高度一万メートル。
ここは、私の世界だ。



過去現在を合わせても、自分より風を巧みに操る者はいないのだ。この先は分からないけれど。
何かの拍子に漏らした一言に、隣に座ってスポーツドリンクを飲む少女は興味無さ気にふーん、と相槌を打っただけだった。その間も忙しなく携帯端末に何事かを入力している。話題はすぐに移り、ワイルドタイガーが今度はビルに穴を開けただの、ファイヤーエンブレムのファンは意外にも女性中心だのといった話を一頻りした後、少女は思い出したように手元の携帯端末から目を離し私を見た。

「じゃあ、あんたより速く飛ぶ奴も高く飛ぶ奴もいないってコト?」
「ああ、そうだね」
「ふーん」

さっきと同じ相槌。だが、先程とは違い少女は僅かに口元を綻ばせ、歌うような声で言った。

「世界で1番、風に愛されてるのね」

何が可笑しいのか、少女はクスクスと笑う。箸が転げてもなんとやら、というヤツだろうか。どこか冷めた印象のある少女が、やけに楽しそうだ。年相応な笑い顔は少しだけ意外でもあった。
自分もこれぐらいの年には、些細な事を楽しくて仕方が無いと感じたのだろうか。思い出せない。

「君も…氷に愛されてる」

ぼんやりとして上手く機能しない思考とは裏腹に口が開き、意図せぬままに言葉が零れた。
私の一言に笑いを止めた少女は一瞬目を見張り、そうして今度こそ声を上げて笑った。

「当たり前よ!」

そのまま立ち上がり軽い足取りでトレーニングルームの出口へと向かう少女は、しかし扉の前でクルリとターンすると私を向いた。子供のような笑顔を浮かべている。

「私の氷はちょっぴりコールド、あなたのハートを完全ホールド!」

言わずと知れた、少女の決めゼリフ。なんとご丁寧にもその手は銃を模し、ポーズもとっている。
決めゼリフが気に入らないと常々言っている少女が、テレビカメラも無いどころか自分しか居ないこんな場所で、彼女自身スーツも化粧も無いというのに。もしかしてこれは破格のサービスなのではないだろうか。
考えているうちに、少女は照れた笑みと共に手を振って、扉の向こうに去ってしまっていた。



*****



そうか、きっと少女は嬉しかったのだ。自分が少女の言った一言に浮かれて、思わずその足でこんな高くまで昇ってきたように。
だってあれは、最高の褒め言葉だった。
風に愛されている。そう、彼女が氷に愛されてるように、私は風に愛されている。この世界の誰よりもずっと。

高度一万メートル。
生身のまま独力でここまで来れるのは、私しかいない。
ここは、私の世界だ。

やろうと思えば人類を脅かすことさえ出来る力だが、同時に人類を護る力にもなり得る。ハイスクールに通っていた頃などはよく悩みもした。ただの学生だった私と、学生でありながらヒーローをこなす少女とではあまりに違いが大きすぎて少女の心情は私にはとても推し量れないが、きっと少女の葛藤も大きいものなのだろう。
随分悩まされた能力だが、これがあるからこそ私は私だけの世界を手に入れる事ができた。もし少女が葛藤を私に打ち明けてくれる日がきたなら、誰よりも真摯に先程の言葉をもう一度伝えてやろう。

左腕に振動が走るのを感じて目をやれば、見慣れたCALLの文字が踊っている。
今頃同じように信号を受け取っているだろう少女の笑顔を思い返し、空中で一回転をした。

行かなければ。誰かが何処かで、私達に助けを求めている。
終わった後に空の散歩へ誘ったら、少女は笑って頷いてくれるだろうか。





2011/05/10 00:02
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