子守唄を歌いながら歩く。いや、祈りの歌だったかもしれない。どちらにせよ、今は亡き故郷の繁栄を願う歌だ。こんな世界の果てのような場所で、俺は未だに故郷の繁栄を願っているのかと思うと笑いが漏れた。
右手に握った剣はもう随分前から地面を引きずっている。刃毀れしただろうか。どうでもいい事だ。ずるりずるりと歩きながら、飽きもせずに歌を歌う。
意味の無い音の羅列のようでいて、呪いじみた狂気の込められた歌。それが理解出来るのは、この世界では俺だけだ。

斜め前方で、ガシャンと音がした。イミテーションの壊れる音だ。敵軍の誰かがいるのだろうか。歌いながら、そちらに進路を変える。荒い息遣いと、鎧の鳴る音が聞こえる。向こうも俺の気配に気付いてるだろうに攻撃してこないって事は、それだけ消耗してるんだろう。
壁しか残っていない廃墟をぐるりと回り込む。見えない視線が俺を追う。歌なんか歌ってんだ、居場所はバレバレだろう。
回り込んでみれば、やはり壁に背を預けるようにしてコスモスの戦士が一人、座り込んでいた。横にはイミテーションの残骸もある。鋭い目線が俺を見た瞬間、僅かに見開かれる。

「君は…ジェクトの」

ああそう言えばもう一人いたな、歌の意味が分かるヤツ。だからどうと言う訳では無いが。
引きずってきた剣の柄を離す。剣は重力に従って落下し、ガシャンと騒々しい音を立てた。剣はそのままにそいつに近付いて行くと、警戒しているのかそいつは自分の剣を引き寄せもう一度鋭い視線を寄越す。なんだよ、もう立つ気力も無いくせに。
目の前に立ってじっくりと見下ろす。銀髪、背は多分俺より高い、男。何度か見た事があるな。

「何か用か」

毛を逆立てた猫みたいだ。まぁ敵軍の男が歌いながらフラフラ近付いてきたら俺でも警戒するけどさ。
腰のポーチから、ポーションを取り出す。見た所一番酷いのは足の怪我だ。これもあって立ち上がれないんだろう。俺の一挙手一投足を息を詰めて見詰める男が、なんだか可笑しい。俺のニヤニヤ笑いが気に障ったのか、男は僅かに眉根を寄せた。

「何を…うわっ!?」

ボタボタと足に掛かったポーションに、咄嗟に足を引こうとするがもう遅い。傷口がみるみる癒えていく。その様子をじっと眺めて、恐る恐るといった風に男が俺を見上げた。瞳から警戒の色は薄れたが、代わりに怯えが少しだけ見える。

「あの、ありがとう…?」

コスモスの戦士ってのは、随分と礼儀正しいもんなんだな。
まだ体力的な問題で立てないらしい男の隣に座る。肩をくっつけて座ったのに、そっと間を開けられてしまった。俺は何時に無く上機嫌で、唯一歌える歌を歌い続ける。

「えっと、俺はフリオニール。君は確か…ティーダだったか?」

笑いかけることで肯定を示すと、男、フリオニールはそうかとか何とかもごもご言って気まずそうに俯いた。なんか可愛いな、こいつ。チラチラ遠慮がちにこちらを見てくるフリオニールは小動物みたいだ。

「さっきから…何で歌ってるんだ?」

聞いてはくるが、返答に期待はしてないのか無理に聞き出す事は無い。恐らく何とかして間を持たそうとしているのだろう。俺だったらこんな不審者殴って気絶させて留め刺しちゃうけどね、と思う。だって敵軍のヤツが真横で武器も持たずにへらへら歌ってるのに、武器を握っていながら何もしないなんて馬鹿げている。ポーションやったのを恩にでも思ってるのだろうか。
俺の剣は相変わらず廃墟の入口で鈍く光っている。
唐突に、こいつを驚かせてやりたくなった。多分俺の頭がおかしいと思っているこいつに悪戯をしてやろう。

「祈り子がさぁ、謝るんだ」
「へっ、あ、え?」
「ガキだよ、男の。こんなつもりじゃ無かったって謝るからさ、歌ってやってんだ」
「あの…え?」
「ほら見えねぇの?そこにいるだろ。いっつも俺にくっついて来んのな、あいつ」

