虚ろな目をした人形は、本当に偶に、自我を取り戻した。人形は笑うと少し眉が下がる。まるで困っているかのようなその顔が好きで、俺はよく自我を取り戻した人形に纏わり付いて話をした。
自我のある時人形は、ティナと名乗った。ティナの儚げな笑顔は、確かに俺がこの異世界で戦う支えになっていた。多分、好きだったんだと思う。
ティナの事なら何でも知りたかった。何で悲しそうなの、何で辛そうなの、戦うの嫌いなの、俺も戦うの好きじゃないよ、ねぇ過去に何があったの。知りたくて知りたくてしょうがなかったけど、聞いたら俯いちゃうんだろうな、って思ったら聞けなかった。だからぐっと飲み込んで、下らない話だけをティナにした。そうするとティナはあの困ったような笑顔を向けてくれるから、それだけで満足だった。ティナを想う気持ちはキラキラと輝く宝石のようで、俺は随分と気に入っていた。
思いを伝える気は無い。この戦いが終わったら二度と会えないと、始めから分かっている。でも例え同じ世界に生きてたって、伝える事は無かっただろう。俺は少しだけ人とは違う生き物だから。こんなに優しいティナに、愚かな夢の残骸を抱いて生きてくれなんて言えない。
まだまだ続く戦いの中、俺は本当に、ティナの笑顔だけで満足していたのだ。でもいつか、生まれ変わったら。生まれ変わってもっとちゃんとした命になれたら、そしたら愛を伝えに行こうと、心に決めていた。

ティナは自我を取り戻すと、必ず俺の所へ来てくれた。きっとケフカの側には居たく無いけど、だからといって行く場所なんか無いからだろう。どんな理由だったとしても、ティナと話せるのは俺にとってすごく喜ばしいことだった。
今日もティナは唐突に戻ってきた自我を持て余して、俺の所に来ていた。

「ティーダ、見付けた」

皇帝に呼ばれない限り、いつだって夢の終わりでボールを蹴っている俺を見付けるのは簡単な筈なのに、心底嬉しそうに笑うティナに俺まで嬉しくなる。段差から降りるティナに手を貸し、隣合って座る。まるで恋人同士みたいだと一瞬思って、すぐにその考えを振り払った。

「ケフカに見つかんなかった?」
「見つかっちゃったけど、アルテマ撃って逃げてきちゃった」
「はは、さすが」
「ふふ」

はにかむティナは、まるで可憐な花みたいだ。きっと俺が手を伸ばしたりなんかしたら、ぐちゃぐちゃに折れて死んでしまう。守ってあげたいなぁ、と思う。いつか、彼女の騎士が現れるまででいいから。

「あのね、暗闇の雲に聞かれたの」
「なにを?」
「欲しいものはあるかって」
「なんスかそれ」

相変わらずカオスの連中の思考回路は意味が分からない。呆れた顔をしてみせたら、ティナは楽しそうに笑ってそれでね、と続けた。

「ティーダにも聞いてみようって思ったの。ね、欲しいものはある?」
「欲しいものー?欲しいものかぁ…」

目の前にいるよと言えたらどんなにいいだろう。ティナの困ったような笑い顔は好きだけど、困らせたいわけじゃないから言えない。でも、少しだけなら許されるんじゃないだろうか。本当に、少しだけ。例えば、直接じゃなくて凄く遠回しになら。
その時の俺は、魔がさしたとしか言いようがなかった。だって、誰にも知られず風化させると決めていたのに。

「子供、欲しいな」
「こども?」

意外そうな顔で目を見開くティナを、覗き込む。ガラスのような瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

「そう。ねぇティナ、俺の子生んでよ」
「え、」
「俺、絶対いい父親になるよ。可愛がるし、嫌なことは絶対しない」

ティナの瞳から感情は読み取れない。拒否も肯定も無いから、もしかしてもう人形に戻ったのかとも思ったけど、そのまま俺は続けた。

「いつも側にいてやって、乱暴なことは何もしない。どんな話だって聞くし、繋ごうとした手を振り払ったりしないし、手を伸ばしたら抱き上げるよ」
「………」
「望みは何だって叶えてあげる。呼ばれたらすっ飛んでって抱きしめるよ。一人で泣かせたりなんて、絶対しないから。だからさ」

言いながら気付いた。なんだ、結局俺は自分が救われたいだけじゃないか。
与えられなかった何もかもを与えて、そして笑う子供が見たいのだ。そこに自分を重ねて、まるで幼い自分が笑っているかのように錯覚したいんだ。
なんか俺、自己愛の固まりみてぇ。
今まで宝石のようだったティナを愛しく思う気持ちが、突然醜く薄汚れたガラクタに思えた。俺はもしかして、この自分よりもっと可哀想な少女を愛することで自分を救済しようとしているだけなんじゃないのか。そんな気持ちで子供を愛するなんて言えるのだろうか。その子供は愛されてると言えるのか。俺を愛さなかったあの人達と、自分しか愛せない俺と何が違うって言うんだ。
何だかとても悲しくなる。違うと否定しようとするのに、その度に本当に違うのかと疑問が湧く。

それでも、俺は。例えばこれが本当にそんな醜いものだったとしても。その子供にティナの血が混じっているなら、その子供の母親がティナだったなら、幼い俺の代わりにじゃなくて、心から愛してやれる気がするんだ。

「…ティーダ?」

突然言葉を切って俯いたまま黙り込んだ俺を、心配そうにティナが覗き込む。まだ人形には戻っていない。

「何でもない。冗談っスよ、ジョーダン」

いつもと違う俺の様子に少なからず怯えていたんだろう。ニッコリと笑いかければ、ホッとしたように微笑まれた。ティナには俺の言葉の真意は伝わらなかったらしい。安堵するのと同時に、どうしようもなく悲しくなった。

「ティナは何が欲しいって答えたんスか?」

話を逸らして問えば、ティナは嬉しそうにうふふ、と笑う。僅かに染まった頬は瑞瑞しい果実のようで、その頬にキスできたらこの上無く幸せなのにと思わずにはいられなかった。

「ひみつ」
「ずるいっスよ〜」
「いつか教えてあげるわ。でも今はまだダメ」
「そんなぁ。暗闇の雲には教えたんだろ?」
「ダメよ、ひみつなの」

ニコニコと笑うティナは、絶対に口を割る気は無いらしい。上機嫌に立ち上がり三歩進んだ所で立ち止まった。ケフカの所に帰るのだろうか。じゃあまた、と声を掛けようとしたら、それより早くティナが振り返った。

「暗闇の雲はね、もうそれは手に入ってるって言うの」
「え?」
「いつか、ティーダにも教えてあげる」

それだけ言うと、ティナは闇と共に消えてしまった。何なんだろう、ティナの欲しい、もう手に入ってるものって。ぼんやりとティナが消えた空間を眺める。ここはこんなに寂しかったかな。

ティナが欲しがってるもの一つ、俺は与えてやれない。彼女の頬を染める存在が心底憎くて堪らない。それが俺じゃないことが悔しくて仕方ない。いつの間に騎士を見付けたのだろう、ティナは。彼女に想われるのが、俺だったらいいのに。そんな訳無いと分かっていても、願わずにはいられない。

いつか生まれ変わったら。生まれ変わってもっとちゃんとした命になれたら、君に愛を伝えに行くから。どうかそれまで彼女の騎士が現れませんように。俺はやっぱり最低だ。
きっともう人形に戻ってしまった女の子の事を想って、俺は大きくボールを蹴った。





2011/07/24 21:53
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