兄が3人いる、と言ったら、常日頃から兄に悩まされている友人はその顔に絶望を浮かべて「どんな悪夢だ。」と俺を憐れんだ。

ジタンにそうは言われたが、そんなに悪いもんじゃ無い。二人兄弟の弟ならば辛いかもしれない。でも俺は4人兄弟の末っ子だ。まぁぶっちゃけ我が家の王子様だよね。そう思いながら自室を出て階段を下りる。8月4日、夏休み中の土曜日午前2時、当然誰もいない。
リビングを横切ってキッチンに入り、冷蔵庫を開けた。小さなパックに入った牛乳が一つ、後はケチャップと半分に切ったニンジンにビールが数本。

「…なーんも無いっスね。」

どうしようか、腹が減った。このままでは寝れそうに無い。コンビニまで行っちゃおうか、でも暑いし、でも腹減って寝れない。考え込んでいれば、リビングの戸が開いて本物の王子様、じゃない2番目の兄が入ってきた。

「セシル。」
「…どうしたの?」
「腹減っちゃってさ。ゴメン、起こした?」
「んーんんん…。」

どうやらまだ寝ぼけているらしい。明るいリビングとは対照的に真っ暗な廊下との境で、銀髪がユラユラ揺れている。
セシルはふらりふらりと部屋に入ると、ソファに体を投げ出すようにして座った。それを見届けてまた冷蔵庫に向き合う。…見直しても、やっぱ何にも無い。しょうがないから牛乳のパックを取り出し、ストローを挿しながらソファに近付く。

「セシルー、そんなとこで寝たら風邪ひくぞー。」
「んー…」

隣に座った俺の肩に、揺らめいていたセシルの頭が乗った。そのままぐりぐりと落ち着く場所を探している。イマイチ納得行かなかったのかセシルの頭が俺の膝に落ちるのと、玄関のドアがガチャリと開いたのは同時だった。足音がリビングへと近付いてくる。明かりに気付いた足音の主はドアの前で少し止まってから、静かに開けた。

「まだ起きていたのか。」
「よ、おかえりクラウド。帰るの明日じゃなかったの?」

長男の遅い帰宅だ。帰宅は明日の朝になると聞いていた筈だが。

「帰れそうだったからな。帰ってきたんだ。」
「ふーん。」
「…お前達はどうしたんだ。」
「俺は腹減っちゃって。セシルは音で起きたみたい。」

セシルを起こさないようにか、極力静かにキッチンに向かったクラウドがビールを片手に戻ってきた。片手でネクタイを緩め、俺達の向かいにあるソファーに座る。

「じゃあ丁度良かったな。ほら、土産だ。」
「お、やった!」
「大した物じゃないぞ。」

クラウドが鞄の影にあった箱を取り出す。大きな字で銘菓と書かれた包装を開け、中身を出した。フリオニールはこういった包装紙を破ると怒る。後は捨てるだけなのに、丁寧に剥がさなくてはいけないと言う。三男の几帳面さは、俺には無いものだ。
出てきた饅頭を頬張り顔を上げると、ボリュームを最小にまで絞ったテレビを眺めるクラウドの横顔が目に入った。かっこいいよなぁ。17年も兄弟やってるが、未だに血が繋がってるのをたまに疑ったりもする。だって俺が例え今のクラウドの歳になったって、絶対にクラウドみたいにはなれない。まぁそれはセシルもなんだけど。俺の兄貴なのに何でこいつらこんなかっこいいんだ。

「どうした?」
「へ?」
「ずっと見ていただろう。」
「あ、いや、えーっと…あっ出張、楽しかった?」

気付かれていたらしい。でも本人に対して言える筈無くて、無難な質問を選ぶ。
クラウドは静かに笑って、優しい目で俺を見た。

「仕事だ。楽しくなんか無いさ。」
「ホームシックになった?」

俺の言葉に、一瞬目を見開いたクラウドは次の瞬間にはちょっと困ったような、でもさっきより深い笑みを浮かべた。

「さぁ、どうかな。」
「なんスか、それ。」
「ふふっ。」

笑い声は、俺の膝の上から聞こえた。いつの間に起きたのか、それとも最初から寝てはいなかったのか、セシルが楽しそうに笑っている。

「どうしたんだ、セシル。」
「別に、なーんでも。ちょっとさ、お兄ちゃんは心配性だなぁって思っただけ。」
「なんだそれは。」
「何でも無いって。」

クスクスと笑いながら起き上がったセシルが、俺の耳に顔を寄せる。

「きっと、僕らの事が心配で仕方なくて急いで帰ってきたんだよ。」

小さな声はきっとクラウドには届かなかったんだろう。訝しそうな顔に、釣られて俺も笑ってしまった。俺達の笑い声に、当のクラウドは何処か気持ち良さそうに目を細めた。

「何だ?やけに楽しそうだな。」

ガチャリと音を立ててリビングのドアを開けたのは、俺の一つ上の兄のフリオニールだった。こんな深夜に兄弟全員が揃ってしまった。

「ごめんね、起こしちゃったかな?」
「いや、起きてたんだ。課題をやっていて。」
「そうなんだ。」
「ああ。降りて行ったティーダがいつまでたっても戻ってこないから心配になって。あ、おかえりクラウド。」
「ただいま。」
「クラウドのお土産あるっスよ。」

