何しろ知りたいことが多すぎる。好きな色だとか、好きな言葉だとか、好きな食べ物も知りたいし、初恋の思い出も聞きたい。
少しでも多く知りたくて、ベッドに入ってから寝るまでの間に次々と投げかける質問に、夢うつつながらもティーダはちゃんと答えてくれた。重そうな瞼を無理やりこじ開けて、時々面倒くさそうにしながらではあったが、俺はその時間が好きで堪らなかった。隣り合ったベッドに潜り込んで、そうして取り留めのないことを話していると、まるでここが理想郷のように感じられた。
だから今夜も、毛布に包まるティーダに質問を投げかける。

「じゃあ、どんな子供だった?」
「んー?」

もぞもぞと毛布から頭を出して、ティーダは一度強く目をつむり、パチリと開いて海色の瞳で俺を見た。そしてまるでそこに記憶が浮かんででもいるように、天井をジッと見る。

「泣き虫だった、かな」
「今もだろ」
「シツレーな」
「他には?」
「ええー」

俺眠いんスけど。と、それでも全然嫌がっていない声音で言って、ティーダは俺を睨んだ瞳をもう一度天井に向けた。

「背が低くて、マザコンで、んー…あとはどうだったかな。親父のことはその頃から嫌いだったけど」
「友達は?」
「いっぱいいたよ。隣の家に住んでた女の子と結婚の約束とかしてた」
「幼い頃に?」
「うん。でも斜め向かいの女の子とも結婚の約束してたのがバレて、フラれたッス」
「不誠実だな」

顔を顰めた俺に、子供なんてそんなもんだろ。と楽しそうにティーダはクツクツ笑う。その先は促さなくても話してくれた。平穏な子供時代を反芻することなど、戦闘に塗れたここでの生活では滅多にない。記憶の奥底で眠っていた平和な日々が、きっと予想外に美しいものだったのだろう。

「いっつもブリッツしてたな。親父がいたチームに入るのが夢でさ。暇さえあればボール持って海に潜ってた。宿題なんか滅多にやらなかったから、怒られてばっかりだったんスよ」

怒られた記憶でさえ楽しそうに喋るティーダの額にかかった髪を、手を伸ばしてそっと除けてやる。痛んでキシキシとした髪は指通りが悪いが、その不自然なグラデーションが俺は気に入っていた。見たことの無い色合いだ。ティーダの世界には多かったのだろうか。
どんな些細なことだろうと、それがティーダに関することなら俺は知りたくて堪らないのだ。

「この髪は、子供のころからこの不思議な色合いなのか?」

色がくっきりと変わる根本付近から、完璧な金色の毛先までを撫でる。一瞬不思議そうな顔をしたティーダは、俺の手つきで質問の意味を理解したらしい。懐かしそうに笑った。

「いや、元々は濃い茶髪だった。スコールよりももっと濃い、黒に近い色だったんスよ。ほら、根本の色」
「なんで金色になったんだ?」
「染めたんだ、親父と一緒なのが嫌でさ。16の時、デビューが決まってから。唯一親父にそっくりな髪の色さえ変えれば、あいつとは全く別のものになれると思って」

あんなに嫌いだと言って憚らない父親なのに、語り口調はどこまでも穏やかだった。それに少しだけの嫉妬を覚えて、慌てて振り払う。

「違うものには、なれたのか?」
「さあ、どうだろ」

そうしてティーダは一度は除けた毛布を、また口元まで引き上げる。その毛布の下から、ふふ、と小さく笑い声が漏れた。

「多分、なれなかったんじゃないかな。結局俺はさ、どこまで行ったってジェクトさんトコの坊ちゃんなんだ」

ジェクトにそう呼びかけられるのを、ティーダは何よりも嫌っていたはずだ。なのに、今は嫌悪どころか愛しさまで滲ませている。長年の憎しみまで覆すほどの想いを、きっと思い出の中で見つけたのだろう。それがなんだか無償に悔しくて、俺は少し、ティーダの方に身を寄せた。寄せた所で二つのベッドの間には決定的な隙間があるのだけれど、今この瞬間誰よりもティーダの近くにいるのは自分なのだと実感したかった。

「後見人がいたんだ。親父の親友のおっさん。無口で無愛想で、でも優しかった」
「へぇ」
「親父がいなくなってからはその人に育てられて。でもおっさん不器用だから、最後は俺が面倒見てるような感じ」

眠気が少し薄れたのか、毛布ごとティーダがズリズリとこちらに寄ってくる。最初とは比べものにならない程縮まった距離に嬉しくなる。まるで内緒話をしているように、顔と顔を寄せてティーダが小声で囁く。

