『生まれ変わったら会いに行きます』の続き



水場に、ジタンの声が響く。今日の行軍はもう終わり、夕飯の準備の為に私とジタンとスコール、そしてティーダで水汲みに来ていた。皆疲れた顔をしてるけど、まだまだ元気そうで少し安心する。

「最初の子はやっぱ女の子だろ!レディ!」
「確かに一姫二太郎と言うが…」
「いちひ…え?」

他愛のない話。
確実に来る別れと敗北への恐怖を紛らわせるため、私達はよく勝利のその後を話し合った。今日もジタンが言い出して、子供は男の子と女の子どちらが先に欲しいかと四人で話していた。意外にも普段はだんまりを決め込むスコールまでもが積極的に会話に参加している。故郷にいる恋人に想いを馳せたのだろうか。

「ティナちゃんは?男と女、どっちがいい?」
「私は…どっちでも。どっちであっても嬉しいわ」
「確かにな〜。ティーダは?」
「えー、俺?」

水の入った容器は重くて、持ち上げた瞬間少しふらつく。ティーダが大丈夫?と聞いてくれたのが嬉しくて、思わず顔が綻ぶ。頷いてお礼を言うとティーダも笑い返してくれた。
その笑顔のままジタンを向いたティーダが、質問に答える。きっと彼も、嬉しそうに希望を語るに違いない。

「俺はなー、子供はいらないかなぁ」

びっくりした。
いつもの快活な笑顔から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。ジタンとスコールも予想外の言葉にひどく驚いて、ティーダを見詰めている。

「えぇ?何でだよ!」
「…お前は子供好きだと思っていた」
「いや子供は好きっスよ。でもなぁ」
「どういう意味?」
「俺、絶対愛せねぇもん」

少し前を歩いていたジタンが、ピクリと肩を震わせて一瞬立ち止まる。私も同じように、次の動きを思い出せなくなってティーダを凝視した。何言ってるの。だってティーダ、言ったじゃない。

「ジタン?どうしたんスか?」
「あ、いやー…いや、そういえば今日バッツが岩場でコケてさ」
「マジっスか!」

笑い声がまた復活する。ぎこちなく、止まっていたティーダを除く三人の動きが再開される。その後、再び子供の話に戻る事は無かった。
でも、私の中は悲しみと困惑と、そして何より怒りでいっぱいになっていた。だって、だって、言ったのに!



*****



夜、ティーダはよく一人で水場に泳ぎに行く。以前四六時中だって泳いでいたいと笑っていた。今日も一人で泉に向かったティーダを、慌てて追い掛ける。オニオンナイトに名前を呼ばれた気がしたけど、ごめんね、今は行かなきゃいけない。だって彼は一度潜ってしまったら中々出て来てくれないから。

ようやく追い付いた時、ティーダは既に腰まで水に浸かっていた。身を屈めた後ろ姿に、慌てて声を掛けようとしたら、走ったせいで踏んだ小枝が足元で乾いた音をたてた。
パキリ、という軽い音に、勢い良くティーダが振り向く。警戒の宿った瞳は私を見た途端に柔らかく緩んで、私に僅かな優越心を抱かせた。あの太陽みたいな男の子は私の仲間なのよ、どんなに鋭い瞳をしていても、私に向く時は飛びっ切り優しくなるのよって自慢して回りたくなるけれど、今はもっと大事なことがある。
私の姿を認めて、水を掻き分けながらティーダが浜辺へと戻ってくる。そのまま私の正面に立つと、顔を覗き込むようにして私と目を合わせた。

「どうしたんスか?オニオンは?」
「あの、ごめんなさい」
「ん?」
「泳ぐの、邪魔しちゃって」
「いいっスよ、そんなん。ティナの方が大事」

優しく笑うティーダは、あの時と何も変わらないのに。なのに。昼間感じた怒りの炎が、再び私の胸を静かに焼いた。

「座ろっか」
「ええ」

私の話が長くなると悟ったのだろうか。深刻な顔をした私をリラックスさせようとしたのかもしれない。ジタンみたいにハンカチとか無くてごめんな、と笑ったティーダが浜辺に座り、隣に座るよう私を促す。

