突然ですが、俺は今、とてもトイレに行きたい。

ああトイレ行きたいトイレ行きたいでも行けない我慢しなきゃいけない今はトイレに行けない。何でトイレに行けないかと言うと、だ。

「光は我らと共にある…!」

今まさに、いざ最終決戦へ!ってとこだからだ。
ああ、トイレ行きたい。

すごい真剣な顔してる皆の横で、俺は微妙に唇噛み締めて貧乏揺すりをしている。視線が定まらない。てゆうかトイレ行きたい。無意味に掌を開閉させてみるが、そんなものでこの尿意は治まっちゃくれない。でもこの空気でトイレ行きたいとか言い出せるほど俺の神経は図太く無い。

「な!ティーダ!」
「おっ!?おぉっ!そうっスよ!」

何がだ。知らん。聞いてなかった。ちくしょうトイレ行きたい。俺の肩に置かれたフリオニールの手が、僅かに震えている。強がっていてもやはり恐怖があるらしい。覗き込む琥珀色の目には、勇気と決意と、あとちょっと気遣う色。同じように震える俺に、一人じゃないと伝えてくれているのだろう。
俺も力強く頷き返し、肩に置かれた手を外すと強く握った。すまない、フリオニール。俺は確かに震えてるが、その理由はお前とは全く違うんだ、本当にすまない。あと今刺激されるとマジ出ちゃうから触らないで。お願い放っておいて。
その時、今一番触っちゃいけないスポット周辺に鈍い衝撃が走った。

「ふぐぅっ」
「なんだぁ?お前まさかビビってんのか?」
「ぐ、うぅうあ…」
「ははっ、だーいじょうぶだって!」
「お、おおう…はは…」

ジタン、俺は今日からお前を悪魔と呼ぶよ。カオスもびっくりの鬼の所業だよ、お前。腰をバシリと叩かれて、それでも膝から崩れ落ちなかった俺を褒めてほしい。元気が良いのは美徳だ。仲間を励ませるってのも美徳だ。だが今のお前は悪魔だ。キラキラした笑みを俺に投げ掛けた悪魔は、そのままバッツの方へ歩いていった。
まだ話は終わらないのか。もういいじゃん、「ガッとやっちまうか!」とかその程度でいいじゃん。今更決意とかそんなんもういいって。クリスタル持ってんだし勝てるって。そんなことよりトイレに行きたい。

もういっそ脱いでしまおうか。だってよく考えたら話が終わってもトイレ行く暇なんか無いじゃん。漏らして服をダメにするくらいなら。泣きながら着替える羽目になるくらいなら。それならばいっそ全裸になった方が実害は減るんじゃないか?俺天才っス!
いやいやいやいや待て待て待て待て落ち着け俺。オニオンに切り取られちゃう。ティナの前で全裸なんてオニオンにすり潰されちゃう。どこがとは言わないがまぁアソコが。こないだバッツが冗談で「男の子は皆モンスター飼ってんだぜ、俺の見たい?」ってティナに聞いたことでオニオンに件のモンスターを粛清されそうになったのを忘れるな、俺。あれは純粋にバッツが最低だっただけだが、今唐突に全裸になんかなったら俺も同類だと思われる。「ティティティティティーダ!耳を塞ぎなさい!」と裏返った声で叫んだクラウドの幻想を守る為にも、俺は脱いではいけない。ああああしかしトイレ行きたい。

あ、じゃあこれはどうだ。「俺、最後にちょっと泳いでくるっス!」完璧じゃね、これ。クラウドの幻想も俺のイメージも膀胱も守られる。さすが俺。

「ちょっと俺…」
「俺達が力を合わせれば、倒せない敵なんかいないさ!」
「おお!」

ちげーよ馬鹿、俺の馬鹿。だからこの雰囲気で余計なコト喋れねぇって話だっつーの俺の馬鹿。皆の士気は着々と高まりつつある。俺のボルテージは違う方向に高まりつつある。トイレ行きたい。

もういっそ我慢する方向で考えてみようか。頑張って堪えれば最後まで…ムリだな。ムリムリ。絶対出る。カオスの前辺りで出る。こりゃあムリだ。
俺は諦めが良いのがウリなんだよ。粘ったって何になるってんだ。自分が消えるって時でさえさっくり諦めた俺だぞ?ムリムリ。まぁあの時格好悪く駄々をこね無かったから今の俺がいるわけで。爽やかに消えてみせたからこそ正義の戦士としてここに呼ばれたわけで。つまりさ、諦めこそ俺のアイデンティティなわけだよ!
だからもう…うん、諦めちゃうか?ここで漏らしちゃうか?仲間がなんだ!どうせカオス倒したらさよならだ!せいぜい後一日ってとこだろ?ならもう諦めちゃってもさぁ。