「おっさん、不審者と間違えられて3回も通報されたんスよ」
「それは大変じゃないか」
「その度に俺が必死に言い訳すんの」

ふにゃりと笑ったティーダが、不意にその手を俺のベッドに滑り込ませる。ビックリして固まっている間に、俺の手を握りあったかいと嬉しそうに呟いた。ティーダの手の方が何倍も温かい。眠る寸前だったからだろう、熱い程温度を上げた手が、ぎゅうぎゅうと俺の手を締め付ける。

「でもこうやってさ、怖い夢見たりしたら手ぇ握ってくれてさ」
「そうか」
「うん」

途端に大きな欠伸をして、ティーダの瞼が再び重そうに落ち始める。もう随分遅い時間だ。聞きたいことはまだ沢山あるけれど、それを全部聞いていたら朝になってしまう。明日も早いし、あまり無理はさせられない。
しかし次に言葉を発したのは、ティーダだった。不明瞭な声でむにゃむにゃと口を動かす。

「フリオニールは、何でそんな俺に一杯聞くんスか」
「お前の事が全部知りたいからだよ」
「へへへ」

子供のように笑ったティーダが、もう殆ど力の抜けていた手にもう一度力を込める。さっきよりは弱いけれど、同時に俺の心臓もきゅうと締め付けられた。

「明日は俺が質問する番ね」
「何を聞くつもりだ?」
「まだひみつ」

言葉遣いが幼くなり、さらに不明瞭になる。もう起きていられないのだろう、今日もハードな一日だった。
朝から聖域に近付くイミテーションを数えきれない程倒し、暗闇の雲にも遭遇した。秩序の女神の召喚された戦士として、今日も正しくこの世界の為に働いたのだ。毎日のことだとはいっても、慣れるものでは無い。こまめに休憩を取ったって、体も精神も疲れ切ってしまう。
ティーダが枕に頬を押し付けて、小さく唸りながらぐりぐりと動かす。眠る直前の癖だ。それが分かるほど、随分長い事一緒にいる。もう幾許もしないうちに、ティーダは眠りに落ちてしまうだろう。

「俺のね」
「ん?」

きっとこれが今夜最後の言葉になる。常にそうしているように、たった一言も聞き漏らさないように、俺は耳をそばだてた。

「俺の子供のころの話、知ってる人もう一人もいないんだ。でも、もうフリオニールが知ってるから…」
「うん」
「フリオニールが覚えておいてね」

その言葉を言い終わるか言い終わらないかの内に、ティーダの口から洩れるのは寝息に変わっていた。普段の快活さからは想像もできない程、眠るティーダはおとなしい。小さく胎児のように体を丸めて、拳を口元に当ててほんの僅かな寝息を漏らす。幼いその寝姿を見るたびに、俺はこの子を慈しみたい衝動に駆られた。
歳も一つしか変わらない、立派な体躯をした青年だ。子供ではないと分かってはいても、その幼い仕草がどうしても俺の心に幸せな甘さをもたらす。欲しかったものはここにあったのだと思わせる。
繋がった手から力が抜ける。起こしてしまわないように細心の注意を払い、ティーダの手を彼のベッドの中へと戻してやる。このままでは腕が寒いだろう。そのまま、先程とは逆にティーダのベッドの中で手を繋ぐ。離すなんて選択肢は初めから無い。そんな勿体無いこと、と考える程度には、俺はティーダに参っていた。
この子のことなら何でも知りたいのだ。眠っている時の体温も、寝言の一欠けらでさえ漏らさずに。自分がこんなに誰かを渇望するようになるなんて、思っても見なかった。何より縁遠い感情だと、疑ってすらいなかった。それがこの有様だ。これを「愛」と呼ぶのだろうか、なんてティーダが聞いたら間違いなく大笑いするようなことを考えて、ひっそり毛布の下で頬を赤らめる。似合わないにも程がある。ティーダだけじゃなく、仲間の誰にも知られたくない。

「フリオ…」
「えっ」

不意に呟かれた名前に、思わず声を漏らす。慌てて口を閉じて見やれば、どうやら寝言のようだ。夢でも俺と一緒にいてくれるのだろうか。幸せな気分で満たされて、泣きそうになる。
平穏とは程遠い暮らしだ。毎日戦って、戦う以外では武器を鍛えるくらいしかすることの無い世界。生き物の気配は敵と味方以外に無く、空は曇り海は冷たい。この世の終わりを具現化したような場所。そんな世界を守るために、俺たちは終わらない闘争を続けている。いつかは、と全員が口にするが、そのいつかが本当に来るのかを全員が同じく疑っている。こんなに傷だらけになったって、この世界が再生することなんて無いのではないか。強大な敵の前に成す術も無く、俺たちは無様に負けるのではないか。そんな不安を誤魔化したくて、また武器を振るう。
荒廃しきったこの場所で感じる小さな幸せは、全てティーダに起因していた。向けられる温かな微笑も、屈託のない物言いも、何もかもが俺の心を和ませる。今も、四六時中一緒にいるのだから夢にだって出るだろうと分かってはいても、自分の名前がティーダの口から洩れたことに喜びを隠せない。
握った手に、少しだけ力を込める。愛しさが、愛情が、少しでも伝わることを祈って。反射的に握り返された手の温かさに、遂に一筋、俺の目から涙が落ちた。
今日はハードな一日だった。いつも元気なティーダが疲れ切ってしまうくらい、ハードな一日だった。だからだろう、こんな感傷的な気分になるのは。流れた雫を枕で拭って、また少し手に力を込めた。

