死というのは、案外呆気なくやってくるものなのだと知った。今まさに死にかけている身で言うのもなんだが。
脇腹が熱い。なのに血を流しすぎたのか、寒くてしかたがない。まだ視界ははっきりとしているが、そのうち霞んでくるのだろう。ケアルのストックはもう無いし、ポーションは先程の銃撃で割れてしまった。死ぬんだなぁ、俺。と他人事のように思う。
幼なじみの中で、最初に死ぬのは俺だろうと予感していた。死ぬ気は無かったが、それでも最初は俺だろう、と。おかしな話だが、そう確信していたのだ。そして今、まさしく俺は六人の中で初めに死のうとしている。

侵入した屋敷は先程から静まり返っている。任務だけは達成出来たことが、せめてもの救いだ。そういえば、俺が殉職した場合どうなるのだろう。通常なら二階級特進だが、最高位のSeeDにこの上なんて無いし、ここまでランクの上がったSeeDが任務中に殉職した例も無い。まさか司令官?と思って少し笑う。脇腹が引き攣って、熱さが増した。死ぬまでの時間潰しもままならない。

「う、あー…超いてぇ…」

声は、まだ出る。聞く相手がいないから意味は無いが。大広間の壁に背を預ける俺の周りには、敵の死体が転がるだけだ。
まさか、こんな事になるとは思わなかった。指令を下したスコールも思わなかっただろうし、書類を手渡したキスティスも、横で聞いてたサイファーも思わなかっただろう。出掛ける俺に手を振ったセルフィも、アーヴァインだって思わなかったはずだ。
アクシデントが重なったんだ。それだけだ。重なり合ったアクシデントが、たまたま俺に降り注いだ。そう、それだけ。俺一人で事足りるはずだったモンスター駆除現場に犯罪組織がいたことも、誘拐したての人質がいたことも、人質が見捨てるには地位が高すぎたことも、全部。あぁ、運がない。
そういえば、人質の少女はどうしただろうか。何度かパーティーの警護で見掛けたことがある、ガルバディアの要人の娘。まだ押し込んだ階段下の物置にいるだろうか。いやまさか、静かになったら逃げろと言っておいた。もうとっくに逃げ出して保護されているだろう。これできっと今後ガルバディアで任務がやりやすくなる。何だ、意外と良いことあんじゃん。

「ゴホッ、は、はぁー…」

そろそろ死ぬかな。やだな、特殊訓練なんか受けてるから、中々死ぬことすら出来ない。
皆は泣くだろうか。セルフィとキスティスは泣いてくれる気がする。アーヴァインもきっと泣いてくれる。スコールは自分を責めるだろう。お前のせいじゃないと言ってやりたいが、残念ながらその時俺は土の中だ。サイファーは、サイファーは…「馬鹿が」と呟いて、「ほら見ろ言っただろう」ときっと怒るんだ。でもそんなこと言ったってもうしょうがないだろ。

いつだったか、そう、人質の少女もいたパーティーだ。俺は馴れないタキシードを着て、会場の警備をしていた。壁際に立つ俺を見て、サイファーが言ったのだ。

「まるで犬みたいだな。東洋の、やたら忠誠心が強い犬」

また馬鹿にしてるのかと思った。でもサイファーは何だかやけに真剣な顔で俺を見下ろしているものだから、思わず俺も真面目な顔で聞いてしまった。

「主人以外に尻尾も振らねぇ、言うことも聞かねぇ。主人のことばっか考えてやがる」
「チキンの次は犬かよ。アンタ犬嫌いだっただろ」

サイファーは難しい顔をする。きっと、そういう事が言いたいんじゃないんだろう。結局、あの時の真意を聞きそびれてしまった。

「テメェは主人の為なら敵わねぇ敵にだって突っ込んでくんだ。子供の頃から変わんねぇ」
「は?」
「忠誠心は結構だが、退くことを覚えろ」

そう言って、サイファーは離れて行った。
子供の頃は事あるごとに泣いてはサイファーに呆れられていたから、泣き虫以外の印象をサイファーが持っていることに驚いたものだ。
きっとサイファーは、今この時を予言していた。主人ってそうか、誰のことを言っていたのか漸く分かった。それなら確かに、俺は子供の頃から何も変わってないのかもしれない。

今回は、一度退くべきだった。状況を把握して、上に指示を仰ぐべきだった。依頼もされていない人質救出をするSeeDなんて聞いたことが無い。
だが、見てしまったのだ。
怯えて泣く少女を。泣き止まない少女に向けて振り上げられたナイフを。そして何より、ダーツの的にされた写真を。下卑た声が敬愛して止まない魔女の名を呼んで、魔女の写真に穴を開ける。母と呼んだその魔女を穢す行為だけは許せなかった。その少女を救えば魔女と魔女の作った箱庭にとって益になると気付いてしまった。突っ込んで行く以外に、選択肢など無かった。

下を向いていた顔を、何とか上げる。ゴツリと鈍い音がして、後頭部が壁に当たった。この真上にあるはずだ、まま先生の写真。この角度では見えない。顔が見たい。こう、立ち上がる事は無理でも、気合いを入れれば腕くらい持ち上がらないだろうか。