フリオニールは律儀に指し示した方向を見るが、当然そこに人なんかいない。不安げに俺を振り返ったフリオニールの顔は怪談に怯える子供そのものだ。大成功した悪戯に、嬉しくて堪らなくなった。

「ははははははは!」
「うわっ!?な、何だ今度は!」
「ジョーダンだよ、ジョーダン。何もいねぇよ」
「え…」
「する事無いから歌ってんの」
「そう…なのか」

ビクビクと俺のする事に一々反応するフリオニールは何だか可愛い。俺は益々嬉しくなって、また歌い出した。

しばらく静かに歌を聞いていたフリオニールが、そっとこっちを見る。慣れたのか最初の怯えは微塵も無くなっていて、少し詰まらない。

「どういう意味なんだ?」
「ん〜?」
「その歌、聞いた事の無い言葉だ」
「大した意味は無ぇよ。俺の故郷が永遠に栄えますようにって歌」
「へぇ。いい歌だな」
「ま、俺が滅ぼしたんだけどな」

僅かに笑顔を覗かせていたフリオニールの表情が固まる。ホント、一々反応が可愛いな。

「はは…滅ぼ、滅ぼしたって…」
「だから、俺が、ぜーんぶぶっ壊しちゃったの。一人残らず殺しちゃったの。分かる?」
「なんだ…それ…」

真っ青な顔で、フリオニールが俯く。今にも吐いてしまいそうだ。それを想像すると楽しくて見てみたくなるけど、もうそろそろ行かなくては。フリオニールは気付いて無いようだがいくつかの気配がこちらへ近付いて来ている。全く、仲間想いなことだ。
フリオニールはこれ以上話す気は無いようで、黙りこくっている。歌うのを再開したら、大袈裟な程に肩が跳ねた。それをニヤニヤと眺めながら、立ち上がる。
廃墟の出口に向かって三歩進んで、放置したままだった剣を思い出した。棄てて行くわけにもいかない。水色に発光する剣を拾い上げ、フリオニールを振り返る。振り返った先のフリオニールは最初よりも格段に警戒と怯えを強めた顔で剣を握りしめていて、何だか笑えた。

「なぁ」
「なっ、なんだ!」
「俺、今目茶苦茶気分いいからさ、殺さないでやるよ」
「は…?」
「じゃーね、フリオニール」
「あ、おい!」

そのまま廃墟を出て、こちらに向かっている気配とは逆方向に歩くことにした。どうせ目的地なんか無い。後ろでフリオニールがまだ何か言っていたような気がしたけど、よく分からなかった。

また、一人で歌いながら歩く。ずるりずるりと剣を引きずって、もう随分と北の外れに近付いたんじゃないだろうか。空には星が瞬いている。

「ごめんね」

不意に、声が聞こえた。上を向いてていた顔を正面に戻すと、見慣れた小さな影が立っていた。
ああ、また何時もの幻覚だ。一人の時に度々現れるこの子供は、いつも一方的に俺に謝ってくる。散々俺に謝って、憐れんで、慰めて、優しくしては去っていく。

「よ、祈り子」
「ごめんね、泣かないで」
「子供じゃないんだ、もう泣かねぇよ」
「泣いてるよ」

祈り子に合わせて屈めば、体と同じで小さな手が頬を覆った。

「コスモスの戦士に会ったんだね」
「見てたんなら出てくればよかったのに」

あ、俺の幻覚だから無理か。そう呟いたら、どこか悲しそうな顔をした祈り子は小さな小さな声で幻覚じゃないよ、と言った。俺の頬を覆った祈り子の手を握りしめて、立ち上がる。
手を握ったまま歩き出すと、祈り子は何も言わずに俺と一緒に歩き出した。祈り子の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩いてやる。ずるりずるりと剣を引きずりながら。

当ても無く歩きながら、俺はまた歌い始める。夢の中でさえ滅びの道を辿った故郷の繁栄を願う歌を。
右手に握った冷たい剣とは対照的に、左手に握った祈り子の手はとても暖かかった。ごめんね、と囁いた幼い声は、聞こえなかったふりをした。





2011/07/25 20:58
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