「フリオニール」
「…ここにいるよ。ここにいる」

寝言に返事をするなと言ったのは誰だったろうか。でも耐えきれなかった。俺を呼ぶこの子の声に、どんな時だって応えなければ気が済まない。
俺の声が聞こえたのか、ティーダが小さく微笑む。幸せな夢を見ているのだろうか。俺の登場する夢は、ティーダにとって幸福なものなのだろうか。そうであってくれればいい。俺が想うのと同じくらい、ティーダにとって俺の存在が大きければいい。

「なぁ、ずっと覚えているよ」
「……」

眠りが深いものになったのか、ティーダからは寝息しか聞こえない。それでも俺は一人、本人にはとても言えない胸の内を吐露する。

「元の世界に帰ったって、どんなに時が経ったって、絶対に」
「……」
「一つだって忘れない。約束するよ。俺が全部覚えておくから」

だから、誰も知らないなんてそんな寂しいこと、もう言わないでほしい。過去に何があったかなんて聞かない。きっとこの先も聞くことはない。全てを知りたいけれど、言いたくないと思っていることは絶対に聞いたりしない。でもその代わり、話したいと思っていることは全部聞きたい。ティーダの都合のいい部分だけでいいんだ。問い詰めたりなんて絶対にしないから。
明日の夜は、俺に何を質問してくれるんだろうか。聞きたいことと同じくらい話したいこともたくさんある。俺のことを少しでも多く知ってほしい。そしてその断片だけでも、元の世界に持って帰ってくれたらと思う。
何もかも忘れた世界で、時折不意に思い出される綺麗な思い出の欠片が故郷を懐かしくさせる。それと同時に、そこには決して存在しない目の前の子供のことを思って胸が締め付けられる。同じ経験をしてほしかったのではない。お世辞にもいい生い立ちであったとは言えない。ただ、必ず来る別れが悲しい。
例えば無事に自分の世界に帰ることができたとして、そこでティーダが日常のふとした瞬間に思い浮かべる綺麗な思い出たちの欠片。その欠片に俺と過ごした時間が僅かでもあったなら、これ以上無い幸福だと思う。

「女々しいな、俺は」

繋いだままのティーダの手をそっと一撫でして、離す。今ならまだ引き返せる気がした。ティーダが俺を重荷に感じる前に、離れてしまった方がきっといいのだ。幸いなことに、ティーダはまだ俺を慕ってくれている。共に過ごす時間の一番長い、最も近しい仲間として信頼してくれている。この先ティーダに嫌われるくらいなら、と、思い上がりも甚だしいことを考えた。
そっと毛布の下から手を抜こうとする。しかし一瞬だけ離れた手は、強い力で掴まれたことで引き止められた。思ってもみなかったことに瞠目してティーダの顔を見やるが、瞳は穏やかに閉じられたままだ。眠っているとは思えないほど強い力で、ティーダは俺の手を元あった場所に引き戻し、抱き込む。もう離さないとでも言うように指が絡められて、思わず俺も握り返した。
また、ジワリと目頭が熱くなる。抱き込まれた手が、ティーダの鼓動を伝えている。力強く、熱い鼓動だ。その鼓動を確かめて、俺もまた瞳を閉じた。きっと明日もハードな一日になる。睡眠は少しでも多く取らなければいけない。
まるで命そのものに触っているようだ。脈打つ鼓動が、手を伝って俺の心臓にまで届く。この鼓動も、熱い心臓も、体温も、今夜知ったこと、これから知ること、全て全て覚えておこう。ティーダが確かにここにいて、俺が彼の何もかもを知りたくて沢山の質問をしたことも。それにティーダが答えてくれたことも。何もかも、覚えていよう。
眠りに落ちながら、小さな、しかし確固たる決意をした。もう俺はこの手を離せない。離そうと考えるだけで、この身を裂くほどの苦痛に苛まれるだろう。でもそれでいいのだ。荒れ果てた救いの無いこの世界で、ティーダだけが俺を温めるのだから。






2012/11/23 04:01
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