いやいやいやいや待て待て待て待て落ち着け思い直せ俺。頑張れ俺。後一日といえど皆から軽蔑の目で見られるなんて耐えられない。そんなのエースじゃない。
エースじゃない俺なんて俺じゃない。そんな俺認めない。エースでいてこそ俺なわけで、エースは漏らしたりなんかしないのだ。だから俺は漏らしちゃいけない。
だって俺からエースを抜いたら後何が残るってんだ。騎士でも傭兵でもないただのスポーツ選手の俺がここに呼ばれたのは、ちょびっとの戦闘経験と人生の大半を占めるブリッツの経験が評価されたんだろ?数え切れないぐらいいるブリッツプレーヤーの中でも俺が選ばれたのは、エースだからだ。だからさ、つまりさ、エースじゃない俺なんかコスモスの戦士じゃないんだって!漏らした瞬間カオスだよ俺!そんな悪っぽい俺も多分格好良いけど、出来たら俺正義の戦士でいたい!あとトイレ行きたい!
だから頑張れ俺。漏らすな俺。堪えろ俺。正義の戦士・俺。

「お前たちは…良い仲間だった」
「最後の最後で素直になりやがって!」
「相っ変わらず照れ屋だな〜」
「…っ黙れ」

スコールが何かを言って、バッツとジタンに絡まれている。どうせまたいつもの俺はライオン発言だろう。トイレ行きたすぎて話の内容なんか頭に入ってくるわけが無い。皆ダラダラ喋ってないで早く!早く!
何を早くした所でこの尿意が治まるわけでは無いが、とにかくこの決戦前夜の空気をどうにかして欲しい。トイレに行くこと一つ言い出せやしない。

「でもさ、俺もお前らと会えて…いや、いいや」
「続き、聞きたいな」
「いいって!」

続いてジタンが何を言ったのやらセシルに詰め寄られている。また女装しろとでも言って逆鱗に触れたんだろう。口を開こうものなら下から出るべきものが上から出ちゃいそうな程切羽詰まってる俺は、何でもない顔してそれを眺めるので精一杯だ。目の焦点は合ってない。もしかしたら瞳孔開いてるかもしれない。

と、そこで、俺は気付いた。何やら皆がこっちを見ている。慌てて口元を緩めてみせようとしたが、今奥歯を噛み締めるのを止めたらここまでの苦労が水の泡だ。つまり出ちゃうってことだ。その選択肢は却下したばかりだ。
中途半端に固まった俺の表情をどう捉えたのか、一つ頷いたウォーリアがこちらに歩み寄ってきた。ダメだ、今近付いて来る人間は全員悪魔に見える。

「ティーダ」
「え?あ、え?」
「最後だ」

最後?最後がなに?最後ってなに?意味が分からない。一体何の話だ。
俺から1メートルの位置に立ち止まったウォーリアは、ジッと俺を見ている。他のメンバーも同じように俺を見ている。その視線は暖かいようでいて、どこか悲壮感が漂う。俺はというと、僅かに足を開き下腹に力を込めて立ち、ひたすらに耐え忍んでいる。それこそ人生で最も努力すべき時は今って勢いで。脳内の九割がたはトイレのことを考えていた訳だが、その様子がまるで泣く直前に見えたのだろうか。ウォーリアが一歩、俺に近付いた。
ああどうしよう頭がグルグルする。っていうかトイレ行きたい。それより最後ってなんだ?全く分からないが、何か『最後』についての意見を求められているのだけはうっすら分かった。最後って言ったらアレか。アレだな。

「最後…」
「ああ」
「最後…かも、しれないだろ?だから…」

だからさ、だから。

「トイレ、行っておきたいんだ」

くるりと背を向け、俺は歩き出した。仲間達の顔を見る勇気なんか、あるはずが無かった。

きっと人生で最も美しい笑みを顔に浮かべながら、俺は真っ直ぐに藪へと向かった。誰もが見惚れる笑みだっただろうに、本当に仲間達に背を向けていたのが残念だ。この笑顔にタイトルを付けるとしたら、『諦念』だろう。ガサガサと藪を掻き分け、奥へ進む。
ギリギリだと思ってたけれど、いざ行けるとなると尿意ってちょっと引っ込むんだと初めて知った。先程とは打って変わって、余裕に満ちた心で取り留めも無いことを考える。思考に没頭してしまえば、背後から聞こえるざわめきなんか直ぐに聞こえなくなるさ。聞こえなくなるはずだ。聞こえなくなりますように。

戻ったら見る事になるだろう仲間達の冷めた視線を想像しながら、尚も俺は藪を掻き分け奥に進むのだった。こんな事なら最初の方のもっと和気あいあいとした雰囲気の時に言っておくんだった、という後悔を心の奥に追いやりながら。ああせめて、泳いでくるって言えばよかった。





2011/08/20 03:15
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