「あの、昼間の事が聞きたくて」
「昼間って?」
「いらないって言ったでしょう?子供。どうして?」
「ああ!」

何だそんな事か、と言わんばかりのティーダの笑顔に、また胸の底がチリチリと焦げ付く。私の怒りには全く気付かないまま、ティーダが言葉を続けた。

「俺の親はさ、何て言うんスかね。無関心?みたいな。俺に興味が無くってさ、抱き上げられた事も撫でられた事も無いんスよね」

何でもない事のように、ティーダは言う。

「基本的に俺の存在は邪魔だったからさぁ。俺、子供ってどう扱っていいのかさっぱりなんスよ。ファンの子なら分かるんだけど、自分の子供って事はずっと家にいるんだろ?」
「…愛された事が無いから、愛せないの?」
「まぁ簡単に言うとそういう事っスね」

そう言って、ティーダはまた朗らかに笑った。
もう、我慢出来ない。何を笑ってるの、何を諦めてるの。貴方が諦めなければいけないものなんて、この世に何一つ無いのに。許せない。何で貴方は私のいない所に生まれたの。

「俺、多分子供出来てもさ、俺と同じ目に合わせちゃうから。それぐらいなら、その子も生まれない方が幸せだろ」
「そんなわけないわ!」
「うわっ!?」

私が突然上げた大声に、ティーダは驚いて僅かに後退る。でもそんな事に構ってられない。怒りと、悔しさと、色んな感情がごちゃまぜになってきつく唇を噛み締める。そのまま腰を上げてティーダの正面に行くと、ティーダは怒られると思ったのか肩を震わせ少しだけ身を引いた。
なによ、私の子供が欲しいって言ったくせに。知らないと思ってるでしょ、覚えてないと思ってるでしょ、私がお人形だから。知らないのも覚えてないのも、あなたの方なんだから!

「ティ…ティナ?」
「私は…私、は!貴方の世界を変えたいのよ!」
「へ?」
「貴方が諦めなきゃいけない事なんて何も無いんだもの。貴方は欲しがればいいんだわ、そうすれば私が何だって叶えてみせる!」

ポカンと私を見詰めるティーダは、私の言葉の三分の一も理解していないように見えた。だから私は、尚更彼に伝わるように声を張り上げる。

「私だって覚えて無いけど、貴方の方が覚えて無いわ。私は人形で、でも貴方は確かに私と幸せになりたいって言ったのよ、私の子が欲しいと言ったのよ」
「………」
「私は貴方の世界を変えたいの。何だってそんなに世界を悲しいと思うの。貴方の世界はもっと美しいものよ。貴方はもっと幸せな世界に生きるべきなの。貴方は愛されるために生まれてきたのに!」

ティーダが、真ん丸に見開いた目を瞬く。穴が開く程私を見詰めていた目がじわりじわりと滲んで、ポロリと一粒涙を落とした。
それを見て漸く、私の心を焼いていた怒りが静かになる。その代わりに目の前の彼を愛しいと思う気持ちが溢れて、私は少し、ティーダの方へ身を乗り出した。ティーダもいつの間にか前のめりになっていて、虹彩に散った星を数えられそうな程に距離が縮まる。

「愛し方を知らないのなら、私が教えるわ」
「うん」
「二人なら何だって出来るわ」
「うん」
「一緒に行きましょ。同じ夢を見るの」
「うん」

差し出した両手に、ティーダの手が重なる。そのまま彼の涙に口付けて、頬をすり合わせる。まるで獣のような愛情表現だけれど、きっと抱き合うより私達には似合っている。
思わず、といったように笑い声を漏らしたティーダが、優しく私の両手を握り締めた。

「なぁティナ、俺の子生んでよ」
「もちろん」

いつか言えなかった返事を今度こそ返して、私はもう一度ティーダに頬を寄せた。





2011/07/24 21:54
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