考える。
今ここにいる俺の体は、いったい何で構成されているのだろうか。
俺の体の主成分は夢だ。タンパク質でも水分でもアミノ酸でも無く、誰かの夢が俺を形作っている。でもここには俺の存在を夢見る祈り子は存在しない。
なら俺は、いったいどうしてここでこうして生きているのか。

考える。主に、トイレで。



*****



本当に、もう。何故トイレというものは斯くも狭いものなのか。気を紛らわせるために思い付く限り最もヘヴィーな事を考えるが、それでも貧乏揺すりは止まらない。というかもう考えるのも飽きてきた。自分の主成分なんて元々そう興味のある事でも無いし、次からはマリンちゃんとデンゼルくんの性教育について考えよう。やっぱおしべとめしべからか?コウノトリ派なのかキャベツ派なのかも考慮する必要が有るな。間違っても幼気な子供の「赤ちゃんはどこから来るの?」という質問に、人体解剖図で答えるような大人にはならない。因みに分かっているとは思うが、質問した子供は俺で答えた大人はアーロンだ。
水を流してドアを開けると、廊下は真っ暗でヒンヤリとした空気が流れていた。当たり前だ。今は深夜2時、万が一この時間に廊下でマリンちゃんやデンゼル君に出くわしたら俺は二人がグレてしまったのかという心配で胃に穴が開くっつーの。
ペタペタと廊下を歩く俺の足音だけが暗闇に響く。明かりは一切無いが、天才ブリッツプレイヤーの俺なら余裕っス。この家狭いし。口に出したら最後ファイナルヘブンだから言わないけどね。一軒家でのびのび育った俺からしたらウサギ小屋だよね。言わないけど。4人もいるんだからもうちょっと広くてもいいよね、この家。
暗いのは平気なんだ。そう、暗いのは。だが狭いのはいけない。頂けない。もう最低。別に怖い訳じゃ無いんだけど、最低。最悪。もう無理。いや怖い訳じゃ無いんだけど。

たどり着いた寝室のドアを開け、体を滑り込ませる。同室者を起こしてしまわないように、そっと。ベッドに潜り込んでほっと溜め息を吐いたら、俺以外の何かがゴソリと動いた。

「…眠れないのか?」
「いや、トイレ行っただけ。」
「そうか。」

大変っスよね、兵士ってのも。眠りが浅いのか、クラウドは俺が動くとすぐに起きる。もしかして俺が寝返りするだけで目が覚めるんじゃないだろうか。ベッドは男二人で寝るにはいささか狭い。
そう、二人で寝てんのね、俺達。だが誤解しないで欲しい。俺は今日も元気にユウナを愛してるし、こっそりティファさんの谷間をチラ見もしている。ここに至るまでにはそりゃあもう壮大な戦いがあったわけだ。俺はあの戦いを、第一次ベッド争奪戦争と名付けたい。
まぁベッド戦争の結果はドローっていうか決まり手ファイナルヘブンっていうか。深夜にドタバタした俺らが確かに悪いんだけどさ、でもさ、問答無用でファイナルヘブンは無いよね。せめて事前に一言欲しいよね。俺達を一撃で沈めたティファさんは、たった一言「二人で寝ろ」と言って去って行った。世紀末覇者みたいな声だった。
勝者の命令は絶対。というわけで俺達は仲良くベッドを半分こしている。だから分かって欲しい、決してそういう趣味では無い。

うつらうつらとし始めた頃、隣のクラウドが僅かに動いた。何かを確かめるように一瞬静止して、体を起こすとドアの方を見る。俺にも分かった。気配を殺した何かが近付いてくる。一応ベッドの脇にいつも置いてある剣に手を伸ばし、様子を伺った。気配はドアまであと2メートルといった所だろうか。
だからいつも言ってるんスよ。手練れのストーカーに付け狙われてる割にこの家のセキュリティ甘いって。やっぱ引っ越すべきだよ、広くてセキュリティちゃんとしてて広い、何より広い家に!ねぇ!この問題については問題が片付いたらまた提案するとして、ドアの向こうに集中する。
キィ…という音と共に開いたドアから覗いたのは、予想とは掛け離れた小さな影だった。

「クラウド…ティーダ…」
「マリン?」
「どうしたんスか?」

慌てて剣を離し、ベッドから飛び起きる。未だドアの所で佇むマリンちゃんに近付くと、その頬が濡れているのに気がついた。
え、どうしよう。ぶっちゃけ泣いてる女の子の慰め方なんて知らないんだけど。いや知ってるけどベッドの中限定っていうかアダルティっていうか、とにかく幼女に対して出来るような物では無い。どうすんだ。
とりあえず小さな手を引いてベッドまで誘導する。違うからね、そういう意味じゃ無いからね。流石の俺も幼女には興味無いからね!
物凄い勢いで脳みそが回ってるのが分かる。ここは親御さんに任せた方がいいだろう。そう判断して、ベッドの脇まで連れてきたマリンちゃんを抱き上げてクラウドの横に下ろす。男二人で狭めなベッドには、さらに人を追加する余裕は無い。マリンちゃんの横に腰掛けて話を聞く事にした。

「怖い夢を見たのか」
「あのね、エアリスが出てきたの」

またエアリスか。良く知らないが、エアリスという人物はこの一家にとって随分特別らしい。写真を見る限り美人ではあった。

「ティーダは消えちゃうの?」
「へ?」

エアリスの話をしていた筈が、唐突に俺の名前が出る。いきなりなんでだ。ちょっと好みとか考えてたのがバレたのか。違います、いやらしい目でなんか見てません!

