「俺は五男で良かったわ」

そう言って、志摩はまたいつもの軽薄な笑みを浮かべた。



「あれ、勝呂と子猫丸は?」
「なんや京都の方であったみたいで、先生に呼ばれてるんよ」
「お前はいいのかよ」
「俺五男やもん」
「なんだそれ」
「身分が違うんよ、やから俺はお留守番〜」

何が楽しいのか、歌うように言った志摩が部屋に入ってくる。言っている意味はよく分からないが、しかし困った。

「俺とお前で課題って…絶対終わんねぇじゃん」
「なー。せやから坊と子猫さんが戻るまで待っとろや。多分そんなかからんやろし」

へらへらと笑った志摩はそう言うと、流れるような動作で俺の正面に座り雑誌を取り出す。やけに肌色が目立つ雑誌の内容に思わず眉が寄った。歪んだ俺の顔を視界の端に捉えたらしい志摩はくつくつと笑みを漏らすと、若い女の子が沢山載ったページを開きテーブル越しに身を乗り出してきた。カラフルな水着姿に、思わず雑誌に見入る。思えば青春真っ盛りだというのに随分とストイックな生活をしている。学校だ塾だ課題だと息を抜く暇も無かった。

「奥村くんはどんな子が好みなん?」
「あ?」
「俺はこのロングの子やなー、おっぱいおっきいし」
「確かに…でもこっちのショートも中々…」
「おっ、お兄さんええ趣味してまんな!」

ふっへっへ、と笑う志摩はもうただの変態だ。そのニヤケ面を見て、水着の女の子に向けられていた情熱が瞬く間に冷めていった。というか、虚しさに気が付いてしまった。何が楽しくて男と顔を寄せ合わなくてはならないのだ。
僅かに身を引いた事で俺のシラけた視線に気付いた志摩が、慌ててこちらに顔を突き出してくる。

「あ、ちょ、何自分だけ優等生ぶっとんの!さっきまでノリノリやったやん!」
「いや…てゆうか勝呂とか子猫丸とやれよ」
「坊も子猫さんもこういうのん付き合ってくれへんもーん」
「あー…」

確かに、生真面目なあの二人はシラけた視線どころか軽蔑の視線を寄越しそうだ。あんなナリして子猫丸は結構キツいし。

「てゆうか、何でお前だけ呼ばれねーんだよ」
「せやから五男やからやって」
「だから何でだよ?」

先ほどスルーした疑問を改めて問えば、志摩はキョトンとして首を傾げる。そのまま数秒考えて、ああ!という声と共にポンと手を打った。そういや奥村くんあんま詳し無いんやっけ、と言いながら乗り出していた上半身を引っ込め、頬杖を付く。

「坊はな、明陀衆ゆうのの跡取りで、んー…まぁつまりは偉いお方なんよ」
「お前ら敬語使ってるもんな」
「やろ?で、子猫さんは三輪家ってゆう坊にお仕えするお家の若当主で…まぁこっちも偉いお方なん。で、俺んちも坊にお仕えする家やけど、俺は五男坊なんよ。分かる?」
「えーっと…え?」

正直、全く分からない。クエスチョンマークを飛ばす俺に、志摩は目を細めて笑った。小さい子供に向けるかのような表情に思わず口を尖らせた俺を見て、志摩はますます目を細める。そして言葉を探すように、んー、と唸った。きっと、俺にも分かる簡単な説明の仕方を考えてるんだろう。

「せやなぁ…あ、俺んち兄弟ぎょうさんおったやろ?」
「ああ、夏休みに…」
「そうそ、あの二人以外にも四人おってな、全部で七人兄弟なんよ」
「大家族じゃねぇか!」
「やろ?」

てっきり三人兄弟の末っ子なんだと思っていた。七人兄弟なんて今時滅多にいない。しかし、それと今の話になんの関係があるんだろうか。

「何でそないに多いんやと思う?」
「そりゃあ…親が子供好きだからじゃねぇの?」
「ブブー」
「ヒント!」

いつからクイズになったん、と笑いながらも志摩はもう一度唸る。秋になったといえどまだ気温は高い。クーラーの音がやけに大きく室内に響いていた。

「んんー…奥村くんが身を守る時にやな」
「お?おお」
「盾、いくらでも使おてええよ、言われたらどんなけ使う?」
「いくらでもいいんならそりゃいっぱい使うだろ」
「そうゆう事や」
「はぁ?」
「俺はな、盾なんよ。坊守るための」

