偶然に見付けた映像記憶ディスクを眺め回し、サイファーは首を捻った。
指令室の棚の奥にひっそりと存在していたそのディスクに見覚えは無い。しかしその表面にははっきりとサイファーの名が記されている。隣には○月▲日放送という文字。殴り書きのようなこの筆跡は、ゼルのものだ。
はて、何だったか。○月▲日…去年の○月▲日であれば、自分はまだ獄中にいた筈だ。ディスクの正体は見当も付かない。元来気の短いサイファーは早々に考えるのを放棄すると、手っ取り早く中身を確かめる事にした。幸いな事に指令室にはオーディオ機器が一通り揃っている。

ディスクを再生機の挿入口に突っ込み、ソファーに座る。再生ボタンを押せば、程なく画面にはガーデンの全景が映し出された。
どうやらこれはガーデン内部の者によって撮影されたらしい。時には一国を揺るがしかねかない程の機密を扱うガーデンは、例えその外観であろうと一般人による撮影は禁じられている。
そうこうするうちに、ガーデンを背景に文字が浮かび上がる。企画・制作 放送委員会。その次に現れた文字に、サイファーはようやくディスクに記された己の名の意味を知った。

『世紀の大犯罪者 サイファー・アルマシーの素顔に迫る!!』

成る程、獄中にいる間に放送されたのはこういう訳か。週に一度、昼休みに流される放送委員会の娯楽放送の一つだろう。しかしまぁ世紀の大犯罪者とは、大した名を頂いたものだ。安っぽい字体で表された自分の名に、サイファーは嘲笑した。
ディスクの意味も分かった事だし見るのを止める事も出来たが、そのまま再生を続ける。サイファー自身が普段見下しているガーデン生徒が、一体どのような言葉で持って自分の素顔を知ったような気になっているのかを確かめてやろうと思ったのだ。

画面に映し出されたのは候補生の少女が一人。レポーターを勤めるらしい。サイファーの経歴や所業、いかに悪人であるかということを滔々と述べた後、アップになる。

『その!サイファー・アルマシーが!このバラムガーデンに戻ってくるのです!我々の平和な学園生活の為にも…』

つまりは自分がガーデンに戻ることに対する抗議行動だろうか。考えるサイファーの耳に、レポーターの興奮した声が飛び込んできた。

『だからこそスコール・レオンハート様を始めとするサイファー・アルマシーを幼少から知るという方々に取材を行い、その素顔を解き明かすべく我々は…』

恐らくそちらが本命だろう。サイファーを出汁に伝説のSeeD達とお近づきになろうというのだ。下らない、とサイファーが鼻で笑ったところで、画面が校舎内へと移った。カメラマンが走っているようで酷くブレる。遠くにある背中、アレはキスティスだろうか。

『トゥリープ様、トゥリープ様ぁ!』

ナレーターの叫び声に、早足で歩いていたキスティスが振り返る。神経質そうに眼鏡を上げる反対の手には大量の書類。サイファーでさえ最悪のタイミングだと分かるのに、レポーターにはキスティスの機嫌の悪さは伝わらなかったらしい。

『何かしら?』
『わ、私達放送委員で、今取材を…!』
『あらそう、何が聞きたいの?』
『あの、サイファー・アルマシーについて…!』

キスティスの眉がピクリと動く。そんな下らない事で引き止めたのか、という苛立ちが画面のこちらにまで伝わってくる。だというのに全く気付かずマイクを向ける候補生は、案外大物かもしれない。

『白色が好きよ』
『は、白…?』
『悪いけど忙しいの。質問がそれだけなら失礼するわ』
『え、あ、ありがとうございました!』

カツカツと靴を鳴らし遠ざかって行く背中を見送って、レポーターが何か重大な事実を掴んだような深刻な顔で振り向いた。

『な…なんと、大犯罪者サイファー・アルマシーは白色が好きなのです!』

それを知ってどうしろというのだ。自分でもそう思ったらしいレポーターは微妙な表情の後、次の方に取材をしたいと思います…と言った。
再び画面が変わる。校庭の木々の下、金づちを振るう人物にカメラが寄って行く。

『セルフィさん!』
『なに〜?』

振り返ったセルフィの顔にはペンキが付いている。大きな瞳を輝かせて、セルフィは自らカメラに近付いた。

『今サイファー・アルマシーについて取材を行っているんですが…』
『サイファー?あ、それでうちに話聞きに来たん?』
『はい!何か…』
『目ぇ緑色やで』

一瞬輝いたレポーターの笑顔が凍り付く。そういうことじゃねぇだろ。サイファーでさえ心の中でツッコミを入れた。

『そんなことより、学園祭実行委員やらん?』

セルフィの顔が、レポーターに迫る。一歩引けばその分詰めるセルフィは十分に怖い。遂に追い詰められたレポーターは、『私、放送委員なので!』という叫びと共に身を翻し走り出した。
その背中を映し、また画面が変わる。今度は駐車場だ。車から降りた長身の男をカメラが捉える。

『ん?どうしたの〜?』
『あ、あの!サイファー・アルマシーについて取材を行ってまして!』
『ああ、もうすぐ帰ってくるもんね〜。どんな事が聞きたいの?』

ようやく話を聞いてくれそうな人物の出現に、レポーターが喜々として主旨を説明する。うんうんと頷いて聞いたアーヴァインは、話が終わると少し考えてから口を開いた。

『サイファーは…そうだね〜、一言で言うとクズ野郎かな!』
『それは一体どういう意味で…?』

これこそ求めていた答えなのだろう。サイファーの悪行を聞こうと身を乗り出したレポーターの肩を抱いたアーヴァインが、軟派な笑みを浮かべる。ヘタレが公言するほど自分を恨む理由などあっただろうか、とサイファーが思考を巡らせた時、画面の中のアーヴァインが口を開いた。