「あーいってぇー」

嘘だ。もう痛覚なんざ殆ど無い。右手を何とか伸ばしてみるが、指先しか届かない。もう少し、もう少しで。

「ぐ、う、うぅぅ…はぁっ」

届、いた!
力いっぱい掴んだせいで僅かにシワの寄った写真が、膝に落ちる。ガルバディアを支配しようとしていた時の写真だろうか。穴は開いてしまっているけれど、色褪せる事の無い美しい微笑みは記憶と寸分違わない。美人だ。まま先生。

「まませんせぇ、まませんせい」

涙がこぼれた。まま先生の頬に落ちた水滴を拭おうと指で写真をなぞったら、血の跡が付いてしまった。ああしまったな。拭きたいけれど、ここには綺麗な布が無い。俺は血みどろだし。
二滴、三滴と涙が落ちる。またサイファーに馬鹿にされてしまう。
写真のまま先生はカメラ目線だから、まるで俺に微笑みかけてくれてるみたいだ。

「まませんせい…」

子供の頃は、泣きながら呼ぶとすぐに来てくれたのに。抱きしめてキスしてくれたのに。大人になんかなりたくなかった。今ならアンタの気持ちが分かるよ、サイファー。
膝の上のまま先生は、派手なメイクで笑っている。考えようによっては凄い幸せな事なんじゃないのか、これ。この先何処で死んだとしても、その場に丁度良くまま先生の写真が有るなんてことまず無いだろう。それがこの場にはあって、俺は死ぬ瞬間までまま先生に微笑みかけて貰える。ホントは出来たらノーメイクの優しく笑ってるやつが良いけど、贅沢は言わない。
そうだ、俺凄い幸せじゃん。任務は達成、ガルバディアはガーデンの評価を上げる、まま先生はいる。殉職だし、今までの給料と合わせて母さんには結構な額を遺してやれるだろう。思わず笑ってしまう。泣く理由なんか無いじゃないか。俺の命一つでこの結果が買えるなら上等だ。

心残りなんて、一つも無い。嘘だ。ホントは沢山ある。
セルフィと今年も学祭を成功させると約束した。アーヴァインの恋に協力しなければ。キスティスの誕生日の為に予約した花束の代金をまだ振り込んで無い。スコールと揃いのチャームを作って欲しいとリノアに頼まれてる。サイファーがハイペリオン触らせてくれるって言ったのに。

「まませんせい…まま、サイファー、サイファー」

サイファー、サイファー。何でかサイファーのことばかり思い出す。きっと俺の訃報を聞いて一番怒るからだ。
突入を報告する本部へのコールを取ったのは、サイファーだった。ちょっと待てと怒鳴るサイファーとの通信を無理矢理切ったのは俺だ。少しだって待てなかった。ナイフは今まさに振り下ろされようとしていた。
絶対怒ってるな。俺の死体に向かってガンブレード振り回さないと良いんだけど、アイツ結構アタマおかしいから分からないな。皆が止めてくれますように。

ゴトン、と屋敷の何処かで音がする。
しまった、まだ誰か生きてたらしい。人質の少女では無い。足音が重すぎる。
段々と近付いてくる足音に、右手を一度握り締める。立ち上がるのはムリだ。疑似魔法のストックはファイガが三つとサンダガが七つ。今の俺の体力じゃ放てるのは一発だけだが、敵が一人ならイケる。足音はもうドアの目前まで来ている。急げ、急げ。あのドアが開くと同時に魔法を放って、そして俺はそのまま二度と。まだダメだ、放つ準備が完了していない。あと五秒だけでいいから。ああダメだ、間に合わない。

ドアが開くのと、真横の窓が割れるのは同時だった。

白いコートが風を含んで舞う。その色を見た瞬間に俺の右手に集まっていた魔法は霧散して、ドアの前にいた男の断末魔が響く。暗い広間で尚輝く金髪が俺を振り向いて、燃える緑眼が俺を射る。
ほらな、やっぱり怒ってる。長く重い息が、俺の口から漏れた。安堵と、脱力と、安心と、いろんな物が混ざった息だ。

近付いてくるサイファーを眺めながら、俺はずっと昔、まだサイファーに泣かされてばかりいた頃、あの男の容姿をまるでお伽話の王子様のようだと思っていた事を思い出した。じゃあ助けられた俺がお姫様か、似合わねぇな。
自分の想像に僅かに笑った俺を見て、サイファーの眉間にますますシワが寄る。こんな凶悪なツラした王子様は嫌だな。

ケアルの淡い光が自分を包んだ感触を最後に、俺の意識はブラックアウト。次目覚めるのはきっと、見慣れた医務室のベッドの上だろう。

「サイファーはお兄ちゃんだから、必ずゼルを助けてくれるわ」

目の前が暗くなる瞬間、遠い昔に夢うつつで聞いた言葉が、耳元で響いた気がした。





2011/07/15 22:45
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