テーブルの上に置いてあったノートに、志摩がペンで人間を一人書いた。トサカのあるお世辞にも上手いとは言えない人間は、多分勝呂だろう。その前に眼鏡をかけた人間を足す。子猫丸だろうか。勝呂を守るように、両腕を広げている。
その二人より更に前、二人を背にするように、キリクを持った人間が足された。キリクを持った人間はどんどん増えて、とうとう勝呂と子猫丸を背にした人間は五人になった。
志摩は少し手を止めて、子猫丸の隣に少し大きめのキリクを持った人間を書く。そして最後、少し離れたところにもう一人書き、その人物には大きくバツ印を付けた。キリクを持った人間は総勢七人にもなる。

「子猫さんも坊を守る立場やけど、当主やからね。五男坊の俺とは立場がちゃう」
「………」
「奥村くんもさっき言うたやろ?盾はいっぱいあった方がええて」
「ん…」
「いっぱいある盾の一つが俺やねん。せやからな、あの二人とは身分が違うんよ」
「なんか…」
「ん?」
「なんかそんなの…」

よく分からないが、そんなのいいのか。そんなの嫌だ。勝呂も子猫丸も、それで納得してるっていうのか。

「俺は嫌だ」
「へ?」
「そんなん…志摩がそんな道具みたいな…そんな…」
「ははっ」
「何笑ってんだよ!」

人がせっかく!と憤った俺に対して、やっぱりいつも通りへらへら笑った志摩は投げるようにペンを置いた。

「ま、古い家なんてどこもそんなモンやって」
「でもよぉ」
「奥村くんはホンマええ子やなー」
「お前俺の事馬鹿にしてんだろ!」
「してませんえ〜」

志摩は沢山の人間の書かれたページをビリビリと破ると、くしゃくしゃに丸めてごみ箱に放る。美しい放物線を描いて、紙はごみ箱に収まった。ぼんやりとその軌跡を追った俺の袖を、志摩がちょいちょいと突いて興味をテーブルに引き戻す。

「そろそろ坊らも戻ってくるんちゃうかなぁ。何もやってへんて分かったら怒られるし、一応やっとるフリだけでもしとこか」
「そうだな。つってもノート見りゃバレバレじゃねぇか」

まぁあいつらも俺達だけで課題を終わらせられるなんて思ってないだろうが。

ノートを開くのと、ドアが開くのはほぼ同時だった。おう、と言いながら入ってきた勝呂と子猫丸の姿を見て、志摩がこちらに片目をつぶってみせる。ギリギリセーフってとこだろうか。志摩のウインクには気付かなかった勝呂は志摩の隣に座ると、俺達の手元を覗き込んだ。

「なんや、ノート真っ白やないか」
「あきませんて坊〜、俺と奥村くんの二人で課題進むわけないやないですの」
「志摩さん…ちょっとは頑張らんとあかんえ」

いつも通りの三人のやり取りだ。親友と呼ぶのに相応しいように見えるのに、この三人の間には明確に身分差というものが存在している。そう考えると不思議な気分だった。

「お前ら、実家の方でなんかあったのか?」

何の気無しにした質問に、強く反応したのは子猫丸だった。
談笑の最中はなだらかに落ちていた細い肩がビクリと震え強張る。眼鏡の奥の目はきょどきょどと勝呂を見、俺を見た後で志摩に向けられた。勝呂は黙り込んでいるが、その目が一瞬伺うように志摩を向いたのを俺は見ていた。
それらは全て、分かりやすい程ハッキリと、この場にその情報を知ってはならない人物がいるのだと告げていた。俺じゃない、志摩だ。こうも簡単に身分差とやらを垣間見る事になるとは思わなかった。きっと俺が気にしてなかったから気付かなかっただけで、今までも沢山あったのだろう。
硬い空気が部屋を包む。居心地の悪いそれに勝呂が口を開こうとした時、志摩の柔らかい声が遮った。

「いややわ〜、どうせ面倒臭い話なんでっしゃろ?俺五男坊やしそんなん関わりたないから話さんでくださいよ」
「志摩さん、あんたさんそれでも志摩家なん?」
「小猫さんきっついわー」

朗らかに笑う志摩の横で、勝呂が僅かに息をつく。それに気付いてるはずなのにチラリとも視線をやらないまま、志摩が教科書をパラパラと捲った。その口も目も柔らかな曲線を描いているのに、その奥の感情は何一つ悟れない。

「俺は五男で良かったわ」

そう言って、志摩はまたいつもの軽薄な笑みを浮かべた。





2011/08/08 20:38
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