『あの男のせいでどれだけの…』

悲しそうに目を伏せるアーヴァインを見て、そういえばこいつもそれなりの美男子だったか、と思う。レポーターの少女は仄かに顔を赤くさせ、その顔に見入っている。

『どれだけのティンバーの女の子が泣いたか!』
『は?』
『最悪のクズだよあいつは!』

ヘタレで女タラシでは、良いところが何一つ無いではないか。
サイファーが考えているうちに、画面はいつの間にか食堂に移っていた。あの後も熱く続いたと思われるヘタレの世迷言はカットされたらしい。些か疲労が目立ち始めたリポーターが、それでも何とかテンションを上げて一人の男に近付いて行く。

『ゼルさん!ゼル・ディンさん!』
『ん?どした?』

振り向いたゼルは、両頬を膨らませまるでリスのようだ。その様子に、強張っていたリポーターの表情が僅かに緩む。

『あの、今インタビューを…』
『ああ!サイファーのだろ?』
『はい、そうです!』

どうやら情報が回ってきていたらしい。あんだけ聞いて回りゃあそりゃそうか、とサイファーが納得する中、ゼルは眉間にシワを寄せて唸っている。

『サイファー、サイファーなぁ。うーん…』

顎に手を当て悩むゼルの動きがピタリと止まった。いやに生真面目な顔で自分を覗き込むリポーターに瞳を合わせると、一瞬後には盛大に顔を顰める。

『ゲス野郎だな』
『ゲ…?』

絶句したリポーターにも気付かず、考えるだけでムカついてきたらしいゼルは拳を震わせる。普段明るく親しみやすいゼルが憎悪を顕わにしたのが驚きだったのか、リポーターが口を挟む間も無くゼルの話は進んだ。

『まずさ、俺達はそれぞれ持ち物の色ってのが決まってて、俺のは青だったワケ。サイファーは白で、スコールは黒で、キスティスがオレンジ、セルフィが黄色な。アーヴァインは…何だったかな。茶色とかベージュとかそんなん。地味系。で、プリンが有るとすんだろ。冷蔵庫に。プリンは当然それぞれのカップに入ってんのな。そんで全員分のが一列に並べてあんの。分かる?』
『え、あ、はい』
『普通はさ、自分のカップのだけ食べるだろ。でもアイツは違うんだ!まず青のカップに入ったプリンを食うんだ!!青のカップが誰のか分かるか!?』
『ゼルさんの…?』
『そう!俺のだよ!まず俺のを食うんだアイツは。その後自分のを食う。俺が冷蔵庫を開ける頃には俺のプリンはどこにも無い。なあ、分かるか!?』
『はい…』
『泣く俺を見てアイツ何て言うと思う?自分が食った事も忘れてんのか、馬鹿。だよ!食ったのテメェだろうが!!っていうな、あ、おいちょっとどこ行くんだよおーい!』

ゼルの声がフェードアウトしていき、画面が暗転する。
再び明るくなった画面には、最初の威勢など微塵も無くなったレポーターが司令室のドアの前に突っ立っていた。

『えー…、では最後に、我等が総司令官であり、サイファー・アルマシーを最も良く知るスコール・レオンハート様にお話を伺いたいと思います…。あ、丁度出てきました!レオンハート様ぁ〜!』

スコールの姿を見つけ、生気の失われかけたリポーターの瞳が俄かに輝きだす。一般の、それも候補生が憧れの総司令官に近付けるチャンスなどそうは無い。この機会を逃すまいとばかりに駆け寄る少女は、先ほどとはまるで別人だ。

『あのっ!私たち!』
『放送委員だな。聞いている』

自分への好意をあからさまにした少女に駆け寄られてこの反応。少しばかり健康な男子学生として心配になるサイファーだったが、今はそれよりもライバルが自分を何と評するのかが気になった。性格や相性については期待していない。だが実力ならば、スコールに太刀打ちできるのはサイファーしかいない。
簡単に言ってしまえば、サイファーは期待していたのだ。スコールが多少なりとも自らを認める発言をするのではないかと。
しかし、サイファーは忘れていた。スコールはライバルである以前に幼なじみであり、そしてその幼なじみ達は一人残らず何処かズレている事を。

『サイファーを一言で表すと…カス野郎、だな』
『カス…』
『俺以外のリノアに手を出した男は須くクズだ』
『カス…』
『ああ。じゃあ会議があるからもう行くぞ』
『あ!あ…ありがとうございました!』

スコールの背中が角を曲がり、画面から消える。それと同時に画面はレポーターを映し出した。迷子の子供のような、途方に暮れた表情をしたレポーターはそれでもマイクを構える。プロ意識、という奴だろうか。

『皆さん、以上のように…えー…サイファー・アルマシーは…極、悪人?なのです…』

これ以上見ていられずに、サイファーはそっと停止ボタンを押した。そのままリモコンを手の中で転がし、暫し考える。
さて、どうするか。
放送室に怒鳴り込むのは簡単だが、如何に自分とてこの憐れなレポーターを怒鳴ってやるほど非情では無い。かといって司令室を破壊した所で、どうせ直すのは自分だ。

鬱憤を晴らす方法を決めあぐね、サイファーは取り合えず手近な冷蔵庫を開けると青色のカップに入ったプリンを取り出したのだった。





2011/04/17 02:25
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