差し出した饅頭を一つ取り、フリオニールはクラウドの隣に腰掛けた。
10センチと開けずに座るフリオニール。自分の横を見れば、セシルと肩が当たっている。
幼い頃はいつも4人でいた。何処へ行くにも兄達に手を引かれたものだ。だから、同世代の友達はあまり多くなかったように思う。兄が3人もいたので寂しさを感じたことは無いが。
そういえば、一日に一通は兄達とメールのやりとりをすると言ったらジタンは心底嫌そうな顔をした。信じらんねぇ、の後ジタンは何て言ったんだったっけ。セシルの肩に頭を乗せ、両手で細いけど筋張って男らしい手を弄る。たった3つの歳の差なのに、何でこんなに違うんだろう。俺に好きにさせていたセシルが反対の手で頭を撫でる。

「どうしたの、眠い?」
「ううん、眠くないっス。」

そう、と言って、セシルの手は頭から離れていった。兄達は静かな声でクラウドが行ってきた地方都市の話をしている。
そうだ、思い出した。ジタンは信じらんねぇ、そんな兄弟と距離近くて嫌になんねぇの、と言ったんだ。さんな事言ったって、子供の頃からこの距離感だった。

「ティーダ?眠いなら部屋まで連れてってやるぞ。」
「だいじょうぶー。」

そうか、と言ってフリオニールはまた会話に戻る。
ずっと4人で使っていた子供部屋から中学生になったセシルが出ていって、暫くしてフリオニールも出ていった。それでもしばらく俺はクラウドと二人部屋だった。二つから一つに減った二段ベッドに特に不満は無かったけど学校の友達みたいに秘密の場所が欲しくて、ある日一人部屋が欲しいと切り出した。そうか、と言ったクラウドの寂しそうな顔をまだ覚えている。その日のうちに二段ベッドは解体されて俺には違う部屋が与えられたけど、夜一人で寝るのが何だか怖くてしばらくは夜になるとクラウドの部屋に行ったものだ。
今思い返してみれば成る程、俺と寝るのはクラウドの係だったらしい。だって、セシルは俺と風呂に入る係だった。
中学に上がるまで、風呂というのは必ずセシルと入らなければいけないものだと信じていた。セシルがいない時はクラウドと。中学生になって友達と話すうちに、初めて風呂は一人で入れるのだと知った時は愕然としたものだ。その日友達に散々からかわれ帰宅した俺は、もう高校生だったセシルが帰宅するなり「もう風呂は一人で入る!」と宣言した。そっか、と言ったセシルの悲しげな顔は今でもに思い出せる。

「眠いんじゃないのか?」
「眠くないって。」

そうか、と言ってクラウドはテレビのチャンネルを変えた。
フリオニールは何だったかな。そうだ。俺と登下校する係だ。
二人とも小学生だった頃の登下校は当然一緒だったが、俺より一年早く中学生になってもフリオニールは毎朝俺を小学校まで送ってから学校に行っていた。帰りは当たり前のように迎えにくる。小学校の校門前に学ランは目立つものだ。恥ずかしいからもう来ないで、と言った日のことを俺は生涯忘れないだろう。泣いたのだ、フリオニールは。たった一歳上なだけで、俺の前では兄貴風を吹かせてカッコつけたがるフリオニールがボロボロと涙を零して言った一言も覚えている。「なんでだ、ティーダ。兄ちゃんの事が嫌いなのか。」
思い出せば笑えるが、兄の泣き顔なんて初めて見た俺は随分焦ったものだ。その後貰い泣きした事は恥ずかしいので忘れた事にしておく。
子供の時からこれだけベッタリだったんだ。ジタンの言うことなんて今更すぎる。

「そろそろ寝るか。」
「そうだな。」
「もう遅いしね。」

兄達が立ち上がる。クラウドとは身長こそ近くなったものの、どんなに歳を重ねたって追い付ける気がしない。クラウドだけじゃない。いつかセシルやフリオニールに追い付くことは出来るのだろうか。もしそんな日が来たら、フリオニールは泣いちゃうんじゃないだろうか。取り留めも無い事を考えて楽しくなる。

「どうしたの?」
「んーん、何でもない!」

勢い良く立ち上がって、もうドア近くまで移動していた3人に近付いた。今はまだ差があるけど、いつかきっと。

「なあ、皆で寝よう!」
「何言ってんだ、ティーダ」
「クラウドの部屋でさ、昔みたいに!」
「楽しそうだね。」
「セシル!?」
「ああ、いいぞ。」
「クラウドまで!」
「別にフリオニールは嫌ならいいっスよ。」

セシルとクラウドの手を取って階段に向かう。すぐに後ろから足音が追い掛けてきた。

「お、おい、待て!俺も一緒に寝るからな!」
「はははっ」

階段を駆け上がってクラウドの部屋に飛び込みベッドにダイブす。後から追い掛けてきたフリオニールが文句を言うが、クラウドが笑ってるんだから別にいい。
さっさと着替えて隣に寝転んだクラウドを見てため息をついたフリオニールを、布団を運んできたセシルが慰めている。

なんでかな、今日はいい夢が見られる気がする。



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2011/03/04 16:21
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