、ネイサンはそのまま私のポケットに押し込んだ。慌てて出そうとする手を制し、ネイサンが私の耳に唇を寄せる。

「シュテルンビルトホテルの最上階よ。私の名前を出せば個室に通してくれるわ。楽しんでらっしゃい」

ネイサンの声は優しいが、吐息が耳に当たって少しくすぐったい。最後に一つリップ音を残して、ネイサンは離れて行った。カリーナの方へ歩いて行くその背中をぼんやりと数秒眺めて、はっと我に返る。

「あ、ありがとう、そしてありがとう!」

ひらひらと手だけが振られて、振り返らないままネイサンの背中はブースを仕切る衝立の向こうに消えていった。
私も同じように、トレーニングを再開するため自分のブースへと向かう。マシンに座ってはみるが、もう今日は集中出来そうに無い。しかしフワフワと浮つく心は、決して嫌なものでは無かった。



*****



約束も有ることだし、もうそろそろトレーニングを切り上げようかという時だった。左腕に慣れた振動が走る。聞き慣れたアニエスの声を認識するより早く、私の足はトレーニングルームの出口へと向かっていた。


*****



「今夜は無理そうねぇ…」
シュテルンビルトに聳えるビルの上、私よりもずっと残念そうな声で、隣に立つファイヤーエンプレムは呟いた。

「仕方ないさ」
「そうだけど…」

そう言って溜め息を一つ付くと、ファイヤーエンプレムは踵を返す。もう帰るのだろう。何せ今夜は長かった。
夕方に起こった銀行強盗が片付いたのは、真夜中も随分と過ぎてからだった。逃走を続けた犯人はようやく捕まり、人質も無事。喜ぶべきことだが、それよりも疲れが先に来る。夕食の約束はもう無理だろう。私がそう考えたのと全く同じタイミングで、ワイルド君からの通信が入った。予想通りキャンセルを告げる言葉に、ファイヤーエンプレムに言ったのと同じように仕方ないさと返した。軽い雑談の後、ワイルド君の通信は切れる。少しの余韻を追って、その場に立ったまま空を眺めた。
楽しみにしていただけにショックは大きい。ファイヤーエンプレムと同じように溜め息を一つ零し、振り向いた時だった。もう誰もいないと思っていた屋上に、私以外の影を見付けた。

「おや、どうしたんだい?」
「いえ、少し…あなたに聞きたいことがあって」

そう言って、バーナビー君が歩み寄ってくる。どうやら一人らしく、隣にワイルド君はいない。

「聞きたいこと?」
「ええ」

ビルの屋上から大通りを眺めるように立っていた私の横に、バーナビー君が立つ。真摯な目をしたバーナビー君を促し、隣り合って座った。
バーナビー君が一人で私に用事とは珍しい。今や大人気のこのルーキーと私は、殆ど会話をしたことが無かった。機会が無かったと言ってしまえばそれまでだが、こうして二人きりの状況になると少し困ってしまう。今更ながら、もう少し共通点を見付けておけば良かったと思う。しかし何の用事なのだろう、もしや昼にワイルド君とのじゃれ合いを邪魔したことを怒っているのだろうか。
数秒の沈黙の後に、バーナビー君が口を開く。出てきた言葉は私にとって予想外のものだった。

「おじさん…ワイルドタイガーに憧れて、ヒーローになったんですか?」

思わず言葉を詰まらせて、バーナビー君をまじまじと見詰める。ヘルメットの無い横顔は、どこまでも真剣だ。そこではっと我に返って、慌てて私は自分のヘルメットに手をかけた。会話中に顔を隠したままなのは失礼だ。
ヘルメットを外そうとする私の手を、バーナビー君が無言で制す。向けられた視線の先を見ると、まだ上空に中継のヘリコプターが飛んでいた。素直に忠告に従い、手を離す。何かの拍子に顔が映ってしまっては困る。そして真剣な質問に答えるべく、私も真剣に答えを紡いだ。

「いいや、違う。この美しく愛すべき世界を守ると決めたから、ヒーローになったんだ」

そうだ。ワイルドタイガーは私の憧れのヒーローで、命の恩人だ。だが、私はワイルドタイガーになりたくてヒーローになったわけでは無い。
そうですか、と呟いて、バーナビー君が下半身に力を込める。彼の質問の意図も欲しがっていた答えも私には分からないが、僅かに私より高くなった横顔を見上げ、私はもう一言付け加えた。

「でも、世界を美しく思えたのはきっと、あの青いスーツのヒーローがいたからだろうね」

だからもう少し優しくしてやってはくれないか、とは言わなかった。何だかんだと言ったって、この二人はやっぱり仲良しなのだ。私が口出しすべきことでは無い。
そうですか、ともう一度同じ言葉を呟いて、バーナビー君は一瞬止めた動きを再開し、今度こそ立ち上がる。無言で立ち去るその背中に、声はかけなかった。その代わりに大きく伸びをして、私も立ち上がる。

楽しみにしていた約束は無しになってしまったけれど、何だかとても充実した気分だった。次ワイルド君と食事に行く約束をした時は、忘れずバーナビー君も誘おう。きっとするだろう嫌そうな顔を想像して、私は誰もいない屋上で一人笑い声を上げるのだった。





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2011/08/20 18:20
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