私より100年も後に生まれて、私より100年も先に死ぬ子供。まだ20年も生きてはいないのに、もう大人にならねばならぬ子供。この子がヴィエラだったなら、あと30年は子供でいられただろうに、その頃にはもう死の影が注す子供。
儚いものはかわいい。儚くて、脆いものは得に。
このヒュムの子を、恐らく私は愛している。

まだ丸みの残る頬に手を伸ばす。こびりついた土を拭ってやれば、子供は嬉しそうにはにかんだ。

「ありがと、フラン」
「いいえ」

ついでだからと頬の擦り傷にケアルをかけてやる。仄かな光に包まれて擽ったそうに笑い、子供はくるりと背を向けて駆け出した。

「あまり離れては駄目よ」
「大丈夫!」

そう言って昨日も迷子になったのを忘れたのだろうか。王女にこっ酷く叱られて、半ベソをかいていたというのに。

「なぁあれ、バルフレアが好きな酒だ」
「無駄遣いは駄目」
「はーい」

幼い返事と共に、子供は隣に戻ってきた。仔犬のような子供にも、流石に王女のお説教は染みていたらしい。

「フラン、何買うんだ?」
「気付け薬と万能薬、後は矢とエクスポーションを」
「わかった」

キョロキョロ見回す姿は幼く可愛らしい。走り出してしまわぬように、とその手を取れば、ごく自然に握り返された。

「そんなに首を振ったら取れてしまうわ」
「取れねぇって!」

握った手を引いてやる。故郷に残してきた妹が頭を過ぎった。妹の手も、よくこうして引いてやったものだった。あの子はヴィエラにしては気弱だったから、こうでもせねば里から出ることすらできなかった。
何故妹を思い出したのか、という程に、今隣にいる子供と妹は似ても似つかない。手を引いてやらねば歩けなかった妹と違って、この子供は手を引いていなければ飛んでいってしまう。まだ一人で飛べるほど力を蓄えてはいないというのに。せめて子供が自分の持つ翼の大きさに気付くまで、こうして手を引いてやれたらと思う。可愛がっていたか弱い妹はあっさりと森に置き去りにしてきたくせに、いつから私はこんなに甘くなったのだろうか。
私の名を呼びながら、子供が手を揺らして引っ張る。その目は前ばかりを見ているのに、手が離される事は無い。

「フラン、道具屋あったぞ」
「駄目。武器屋からよ」
「そっか」

帝都は広い。今日の買い出しは二人なのだし、重い荷物は後に回すべきだ。幸いな事に道具屋は宿から近い。言わずとも理解したらしい子供は、少し開いてしまった隙間を詰めてまたぴったりと横に寄った。

私より大分と低い所にある顔を見下ろす。辺りを見回す瞳は輝いていて、故郷より大きな街に心を弾ませているのが分かる。
その瞳に薄汚いものが映らぬように、そっと体の位置をずらした。滅多に森から出ないヴィエラは注目の的だ。ましてやヒュムしかいない帝都では、皆が振り返ってまでこちらを見る。慣れっこではあるが、下卑た視線を寄越す男達を無邪気な子供の視界に入れたくは無かった。

「みんなフランのこと見てるな」
「ヴィエラは珍しいもの」
「フラン美人だしな」

何故か誇らしげに、子供が胸を張る。

「ナンパされても、俺が守ってやるからな!」

見上げるその瞳に、思わず笑みが零れた。笑うなよ、と膨れる子供の髪をそっと梳いて、繋いだ手をもう一度絡め直す。

「こんな小さな手で?」
「小さくないって!」

そう言って比べてみせた子供の手は、私より少し小さい。途端に悔しそうに顔を歪め、体の後ろに隠してしまう。

「もっとよく見せて」
「やだ」

嫌がる割に、手を差し出すとちゃんと握る。こういう所がひよっこと呼ばれる所以なのだと、この子はまだ気付いていないのだろう。当分は気付かないままでいいけれど。

「いつか私より大きくなったら、守ってちょうだい」

声に漏れ出た笑いを悟られてしまったのか、子供はますます膨れる。その頬を突いてやりたい衝動に駆られるけれど、我慢。これ以上不機嫌になったら、繋いだ手を離されてしまうかもしれない。それは惜しい気がした。

「守るだなんて、どこで覚えてきたの」

代わりに丸い頬を手の甲で撫でる。振り払うようにそっぽを向かれてしまったが、繋がれた手が離れることは無かった。

「アーシェが…」

歯切れ悪く紡がれた名前に、納得した。恐らく今まで同じ年頃の損得無く付き合える友人などいなかったのだろうあの王女は、砂漠の子供二人をいたく気に入っている。ダウンタウン育ちの子供にマナーを仕込んで、城に召し抱えてしまおうとする程に。そういえば最近の講義はフェミニズムについてだったか。
空賊を夢見る子供に仕官は断られたらしいが、それでも知っていて損は無いからとマナーを仕込む事は止めなかった。心許せる友が城に遊びに来た時に恥をかかせたくないものね、と言ったら王女は顔を真っ赤にして否定をしていたが。

「そういう言葉は可愛らしい女の子に言ってあげなさい」
「フランだって女の子だろ?」

不思議そうに返された言葉に、不覚にも目を見開いてしまった。成る程、こうやって王女は着々と自分好みの紳士淑女に染め上げていっているのね。

「だから、俺が守るんだ」

口を尖らせる様はまだまだ子供っぽいけれど、歳が二十を数える頃にはどう化けるか分からない。きっとその時はもう手を差し出しても繋いではくれないだろう。余りに早いヒュムの成長に、少しだけ寂しくなった。

「あ、フラン!サボテンの実が売ってる!」
「珍しいわね」
「帝都じゃ初めて見たな」
「…一つだけ。皆には内緒よ」
「え?でも無駄遣い…」
「私を守ってくれる小さな紳士さんにお礼よ」

子供の顔が、一気に輝きを帯びる。嬉しくて堪らないといったその表情に、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

「半分こしような、フラン!」
「ええ、ヴァン」

繋いだ手を引っ張り、子供が私を急かす。大好物の実よりも私の手が勝っているという優越感に、口が綻ぶのを抑える事が出来なかった。

「何笑ってんだ?」
「いいえ、何でもないわ」

私を見上げて笑う子供を見つめながら、ふと思う。
最初に森で生きよと言ったヴィエラは、きっと外の世界を見たのだろう。そうして知ったのだ、ヒュムという種族を。ヒュムと関わらずに外では過ごせない。ヒュムを知り、ヒュムと生き、ヒュムを失った後に言ったのだ、森で生きよ、と。私達の生はあまりに長く、ヒュムの生はあまりに短い。
この子供を、相棒を、仲間を、全て失った後、自分はきっと森に帰るだろう。そうして幼いヴィエラに同じように言うのだ。森から出てはいけない。外には大きな喜びがあるけれど、隣り合わせの大きな悲しみが必ずあるのだから、と。
その時を思い描いて、初めて五十年前の自分を少しだけ呪った。





2011/07/01 02:30
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