「エアリスが、ティーダ消えちゃうって、ゴメンねって」
「そう言ったのか?」
「うん」

夢の話だろう。何を真剣に言ってるんだ。しかしクラウドは笑わないし、マリンちゃんの瞳からは水滴が零れる。そのエアリスという人がどんな人で、どういう風に生きて死んだのか俺は知らない。ただ、クラウドやマリンちゃんがどんなにエアリスを思ってるか、そしてエアリスに思われてるかは分かる。

「俺は…」

消えたりしない、と嘘をつくべきなのか、いつか消えると真実を告げるべきなのか分からないまま濡れた頬に手を伸ばす。
伸ばした手は、そのまま頬に触れる事無くマリンちゃんを突き抜けた。

「あ、やべ」
「ティーダ!」

何とまぁ、今だったか。徐々に透き通っていく手の平と、抜け出す幻光虫。ここではライフストリームって呼ぶんだっけ?マリンちゃんの悲鳴じみた声の向こうで、クラウドが絶句している。
え、ダメだろ、これ。懐いてたお兄ちゃんが目の前で光る虫になって消えましたって、完璧なトラウマだろこれ。こんな事でマリンちゃんにトラウマを残していいのか、俺。これでマリンちゃんが人を愛せなくなったりなんかしたら死んでも死に切れねぇよ。

「あ…う…ちょ…祈って!」

咄嗟に口から出たのは、まぁ何て言うか、とりあえずの打開策だよね。応急処置的な。効くのかは分かんないけど、やらないよりはマシ程度の。
俺の声に、ティーダが消えちゃう!と泣いていたマリンちゃんがピタリと口を噤む。いい子だ。

「祈って!俺のために!!出来たら歌いながら!だと思ったんだよ、おかしいと思ったんだよ!だってここ祈り子居ないじゃんね!おかしいと思ってたんだよ!いいからお願い俺の存在願って力の限り!!」
「うん!」
「あ、ああ…?」
「疑問形禁止!信じて俺の存在を!」

一回声に出しちゃえば、案外口はスラスラと動いた。この良く回る口で女の子を口説いていたのは今は全く関係無いから置いておく。
てゆうか素直なマリンちゃん、超可愛い。

何この異様な空間。
部屋には可愛くお歌を歌うマリンちゃんと、ブツブツ呟きながら祈りのポーズをとるクラウド。そして一心不乱に祈り子を呼ぶ俺。
絶対見られたら誤解される。ホモとかペドとかよりもっと最悪な誤解を。それは困るマジで。だから早く…早くなんとかしろ祈り子!!何よりマリンちゃんの可愛い姿を一刻も早くスフィアに保存するために!あぁもう永久保存版だよこれ超可愛い!

祈りが通じたのかエアリスが頑張ってくれたのか、はたまた祈り子が俺の必死さに感銘を受けてちょちょっと細工してくれたのかは知らないが、しばらくすると幻光虫の流出は止まった。手も透けなくなった。

「ふ、ふはは、ざまみろ親父ィ!!」
「きゃー!」

喜びの叫びと共にマリンちゃんを抱き上げれば、嬉しそうな歓声が上がる。ついでに抱きしめてほお擦りして、高い高いで一回転。ドサリとベッドに倒れ込んだら、下敷きになったクラウドが鈍い呻き声を上げた。

「今日は3人で寝るっスよー!」
「やったぁ!」
「分かっ、分かったからどけ…」

ぎゅうぎゅうと詰めて、何とか二人の間にマリンちゃんのスペースを作る。
ニコニコ笑うマリンちゃんの額におやすみのチューをしたら、保護者さんから咎めるような視線が飛んできたが知るか。これぐらい許されるだろ。
夜もだいぶ遅い。すぐさま微睡み始めたマリンちゃんが、もにょもにょと口を動かした。

「ティーダ」
「ん?」
「ティーダ、もう消えない?」

なんていい子なんだこの子は。マリンちゃんがお嫁に行く日に号泣する自信があるぞ俺は。デンゼルくんがお婿に行く日も恐らく号泣だから、二人が結婚する日には俺干からびちゃうんじゃないの。今なら言える。俺、マリンちゃんに出会う為に生まれてきたよ。間違いない。ユウナを愛してマリンちゃんと出会う為に生まれたね、俺は。
俺のシャツを握る手を、そっと包む。俺はいつだって誠実な男だった。どんなにルールーの谷間に惹かれてもリュックの太股に惹かれてもユウナへの愛を貫く程度には誠実だったと自負している。だから、この女の子にも嘘はつかないでいよう。

「俺はさ、いつか消えるけど、でも大丈夫。会いたくなったらマテリア探してよ。必ず残していくから。魔石の中で、二千年君達を待つから」

クラウドが黙って目を閉じる。もう一度額にキスをしたら、もうすっかり夢の中のマリンちゃんが少しだけ微笑んだ気がした。
ぎっちりと詰めたベッドは狭いが、暖かい。初めて狭いのが好きになれそうな気がした。





マテリアさえ有れば誰だって、何のリスクも無く召喚士になれる。いい時代だ、二千年後っていうのは。





2011/05/31 09:22
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